彼女は今夜も彼に惑う


 だめだ、そう思って彼女は回れ右をした。
 すたすたすた、たった今歩いてきた廊下をまた真っ直ぐ進んでいく彼女の足取りに不安は微塵も感じられなかった。が、彼女の内面はそれこそ突然の災害のように動揺していた。
 端から見れば、特に何があったと言うこともない。放課後の廊下に人気はなく、強いて言えば彼女が先ほどまで進んでいた方向に一組の男女がいたくらいだ。その二人が、彼女には竜巻のような存在だったのである。彼女は竜巻のようには動かない楽しそうな彼らにほんの少しだけ感謝した。それは、動かない点とこちらの存在に気づかなかったという唯二点に於いて。
 彼女は彼らに対する、いや、正確には彼に対する感情が掴めずにいた。今現在内心で荒れ狂う原因も同様に掴めない。いや、荒れ狂っている原因は確かに彼なのだがそれがどんな感情から来ているものなのかが、皆目はっきりしないのだ。喉が詰まるような、息苦しくなるような、動悸が激しくなるような。それでいて嬉しいような、幸せなような。
 しかしそれは彼女の中で「恋」を超える感情であった。
 恋ではない、そんな陳腐な感情ではない。好きだなんて一言で表すにはあまりにも複雑な感情だ。
 確かにそれは恋だったのだが、彼女はそれをそうと認めないまま、名前の分からない感情に日々悩まされるのである。

 回れ右をした彼女は自分のカバンを手に取り、真っ赤なマフラーを首に巻いてゆっくりと、帰路につくのであった。

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