7人7色の恋 by Mike and Betty
2.偶然を装って

 だってさ、あいつと会えるときなんていったら、あたしが追いかけるとき以外にないんだから・・・

 目の前には小難しいようなタイトルの本がずらりと並んでいる。
 今いるのは図書館の奥の方、頭がよさそうな人しか来なさそうな場所。
 じゃあ何であたしがここにいるのか、と聞かれれば答えは1つ。
―あの人に会いたいがため―
 こつ、こつ、と足音が近づいてくる。
 足音の主は今あたしがいる棚の列に入ってきた。
 そして、あたしを目に留めるなり丁寧に笑顔までつけて挨拶をしてくる。

「こんにちは」
「どーも・・・」

 手持ち無沙汰に目の前の本をとってみるけど、いつ来ても何が書いてあるやらさっぱり意味が分からない。
 ・・・そっと、隣の様子を盗み見る。
 眼鏡をかけているからか、どこか知的な顔つき。
 かもしだす雰囲気はいつも柔らかくて、同い年には絶対いない大人の落ち着きと爽やかさをあわせ持った様な人。
 そんなところにあたしは惚れてしまったのかもしれない。
 ふっと、彼の口が開く。

「・・・いつもいますけど、医学に興味があるんですか?」
「へ?」

 まさか声をかけてもらえるなんて思ってもいなかったあたしは唐突な質問にすぐに答えられなかった。

「あー・・・と、べ、別にそういうわけじゃ・・・」
「そうなんですか。でも若いのにすごいですね」
「そ、そーゆうあんた・・・じゃなくてあなたこそ若そうなんですけど」
「僕?あはは、確かに僕もまだ成人式迎えたばかりですね」
 
 そう言って爽やかに笑う。畜生、かっこいい。
 そして歳、発覚。あたしより3こ上。
 新たな進展に心の中でガッツポーズをとりながら、会話が終わらないようにと必死に頭と口を動かす。

「あ、あの、もし良かったら数学教えてください!」
「・・・え?」

 は?
 あたし何言ってんの?!
 会話終わらせないように頑張った結果がこれ?!
 普通赤の他人にそんなこと承諾するか?ていうか普通頼むか?!

「あー、ごめんなさい変なこと言った!・・じゃなくて言いました!
 最近頭悪いのに悩んでて、あーと従兄弟とかに聞くんで気にしないでくださいっていうかそうじゃないんだけど・・・」

 必死に弁解しようとするあたしに、彼はこともなげに言った。

「別にいいですよ?」

 あーもー、その笑顔と一緒に言うのは詐欺だって・・・。

 そんなこんなで毎週日曜日の昼ごろから、あたしは勉強を教えてもらえるようになった。
 約束より30分も早く図書館についてしまった。
 しかも服だって柄になくスカート。
 ・・・・恋する乙女ですか、あたし。

 入ってすぐ、約束したテーブルには彼がすでに座っていた。
 ・・・来るの早くないか?
 そういうあたしも早いんだけど。
 本を読んでいる姿に、思わず見とれてしまう。
 ふと、目が合う。

「まだ時間じゃないのに、早いですね。始めましょうか?」
「お、お願いします・・・」

 彼の教え方は、学校のどの先生よりもわかりやすかった。

「こーいうことなんですか?!なんだ、簡単じゃん」
「そうでしょ、これは公式を使えば簡単なんですよ」
「じゃあこっちは?」
「こっちはこの公式とあとは・・・」

 彼のおかげで、それから数学のテストで赤点を取ることはめっきり少なくなった。
 そして気がつけば彼の名前、誕生日、一人暮らし、ペットも飼っているなんてことすら知るようになった。

「・・うん、大分間違えなくなったね。僕が教える必要もないんじゃない?」
「え、そーですか?」
「うん」
 
 そう言って笑いかけてくれる。
 体の中で、とくんと心臓が跳ねた。気がした。

「・・・章吾さん」
「ん?」
「あたし・・・章吾さんと一緒に大学行きたいです。あたしじゃ駄目ですか?」
「え?」

 やばい、言ってしまった。

 あまりにも唐突でしょ!
 やばい、泣きそう。あたしみたいな・・・それこそガンガンに髪染めてるようなやつが章吾さんにつりあうわけないのに・・・!

「・・・気にしないでください・・・!」

 返事を聞いたら2度と会えなくなりそうで怖くて、走って逃げてしまった。
 外に出れば、雪が降っていた。

「・・・寒・・・」
 
 後ろに走ってくる足音が聞こえるなんて、きっと幻聴だ。

「梨紗ちゃん・・・!」
「へ?!」

 あたしの名前を呼ぶ声が聞こえたとともに、手首をつかまれた。

「しょ、章吾さん?」
「・・図書館の中走っちゃ駄目だろ」

 いつもよりも少し鋭い物言いに、思わず顔をあげてしまった。
 目が合う。
 眼鏡越しの、まっすぐな瞳。

「・・・さっきのって告白?」
「う・・・そう・・かもしれません」

 ていうか明らかに告白だよね。
 まだ、手首をつかまれたまま。

「・・もう一回、ちゃんと言ってくれる?」
「え?」

 にっこりと、いつもの笑顔で優しく。
 もう逃げられない。
 最後の最後のチャンスだと、意を決して私は口を開いた。
 あたし、頑張るんだ!

「・・・すき、です」

 意気込みとは裏腹にただ小さく、顔を見ないまま呟いた。
 そんな呟きなんてなんともないように雪はどんどん降り積もる。
 章吾さんが口を開くまでが、どうしようもなく長く感じられた。
 もしかしたら声が小さすぎて聞こえなかったんじゃないかとも思った。

「・・・・じゃあ・・・」

 言いかけた言葉の続きを、ただひたすらに待つ。

「ちゃんと面倒見なくちゃね」

 その言葉は、予想外だった。
 驚いて言葉が出ないあたしに、彼はさらりと言った。
 まるで前に勉強を教えてくれるよう頼んだときみたいに。

「だって、僕と一緒に大学行くんでしょ?じゃあ僕も院に入らないとなー」
「あ、あたしでいいんですか?!」

 ふっと、彼は笑う。いつも会うときのように。
 だけど“ちゃん付け”ではなくなっていた。

「梨紗がいいんだよ」

 ただ最初は会いたいがため、見たいがためだった図書館通い。
 いつしか、それが日常の一部になって、喋るようになって。
 そして、当たり前のように隣にいられるように、なっていた。
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