7人7色の恋 by Mike and Betty
1.不器用な優しさ

 目の前には遊具で遊んでいる子供たち。
 隣には彼。
 風がふいて、そよそよと赤や黄色に着飾った葉を揺らす。
 その音はいつも心地いい―
「……ね、高志」
「ん?」
「付き合い始めたのって、いつだったっけね?」
「………………」


 それはかなり昔のとある日の朝のこと。

「あれ……筆箱ない…………?」
 鞄の中をどれだけ探してみても、お目当てのものが見つからない。
 昨日の夜、塾から帰ってきた後どうしたっけ……?
 そうして記憶の糸を必死に辿ると、塾用の鞄に入れたままだということに気づいた。
 あちゃー…………。
 どうしようかな、とふと考えてまだ来ていない斜め前の席を見る。
 ちなみにその席の主はまだ来ていない。
 どうしよう……?
 すると廊下の方から、少しがやがやしたような声がする。
 もしや―
「おはよーっ、香代!」
「彰ちゃんっ!」
 予想通り、友達が登校してきたところだった。
「彰ちゃんっ、シャーペン貸してっ?」
 私の言葉が予想外だったのか、彼女は少し目を瞬いた。
 でもすぐに笑って、いいよと言ってくれた。
 すると彰ちゃんの後ろにいたらしい加井君が、ひょこっとこちらを見てくる。
「何、岸野筆箱忘れたの?」
「……うん……」
「じゃーオレお隣さんとして消しゴム貸してやるよ。ないと不便だろ?」
「本当?」

 そうしてなんとか最低限の筆記用具にありつけたのだった。

「助かったよ加井君、本当にありがとー」
「いいってことよ!」

 ガタッ

「あ……」
 ずっと心待ちにしていた、斜め前の席。
 椅子も机も、彼の登校を待っていたかのよう。
 ううん、待っていたのはきっと私。

「いっちゃんおはよー」
「はよー」
 加井君が挨拶したのを機にその流れに乗る。
「た、高志君おはよう!」
「……はよう」
 一河高志、私と同じく高校3年生。
 男子とはしゃべるのに、女子とはあんまり仲良くなさそうで無口な印象の人。
 だけど、なぜか私は惚れてしまった。

「きりーつ」
「礼」
「着席ー」
 授業始まりの合図のチャイムとともに、いつもの掛け声。
 そして先生の持っている大きな定規をぼけーっと見ながら、ふと何か違和感を感じる。
 ……いや、違和感とかじゃなくて。
 そして先生は緑の黒板に真っ直ぐで力強い線を定規に沿って書いてゆく。
 ん?
 ……定規?
「っ……!」
 そう、今日は筆箱を忘れてしまった馬鹿な私。
 シャーペンも消しゴムもなかった私に定規なんてあるはずもなく。
 隣の加井君と言えばすやすやと気持ちよさそうに寝ている。
 1時限目から?! なんて突っ込みはできない、だって今は定規が……!
 あまりにも気持ちよさそうに寝ているから起こすのは憚られる。
 ああ、これがのろのろと板書きしていく社会の先生だったらなあ……。
 よりによってなんで数学。
 あの先生説明早くてぱっぱぱっぱと書いてはぱっぱぱっぱと消していくんだもん。
 どうしよう……?
 するとふっと、一河君がこちらを振り返る。
 そして無言で、腕をこちらに伸ばす。
 条件反射で思わずこちらも腕を伸ばすと、手に何か固いものが手渡された。
 それは10センチのプラスチック定規だった。
「使えよ」
 ただぼそっとそれだけ呟き、彼はまた何事もなかったかのようにノートへ向かう。
 あまりにも急だったから、「ありがとう」を言うことさえ忘れていた。

「きりーつ」
「礼」
「ありがとうございましたー」
 授業終了の掛け声とともに皆がやがやと思うがままに移動する。
 定規を返さなきゃと斜め前をみると彼の姿はなかった。
 どこに行ったかと教室を見渡したら、丁度教室から出て行くところだった。

「高志君っ!」
 急いで追いかけて彼を止める。
「……何?」
「あの……、定規……ありがとう」
「……持ってれば? 筆箱ないんだろ」
「でも、もう使わないかもしれないし」
「使うかもしれないだろ」
「う…………」
 そこでふっと思いつく。
 ならばお礼に何かしよう!
「ねっ、じゃあ何かお礼する! 何がいい?」
「礼……?」
「うん! 遠慮しないで!」
「……じゃあ……」

 それがきっかけで、筆箱を忘れた本日の放課後、高志君とカフェに行くことになった。

 4時ごろのカフェには学生が多め。
 そんなカフェの端っこに、私と彼はいた。
「1個なんでもおごりますっ、遠慮せずにどーぞ!」
「……まさか本当におごってくれるなんて……」
 どうやら彼は冗談半分だったらしい。
 そう、お礼に何をすればいいかと聞いたら彼は「何かおごって」と言ったのだった。
「じゃあサンドイッチ」
「しゅ、主食……? まあいいやサンドイッチね、私はココアにしよっかな」
 そして初めて、彼とまともな会話をした。

「ねえ高志君、好みのタイプってどんな人?」
「……は?」
「や、なんとなく……」
 だって気になるじゃない。
「じゃあ岸野のタイプも教えろよ。そしたら教える」
「え…………」
 なんて答えればいいの?
 高志君みたいな人がタイプだよ、とか?
 高志君をチラッと盗み見ればもぐもぐとサンドイッチを食べている。
 周りを見れば、異様にカップルが目につく。
 ……どうしよう!
 するとぼそっと、彼は呟いた
「…………な」
「え?」
 何を言ったのかわからずもう一度聞き返すと、彼は私の耳の横でささやいた。
 誰にも、聞かれないように。
「!」


「懐かしいねー、あの頃。高志は覚えてる?」
「……いや……あんまし…………」
「高志ぶきっちょに定規貸してくれたよね」
「……そうだったか?」
「あれからもう3年だよー? 早いねー」
「そうだな」
「あと何年続くんだろね?」
 そう言う私に彼はさらっと呟く。
「ずっとだろ」

 彼は時々、こちらが驚くようなことを言う。
 今も、昔も。

「じゃあ、ずーっと続くことにする」
「ん」

『……俺は岸野みたいなのが好きかな』
 頭の中で、ぶきっちょさんの懐かしい言葉が響く。
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