私たちは、ううん、私はきっと、逃げ出したかっただけなんだと思う。
大好きな君にすごく甘えて、二人でこっそり計画を立てた。 その名も、『二人の世界』計画。名前をつけたのは、もちろん私。 出発は、深夜十二時。待ち合わせは、私の家の裏にある公園のベンチ。 ありったけの貯金と、少しのお菓子と、着替えを持って。 十二時になる少し前にひっそりと家を出て公園に行くと、ベンチには人影がいた。 君だって、すぐに分かった。 「昇平」 あまり大きな声にならないように、控えめに彼の名前を呼ぶ。呼びかけると君は、すぐに私に気づいて自転車を手で引きながらこっちに来た。私と同じくらいの荷物を持って。 「じゃあ、行こうか」 「うん」
昇平の漕ぐ自転車の後ろに乗って、私は夏の夜風を堪能していた。 田舎町の夜中はひどく静かで、街頭も少ないから真っ暗で、それが心地よくて、でも少し怖い。 「……私、重くない?」 怖さを軽減するために、思わず声をかける。 「重くないよ。大丈夫。もうすぐ、着くよ」 昇平の『大丈夫』は、すごく安心した。 「うん」
どれくらい、走っただろう。 磯の匂いが香るようになってきた頃、携帯の画面で時間を確認したら、一時を過ぎたくらいだった。 「着いたよ」 昇平の声でハッとする。 気がつけば、ざざん、ざざんと波の音が耳に入ってきた。 磯の匂いと、波の音。自転車を降りたら柔らかい砂の感触が足の裏に伝わる。 夜中の海は真っ黒で、空も海も区別がつかなかった。 私たちは何かをすることもなく、砂浜に腰を下ろして、しばらく黙っていた。
うとうととして意識が薄くなってきた頃、昇平が私の手を握った。 そこで目が覚めて海を見たら、空と海の区別がつくようになっていた。夜明けだ。 じわじわと太陽が昇って、空と海に境界線が引かれる。
「……昇平」 「うん?」 「……二人だけの、世界に行きたいって言ったけど」 「うん」 「……どこだって、二人でいれば、二人の世界だね」 「……うん」 隣を見たら、昇平は優しく微笑みながら海を見ていた。
昇平は私が帰ろうと言うまで、ずっと手を握っていてくれた。 多分、君は気づいていたんだね。私がただ逃げたかっただけってこと。でも、逃げる場所なんてどこにもないってこと。逃げる必要も無いってこと。 言葉通りの二人だけの世界なんて、むなしいだけってこと。
海なんて越えなくても、私たちは、私は、がんばれるってこと。
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