7人7色の恋
by Mike and Betty


1.大きな背中


 いつの間にか、私もあなたも大きくなっていた。

 カキーン
 球を打つ小気味いい音が試合場に響き渡る。

「打った! ね、高志打ったよ! 誰、あの子!」
「……香代、はしゃぎすぎだって」
「だってすごいよ、もしかしてホームランとかじゃない?」
「そんな簡単にホームラン打てないって」
 白熱する私とは対照的に、隣の高志は至って冷静。
 子供を見るような呆れた目と声で私を座らせるから、恥ずかしくなってきてしゅんと興奮が収まった。
「だって野球分かんないんだもん」
「だっても何もないだろ。たかが高校生の試合に」
「たかがじゃないよ、後輩でしょ!」
 そう、今日は高志の後輩の試合に来ているのだった。
 生で見るスポーツ観戦に興奮しては収まり、興奮しては収まり。
 試合が終わるまでそんな調子だった。

「一河先輩っ!」
 試合が終わって帰ろうと球場を出るか出ないかの所で、後ろから呼び止められた。
 振り向けば、土まみれになったユニフォームを着た背の高い男の子がこちらに走ってくる。
「久田」
「今日はありがとうございましたっ!!」
 どうやら高志の後輩らしい。
 ばっと帽子を取り、ばっと礼をする。
 ああ、青春してるなあ。
 彼の雰囲気からそんなことが真っ先に見て取れた。
「お疲れ様。皆頑張ってたな。特にお前と稲波。去年と見違えたぞ」
「マジっすか? 嬉しいっす! 稲波なんか先輩来てるって言ったら妙にテンション上がっちゃって」
「あいつはな……よろしく言っといてくれ。新しく入った部員もいい調子か?」
「はい、皆頑張ってやってくれてます!」
 久田君がすごく嬉しそうな笑顔で話していて、高志のことほんとに慕っているんだなあ、ってすぐに分かった。
 いつもと変わらない調子で話している高志をチラッと盗み見れば、この上ない笑顔だ。
 ……やっぱり野球、好きなんだなあ。
 微笑ましいのと共に、高志が好きな野球に妬けてくる。私といるときにはそんな風に笑ってくれないのにな。
「そういえば先輩、隣の人って彼女さんすか?」
 好奇心に溢れているキラキラした瞳と目が合う。
「まあ、そんな感じ」
「初めまして」
 歳を重ねるにつれ覚えた笑みで挨拶する。
 すると久田君はじーっとこちらを見返してきた。
「もしかして……、一河先輩と同じ学校でしたか?」
「え? ああ、そう。あなたと高志と同じ高校」
「やっぱり!」
 問題が解けたときのように、彼の表情がぱあっと明るくなる。
「学校で見たことあったような気がしてたんですよ。やっぱ同じ学校だったんすね」
「ああ」
 高志も肯定する。
 生憎私は久田君の顔などさっぱり覚えていなくて、申し訳なくて何も言えない。
「それじゃ先輩、今日はこれで失礼しますっ。また部活見に来て下さいね!」
「ああ、頑張れよ。他の奴らも連れてまた行くから」
「はい! ありがとうございますっ。彼女さんも良かったら来て下さい」
 まぶしい笑顔で言う久田君に、ありがとうと伝える。
 そして彼は「それじゃ」と言って、元来た方へ走っていった。
「……青春してるねえ」
 彼の背中が野球場へと消えていく。
「ああ。俺らもそろそろ帰るか」
「うん」

 今日の試合会場は私達の家に比較的近かったため、歩いて来ていた。
 河川敷の道に涼しい風が吹く。
「高校、懐かしくなったなあ」
 夕暮れが近づき、空が段々橙色になってくる。
「高志も野球、頑張ってたねえ」
「……そうだな」
 一度だけだけど、夏の大会に応援に行ったりもしたっけなあ。脳内に、夏の痛くなる日差しと真っ黒に焼けた高志がよみがえる。青い空、吹奏楽部の応援、まばらに空いていた観客席。
「一回だけ私が見に行った大会、覚えてる? 二年生のときの」
「ああ、覚えてるよ」
「あの時、私初めて生で野球見たんだよねえ」
 何故だったか忘れたけど少ししか時間がなくて、座ることもせず緑のフェンス越しの彼を見ていた。
 世界がまだ学校とその他で切り分けられていたあの頃。
 初めての場所と空気に馴染めなくて、妙に緊張していたことを覚えてる。そのため今でも、ユニフォームを着た高志の背中と、茶色いグラウンドしか記憶にない。
「初めてだらけで試合観戦してる場合じゃなかったよ」
 苦笑交じりに呟くと、高志も笑う。
「……野球、随分とやってないな」
「大学でもやればよかったのに」
「まあ、中学高校でやりきったし」
 そう言う彼は高校時代から落ち着いていたっけなあ。
 ふと立ち止まって、彼を見る。止まった私に気づき少し進んで彼も止まる。
 あの時ほど黒くない肌、伸びた髪、前よりも更に落ち着いた雰囲気。大きくなった、君の背中。
「もうしっかり昔話だね」
 しみじみと呟く私に、彼もゆっくり頷いた。
「今度部活見に行くとき、私も誘ってね」
「ああ」
「差し入れも持っていかなくちゃね」
「ああ」
 アイスとかが嬉しいだろうか?

 昔を思い出したくなったら、あそこへ行こうか。数人の同級生と暑いグラウンドへ行って、私は木陰で君の頼もしくなった背中を見ていよう。

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