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過去を思い出して、虚しさを感じるのは何故だろう?
過去を振り返るのは良くない事なのだろうか。過去をどういう言葉で称したら綺麗に聞こえるんだろう、思い出だと言えば聞こえはいいのだろうけど、過去に縛り付くな、過去を振り返るな、なんていうことばの並びだってよく聞く訳で。僕の場合はどう考えたって、思い出だなんて綺麗なものじゃないんだろう。遠慮されがちな言葉で表すとしたら、僕はとんでもなく過去に依存して、依存しすぎているんだろう。過去だなんて大雑把な言い方は良くないかもしれない、僕が依存しているのは、過去でもなんでもなく、恐らくただ、赤井秀一という人物に関する事ばかりなのだろう。
今となっては、何をしたって、赤井秀一に対して抱く感情はすべて故人に向けての物になってしまう。彼は死んだのだった。僕の知らないところで、僕に断りなく、勝手に、自分勝手に、死んだのだ。恐らく彼の死に際に、僕なんてのはあいつの頭の片隅にだって居なかったんだろう。滑稽にも程がある、客観的に見たって僕は随分と滑稽だ。それでもやめないのは、赤井秀一に対する執着心が消えないのは、なんでなんだろう。
あいつと過ごした時間なんてのは恐らく短かった。まだあいつがライとして組織に居た時くらいしか、まともな会話なんてのは出来ていなかったようにも思う。キャッチボールが成立しないのだ、僕がボールを投げたって、あいつは涼しい顔で、受け取ろうとしなかった。
こうして思い返し振り返る時間を作れば作るほどに虚しくなるのは、何故だろう?楽しい思い出だったとしても、幸せな思い出だったとしても、きっと、虚しさを感じてしまうんだろう。過去は総じて過去でしか無く、どうやったて戻れないからだ。僕はどうしたって、赤井秀一が生きていた過去へとは戻れない。人間は戻る術を知らない。やり直しはきくのかもしれないけれど、既に死んでしまった相手と、何をやり直せって言うんだ。何をやり直せばいいんだ。
タイムマシンなんて夢を、人間は一昔前から謳っていた。一度は憧れた事が、あったかもしれない。一向にそんなものがこの現代へと現れる気配は無いのだ、夢は夢でしかなく、夢みたいにバカみたいに人間離れした人間は、それこそ人間らしくアッサリと死ぬ。夢も希望もない話、何も生まないし、何も残さなかった。
心の支えが人間には必要だという。依存する人間を一人だって作らないと、人間は上手く自立出来ない。僕の依存対象が、赤井秀一だったのだ。僕はあいつが居たから立っていられた、理由はどうあれ、あいつを殺すことだけを目標に生きて来た。筈だったのだけれども。今ではその目標すらあやふやになってしまった。
考える時間も増えた、振り返る時間も増えた、居なくなってより一層僕を苦しめ続けてくる赤井秀一という存在が、心底憎らしい。それでもあいつは僕のことなんて、何にも気に掛けちゃいないのだ、いなかったのだ。
死んで尚僕の時間を奪い去って行く。そして僕は、それを良しとしていた。思えばこれは、恋だったのかもしれない。
ただきっと、そんな可愛らしいものでも、綺麗なものでも、無かったんだろうけど。