15.Side Daisy

by mimo


「ぷ…プレゼントは、わたし、だから」

そう告げると、瑛くんの顔がじわじわとトマトみたいに真っ赤に染まって行くのがわかって、更に恥ずかしくなる。
きっとわたしだって、瑛くんと同じくらいかそれ以上に真っ赤だと思うから。

「ばか」

ゴホン、と一つ咳払いした瑛くんから落ちてきた言葉はいつも通りで。
瑛くんの『バカ』には何種類もあって、本当に呆れている時だったり、照れくさいのを誤魔化す時だったり、その時によって様々だ。

「や、やっぱり、わたしじゃ、ダメだった…?」

でも、今日の『バカ』はどういう意味なのかわからない。そんなの、いらないってこと? もしかして間に合ってる?
ちゃんとしたプレゼントをもっと早くに用意しておけば良かったのかなって、いまさら気付いても遅い。
どんどん沈んでいく気持ちを見透かされたのか、瑛くんが慌てたようにわたしの頭をぽんぽんと撫でた。

「ダメなわけないし。っていうか今一番欲しいもの、かも」
「……ほんと?」
「うん、本当」

優しい笑顔でこちらを見下ろす瑛くんの瞳はまだ熱っぽくて、完全に体調が治りきってないことがわかる。
この様子じゃ、プレゼントは後日にした方がいいんじゃないかな……と提案しかけたところで、瑛くんがゆっくりと首を横に振った。

「プレゼントは、ちゃんと誕生日にもらうからな」
「えっ!? わたし、口にしてた?」
「おまえの考えそうなことくらいわかるよ」

呆れたようにそう言いながら、瑛くんが起き上がる。
わたしに向かって手を差し出してくれたので、ありがたくそれを掴んで自分も起き上がった。

「瑛くんはまだ寝てて? わたし、洗い物をして来るよ」
「だからもう眠くないって」
「ダメ。今ちゃんと横にならないなら、プレゼントは無しだもん!」
「…………」

ちょっとだけ脅し文句のようにそう言うと、渋々といった感じで瑛くんがベッドに横になる。
その様子がちょっとおかしくて、こっそり笑っていると「さっさと洗い物してこい」という風に睨まれたので慌ててキッチンへと逃げる。
部屋を出る時、一瞬だけくらりと眩暈がして、慌ててぶんぶんと首を振った。
はぁ、瑛くんに色んなことをされたせいで身体が熱い気がするよ。


昼食の片付けをした後、先程スーパーに寄って買ってきた食材とにらめっこする。
本当は、瑛くんが元気ならたくさんご馳走を作ろうと思っていたけれど、今日の様子じゃ明日もまだ無理そうだもんね。

昨晩も今朝もおかゆを食べたし、昼食はおうどん。
まだ胃に優しいものを……と考えると、結論として今晩はお雑炊になった。
季節外れだけど大根を買ってきたので、生姜がたっぷり入ったみぞれ雑炊だ。
明日はお誕生日だから、もうちょっとまともなものが作れたらいいなぁと思いながら、早めに夕食の準備に取り掛かることにした。


無心で大根をすり下ろしていると、微かにドアが開く音がした。
咄嗟に振り返れば、ちょうど瑛くんが出てくるところで、ばっちり視線が合う。
見つかった、みたいな表情を一瞬浮かべたことは見逃さなかった。

「もう、瑛くん!」
「……暇だから、こっちにいる」

歯切れの悪い返事をしながら、瑛くんが寝室から出てきてリビングのソファに座る。
まだ寝ていてほしいけれど、朝もゆっくりめだったし、眠くないというのも頷ける。

自分も体調を崩した時に、眠たくもないのに「寝てなさい!」とよくお母さんに言われていたなというのを思い出して、ふと懐かしくなった。
そういえば高校時代、体調を崩して1週間近く学校を休んだ時、瑛くんがシャーベットを持ってお見舞いにきてくれたんだよね。
忙しいのに仕事の合間を縫ってわざわざお見舞いに来てくれたのがすごく嬉しかったし、それにシャーベットも美味しかったなあ。

そこまで思い出して、ハッと気付く。そうだ、わたしにもシャーベットなら作れるかも?
プレゼント……にしてはちょっと味気ないかもしれないけれど、ケーキはまだ重たいっていうのもあるし、シャーベットなら季節的にもちょうど良いよね。
後でシャーベットの材料になりそうなものを買いに行かなきゃ、とワクワクし始めたのに、自分の手からおろし金がガチャンと落ちた。

「あかり?」

その音に気付いた瑛くんがソファから立ち上がったのが気配でわかったけれど、なぜか視界がぐるぐると廻っていて、キッチンカウンターにしがみ付く。
あれ? あれれ、どうしたんだろう? ふわふわとお空を飛んでるみたいで…………あとなんか、すごく喉が痛い。

「っ、あかり! おい、大丈夫か!?」

その場にへなへなとしゃがみ込むと、瑛くんがわたしの身体を支えるように抱きしめてくれる。

「あっつ……、おまえ、いつから熱あった?」
「え…………?」
「悪い、気付かなかった。ていうか確実に俺のせいだよな、ほんとゴメン……」

ふわっと自分の体が浮かぶ感覚がして、瑛くんがわたしを抱き上げてくれたんだってわかったけれど、抗うことも出来ない。
頭がぽーっとしたまま、先程まで一緒にいたベッドへと運ばれ、タオルケットをかけられる。

「瑛、くん、わたし……?」
「俺の風邪、伝染ったんだよ。つーかあれだけキスしてたし、伝染らない方がおかしいよな……」

最後の方は聞き取れなかったけれど、瑛くんの言葉を聞いてなるほど、と納得がいった。
さっきから何となく身体が熱いなと思ったのも、くらくらしたのも風邪のせいだったんだ。
……ていうかわたし、瑛くんの看病をしに来たはずなのに、どうしてこんなことに!
寝てられないよ!とがばりと音を立てて起き上がったけれど、やっぱりくらくらと眩暈がしてそのままタオルケットに突っ伏す。

「寝てろ。本当、ごめんな。大丈夫か? 何か欲しいものはあるか?」

わたしをもう一度ベッドに寝かせる瑛くんの声が格段に優しすぎて、ふるふると首を横に振る。
いつの間にかさっきと立場が逆転していることが悲しいけれど、熱があることを自覚すると急に辛くなってきた。
うう、高校時代からしばらく風邪なんてひいてなかったのに。

「ごめん、ね、てるくん……べっど……」
「俺はもう大丈夫だからいいよ。おまえが寝てろ、な?」

そういう瑛くんのおでこには、まだわたしが貼った冷却シートがくっついているのだけど、今度は自分のおでこにぺたっと冷却シートが貼られてしまう。
そして、その上からゆるゆると頭を撫でられているうちにウトウトとしてきた。さっき、瑛くんと一緒にお昼寝したのに、な。

「てるくん……」
「いいよ、眠って。おやすみ」

手を伸ばすと、瑛くんがわたしの手をぎゅっと握ってくれる。
それに安心して瞼を閉じると、一瞬で夢の世界へと引きずり込まれた。



ふ、と目を覚ますと、既に外は真っ暗だった。
慌てて身体を起こし、手探りで携帯を探したけれど見つからない。
というかいつもと家具の配置が違う……?と不思議に思っているうちに目が慣れてきて、ここが瑛くんのお部屋なのだと気付く。

看病をしにきたはずが、逆に看病されることになるなんて……と自分にほとほと呆れながら、もぞもぞと起き上がる。
寝室の電気は消えているけれど、リビングの方の灯りはついている。人の気配もあるし、瑛くんはそっちにいるのだろう。
ベッドから降りて、ふと壁にかかった時計を見た瞬間、「うえぇえーー!?」という悲鳴が自分の口から漏れた。

「あかり!? どうした!?」

バタバタと音を立てて寝室に入ってきた瑛くんが灯りをつけると、心底焦ったような表情をしているのが見て取れたけどそれどころじゃない。
だって、既に時計の針は23時を過ぎていたのだから。

「てっ、てるくん、どうしよう! もう日付、変わっちゃう! 誕生日、なっちゃうよ!」

あわあわと時計を指さしながら必死にアピールすると、瑛くんは目を丸くした後、はぁーと呆れたように息を吐いた。

「……あのさ。俺、熱が出てるおまえに手を出せるほど非道じゃないからな?」
「えっ、あっ!? そ、そっち……!?」

そういえばさっき、『明日まで待って』って瑛くんと約束したんだった。すっかり忘れていたけれど。
でも、こんな調子じゃわたし自身がプレゼントになれそうもないし……、それに、プレゼントも作れない。
しょんぼり肩を落とすと、瑛くんがいつも通りわたしの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「目、覚めたなら飯食うか? あかりが途中まで作ったみぞれ雑炊があるぞ」
「…………うぅ、面目ないです……」
「起き上がれそうか? なんなら持ってくるけど」
「大丈夫」

わたしが全部作るはずだったのに、大根をおろしている最中で力尽きてしまったので、途中から瑛くんが頑張ってくれたらしい。
半ば支えてもらう形で寝室を出て、みぞれ雑炊を食べた後、お薬を飲む前に瑛くんが冷凍庫からボウルのようなものを出してくる。

「もう少し食べられそうか? さっき軽く作ってみたけど」

そう言ってボウルの中身をシャクシャク崩していく瑛くんが、小さな器に取り分けてくれたのは――コーヒーグラニテだった。


[ ← prev ] [ next → ]

[ back to top ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -