11.Side Daisy

by mimo


熱があるせいで、瑛くんが色々といつも通りじゃない。当たり前のこと、なんだけど。
例えば……わたしのことを可愛い、だなんて言ったり。
そんなこと、いつもじゃ絶対言わないから、やっぱり瑛くんが本調子じゃないんだなってことはわかるけれど。

「おーい、瑛くん……」

トントン、と肩を叩いたところですやすやと寝息を立てる彼は起きる気配もなくて。
わたしが作ったおかゆを食べて、お薬を飲んだ後、眠ってしまった。……わたしのことをぎゅってしたまま。

一生懸命腕を動かして、タオルケットだけはなんとか瑛くんにかけることは出来たけれど、ベッドから抜け出せる気はしない。
眠る間際に「傍にいて」なんて言われたせいで、振り解くことも出来ない。ううん、わたしが振り解きたくないのかもしれないけれど。

わたしの背中に回された腕はすごく熱くて、おでこにかかる吐息も熱い。
瑛くんの飲んでいたのは市販薬だったし、薬を飲んだからといって急によくなるものでもないんだろう。
このまま瑛くんを残して帰ってしまうのも憚られたし、とりあえず彼の腕の中に収まったまま、ぼんやりと寝顔を眺める。

最初は、ちょっと意地悪ですぐにチョップをしてくる友人って感じだったのに。
いつから、わたしは瑛くんに恋をしていたのかなって、ふと考える。
きっと、ずっと前から。初めて会ったあの日から、ずっとわたしは彼に恋をしていたのかな。

そっと、瑛くんの薄い唇に触れる。
指先に触れる吐息はやっぱりすごく熱くて、心配だと思うのにドキドキする。

「てる、くん……」

起きていないのはわかっているけれど、その名を呼ぶ。何度呼んでも、足りない気がするの。
最初は佐伯くんって呼んでたけれど、仲良くなってから名前で呼ぶことを許されて。
大学でも、彼を名前で呼んでいるのはわたしだけだと思う。ちょっとだけ嬉しいって思うのは……何でなんだろう。

「瑛くん、好き……」

ぽつ、と呟いたけれど眠っている彼に届くわけもない。わかってる。それでも、伝えたい。
瑛くんが、好き。でも最近、変だ。どうして足りないと思うのだろう。
こうしてぎゅってされてるのに、まだ足りないって思う理由がわからない。

色んなことを教えてくれた友達が、わたしに問いかけた言葉を思い出す。

『あかりは、それでいいの? 足りないって思わないの? 触れたいって、思わないの?』

その時は、その言葉の意味がさっぱり解らなかった。だって、いつも瑛くんと手を繋いだり触れたりしてるもの。
足りないなんて、思った事なかった。そう、今までは。

眠っている瑛くんの唇に、軽く自分のものを重ね合わせる。
今までは、キスをするだけでドキドキして、しあわせで。それ以上のことなんて、ないと思ってたの。
でも、今は――……今は、違うの?

瑛くんも、男の人だ。分かってたつもりだった。
高校時代、一緒に海に行って水着になることはあったし、その時に瑛くんの上半身を見てもなんとも思わなかったのに。
さっき、瑛くんがパジャマに着替えている時にうっかり見てしまった時は、ええと、なんだか胸がドキドキして、変な感じだった。

もっと、瑛くんを知りたいと思った。わたしの知らない瑛くんは、きっとまだまだいるんだろう。
そう考えると、足りないっていうのも頷ける。

触れたい。
触れてみたい。
わたしが知らない瑛くんに。

「ん…………」

もぞ、と瑛くんが身じろぎしたことで、はっと思考が現実に引き戻される。

一瞬起きたのかなって思ったけど、ぎゅ、とわたしを抱きしめる腕を強めただけだった。
もしかして、このまま朝まで離してくれない……なんてこと、ないよね? 途中で、起きるよね?
急に不安になってきて、もう一度瑛くんの腕をトントンと叩いてみる。

「ね、て、瑛くん……」
「あ、かり…………代返…………あと、味噌がもうない……」

もにゅもにゅと唇が動くけれど、支離滅裂な言葉が並んでいることから、恐らく寝言なんだろう。
まだ高校生の頃に、瑛くんが言ってた変な寝言を思い出して急に懐かしくなって、ふふ、と笑う。
こんな風に瑛くんの寝言を聞いたのは久しぶりのことで、一緒に眠ったりすれば聞けるのかな?って思ったけど、その考えはまずいよう、な。

「ガムシロップ、在庫チェック……」
「ひゃっ!?」

まだ寝言を続ける瑛くんがわたしを抱きしめ直したことによって、耳元に吐息がかかるような体勢に変わってしまう。
あわわ、と逃げようとしたけれど、やっぱり瑛くんがわたしを抱きしめる腕は弱まらない。
風邪で体力が落ちているはずなのに、どうしてこんなに力があるのかな。それはやっぱり、瑛くんが男の人だから?

「カピバラ柄……」
「…………」
「カピバラ、がら……」

……なんで2回言ったの瑛くん、という言葉は飲み込んだ。
もしかしてもしかして、この間の下着の柄を見られていたんだろうかと問い詰めかけたけれど、そもそも高熱で寝込んでいるし、ただの寝言だ。
だけど、耳元で少し掠れた吐息交じりの声で『カピバラ柄』なんて言われてしまったわたしは泣きそうだ。

半泣きになりながら瑛くんの様子を窺うと、なぜかにへって感じのだらしのない笑みを浮かべていた。
きっと寝ぼけているからだと思うけれど、こんな無防備な笑みの瑛くんは初めて見た。
子供っぽい彼の姿に、愛しさが募る。なんて言ったら、チョップされちゃうかな?

わたしが瑛くんを知りたいと思うように、瑛くんもわたしのことを知りたいと思ってくれているのかな。
もしそうだとしたら、嬉しい。隠しているわたしなんていないけれど、瑛くんには全部知って欲しいって思う。

「……………あかり……」

ようやく意味不明な寝言は終わって、規則正しい寝息が聞こえてきたと思ったら、わたしの名前をまた呼ばれる。
二度三度、名前を呼んだかと思えば、瑛くんの唇が震えるように動いた。
それが『いかないで』と動いたように見えて、今日この腕から逃げ出すのはもう諦めよう、と思った。

いつもよりあったかい腕に包まれているせいで、何だか自分もうとうとしてきた。
クーラーの冷気と、あたたかい瑛くんの腕がちょうど良くて、彼の寝息すら子守唄に聞こえてくる。
微睡みに誘われながら、自分もそっと瑛くんの背中に手を回す。
もしかしてこの先――こういうことが当たり前になるのかなって思うと、ちょっとだけくすぐったくて。それもいいかなって思えた。





鳥の囀りと、ピピピピ、という電子音で意識が覚醒する。
あれ、今日はおやすみじゃなかったっけ……と思いながら、目を閉じたまま枕元の辺りに手を伸ばす前に、電子音がやむ。
どうやら誰かが先に目覚ましを止めてくれたみたいだ。……ん? 誰か?

パチッと瞼を開けると、目の前には驚いたように瞬きを繰り返す瑛くんがいて。
お互いの顔を凝視すること数秒、先に瑛くんの顔が真っ赤になり、わたしを抱きしめていた腕を慌てて解いた。
わたしはというと、冷静に昨日の出来事を思い出していて、まさかあの時間から朝までしっかり眠ってしまった自分の寝汚さにちょっと呆然としていた。

「なっ、あかっ……え……?」

ぼーっと瑛くんを見つめていると、赤くなったり青くなったりした後に、バッと口元を抑える。
その様子が少しおかしくて、更に昨日の無防備な笑みも思い出して、思わず笑いが零れた。

「ふふ。瑛くん、昨日はすごかったね?」
「……ッ!?」

寝言が。
お味噌がもうないとか言ってた気がするから、あとでチェックして買い足しておいた方がいいのかな?
まだ本調子じゃなさそうだし……とひとり考えていると、瑛くんはなぜか目を白黒とさせて挙動不審になっている。
さすがに大学生にもなって、寝言を聞かれるのは恥ずかしかったのかなと思うと、なんだか急に可愛く見えてきた。

「あ、あかり、おまっ……! ……か、身体は? ……い、痛くないか?」

なぜ身体について聞かれるのだろうと思ったけれど、瑛くんはきっと優しいから、わたしに伝染ってないか心配なんだろう。
けれど全然、身体が重いとか風邪の症状はない。

「うん。……ちょっと痛いけど、平気」

瑛くんにぎゅってされる形で眠ってしまったせいで、変な寝方をとっていたから、肩とか腰が少しだけ痛い。
でもすぐに治るだろうって意味も込めてそう伝えると、なぜか瑛くんは「……あー」とか言いながら、そのまま枕に突っ伏してしまった。

きっと瑛くんも、変な体勢で寝てしまったから身体が痛いんだろう。
「大丈夫?」って聞くと「大丈夫じゃない」という返事が返ってきたので、まだもう少し寝ていて貰い、その間におかゆを作ろう、と台所に立つことにした。


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