「ねえ、むっつー。今日はどこいこっか」

「そうじゃなあ、大阪らぁどうなが?色々美味しい物もこちやとあるじゃろ」
そうだねと私達はゆっくりと立ち上がる。


私達は、本丸と言うものを知らない。いや、正確に言えば持っていない。

むっつーこと陸奥守は私の初期刀で、本来ならば本丸というものを与えられ、審神者としての任務を全うするという。刀もまだまだたくさんあるらしいから驚きだ。
私は最初から何故か、戦場の真っ只中に送り込まれていた。もちろん、故意ではなく政府の手違いらしい。それを知ったのはつい最近のこと。それまでは色々な場所を陸奥守と歩きまわったり、戦ったり、美味しいご飯を一緒に食べたりしていた。
手違いだと伝えられた頃には、私達はすっかり風来坊となっていてそんな本丸というものを必要としなかった。
他の刀が居なくても私と陸奥守で十分であるし、練度も十分、刀装もばっちりでお金にも生活にも困っていない。いつも野宿生活か、どこかの宿を借りて寝泊まりしたりしている。それが普通で、当たり前。そんな風になってしまった私達は今日もいつものように地図を広げてどこへ行こうかと決める。
この世界は、時代にわかれているようで狭いようで広い。何か境界線があるように場所が変わったりする。だからわからなくならないように、私とむっつーで地図を書いてこの世界を一周しようと決めたのだ。現在は阿津賀志山という場所を攻略し、他に何があるかと探索して、何やら薄暗い京都へと迷いこんだようだ。

さすがにここは体制を立て直したほうがいいと、地図に記して他を探索したりしている。


「おんし、あれ見てみぃ。ひょっとして他の審神者の本丸やか?」

「おおぉ、本当だ!行ってみようか!」
大阪らへんをうろちょろとしていると、誰かが管理をしているだろう本丸らしきものが見え、今晩はあそこに止めてもらおうと近くまで行って審神者に確認を取ろうと思ったのだが。その本丸には気配が全くなかった。


「んん?ねえ、むっつーここ本当に本丸?ただの空き家じゃない?」

「ほがなはずない、確かにこりゃあー本丸で審神者がおるはずじゃあ」

「でも全然人の気配無いよ?」
留守にしとるだけじゃろと本丸の近くまでやってきて、きょろきょろと辺りを見回す陸奥守に私も中を覗いた。

お出かけというには静かすぎるのだ。まるで何年も放置されたままの状態のように庭も手入れがされていないし、池の魚も死んでいた。薄暗くて中までは細かく確認できないが、明かりも付いている様子がない。
本丸を持っていないからわからないけれど、お留守といっても全ての刀剣と審神者が居ない、まるで敵にどうぞ潰してくださいとでも言わんばかりの無防備のまま開けておくと言うのもおかしな話だ。それに、ところどころ争った形跡が目立つ。もしかしたらもう既に敵にやられて、助けも呼べない状態のまま放置されてしまったのかもしれない。


「むっつー、これは一仕事するしかないよ」
同じことを思っていたのか、陸奥守は真剣な顔つきで頷いた。


お邪魔しますとご丁寧に玄関から入る。鍵も掛けていない、やはり無人のようで刀すらあるのかと疑問に思ったが、奥へ進めば刀が散り散りに落ちていて折れている刀も複数あった。これは、完全に襲撃された後だ。以前も襲撃された本丸を見たことがあるけれど、審神者が何とか立て直そうとしていた。


「もしや、審神者も殺られてしもうたのか」

「その可能性が…高いよね」

通報しようにもその本丸の主が居なければ政府も気付かない。運良く偵察している政府に発見されれば放置されるという問題もなくなるのだけれど、最近は本丸が放置されているという事も少なくないみたいだから、私達は今その問題の一部に遭遇したわけだ。


「むっつー、やろう。放置された刀剣たちを直してあげよう」

「しょうまっことおんしは世話焼きだな!けんど、このまま放置しちょくのはわしも心残りじゃから、付き合うぜよ」
よーし!!と私と陸奥守は声を張り上げて気合を入れあった。ゴンと拳と拳をぶつけて笑い合う。これが私達が何か困難があった時にする行動だ。これをすれば、大抵はなんとかなると思っているおまじないのようなものだけれど。バカバカしいと思うだろうが、案外元気が出たりする。それは、私と陸奥守が信頼関係にあるからかもしれない。
もっと酷く気力がないときには額と額を思い切りぶつけて痛みで気怠さをふっ飛ばしたりする物理的な行動が多い。

気合を入れたところで私達は刀の手入れへと行動を移した。
どうやら、特殊らしいのだが、普通では刀剣は自分の刀を審神者に手入れをしてもらわなければ回復出来ないと聞いた。しかし、陸奥守は自分で自分の刀や銃の手入れをしていて、私もそれが普通だと思ったのだが、どうやら違うらしくて。

なので、他の刀剣たちも手入れをすることができる。資材を使うということは変わらないので、資材が必ず必要にはなるが分担してできる分、時間を短縮することができるし、何よりも陸奥守は手入れがかなり上手い。
私も愛刀を毎日丁寧に磨いているけれど、正直むっつーには敵わないかなと思っているくらいだ。
改めて思い、少し落ち込んだところでこの本丸の資材状況を確認しようと倉庫へと向かった。
立て付けの悪い扉をガタガタと音を立てて開ければ、そこそこ資材が余っていて大きな声で借りまーす!!と叫んだところで、陸奥守と分かれて刀剣達の手入れへと向かう。

折れてしまった刀はどうしようもないので、纏めて丁寧に綺麗な布の上へと移動させ、今にも壊れそうな刀はそっと文字通り壊れ物を扱うように優しく手入れをした。



その作業をいつまで続けていただろうか、薄暗かった空は完全に真っ暗になり、夜空には綺麗な月が浮かび上がっていた。体力に自信があった私でもこんなにぶっ通しに手入れに没頭していれば流石に疲れが出てきた。

ふうと大きく息を吐いて、汗を拭って夜風に当たる。
時間は見ていないけれど、きっともう4時間近くは経っているだろうか。

むっつーも手入れをし終わったようで、夜風に当たっている私の元へやってきて手のひらと手のひらで合わせ、パシンッといい音がなる。これが私達の頑張った後の合図である。何だか私達で意味不明な合図とかおまじまいとかやってるなあとしみじみ思いながらも、むっつーの顔を見れば大分疲れている様子で、私は笑ってお疲れ様と言った。


「おんしもよう頑張ったの。こっちは完全にやまった(終わった)ぜよ」

「こっちもだよ。はぁ、疲れたなあ。ふふ、仕事したね。でも余計な事しちゃったかな…。彼らはもしかしたらずっと眠っていたかったのかもしれない」

気に掛かっていたのはそれだった。破壊される寸前の状態ならば刀に戻ってしまうのはわかるが、中傷の刀もあった。中傷程度であるなら具現化することは可能であるはず。それなのに刀に戻ってそのままで居たということは、人であることに疲れた…のか、それともそのまま眠ってしまいたかったのか。彼らの心情はわからない。


「おんしの気持ちはきっと刀剣たちにも伝わったろう。何も心配しやーせきもなんちゃーがやないじゃ」
「そうかなあ…。それだといいね」
私は自分で自分の行動をお節介と言うくらいだから、彼らにはもっとお節介に見えたかなと思ったのだけれど、むっつーがそう言うならば、そういう事にしておこう。

後は本丸を掃除して彼らが生活できるまでに修復しておけばきっと大丈夫だろう。もう一仕事だよむっつー!と再び気合を入れ直して動き出す。
破損したところなどはどうしようもなく、カモフラージュするという何とも雑になってしまったが、かなりの時間を掛けて丁寧に掃除したのできっと生活には支障はないはずだ。…きっと。



「いやいや〜疲れちゃったねえ、むっつー。冷たいお水が飲みたいなあ!!」

「確か荷物の中に水筒があったじゃろ」
がさごそと鞄の中を漁り、水筒を取り出すが中身は空っぽだったらしい。陸奥守は酷くショックを受けたような顔をしていた。水が無いなんてなんという地獄だ。この世は地獄だ。

しょぼくれていると、ぽつりぽつりと水が滴る音が聞こえ、気になって音のする方向に向かえばサァァァと水が流れる音が聞こえてきて、思わず駆け寄る。



「えっ、すごい。むっつーすごいよ。天然水だ!」

「まっことじゃ!さっきまじゃーなかったがやき、流れてるぜよ…!」
思わず感動してしまった。

山から流れてきた透き通った水、そこから出る綺麗な空気は天然水という事を示していた。さっきまでは全く水なんて流れていなくて、水があったとしても濁っていたというのに、この水はとても澄んでいて綺麗だ。


「なんだろうね、もしかしてここの刀剣達がお礼をしてくれたのかな」

「おんしにゃわからんかもしれんけど、あいとらはずっとおんしに礼をゆうちゅうよ。ここは穏やかぇ性格の刀剣達が多いようやきな」

「はは、そっか。嬉しいなあ。旅してるとさ、色々な事を経験できるから良いんだよね」

でもちょっと本丸っていうのが恋しくなっちゃったかもしれないねと薄く笑った。

私はここの刀剣たちを呼び起こさない。むっつーも何故具現化させないのかと言っていたけれど、勝手に具現化させるのもどうかと思うのだ。
彼らには彼らの生活があって、私がそれを邪魔する権利などない。無関係な審神者が勝手に刀剣たちを呼び起こしてしまうのはとても失礼な気がしたから…。そういえば、むっつーはおんしらしいと面白可笑しく笑っていた。そんなに笑うことないと少しむっとなったけれど、これでいいのだと思う。彼らもむっつーによれば感謝してくれているようだし、不満も恨みも向けられていないだけでも、喜ぶべきことなのだと。

ただ、本丸というのは審神者が居なければ維持出来ないものだと聞いている。どうやって今まで持ちこたえてきたのかはわからないが何も処置をしないまま去って行ってしまえば、またここは廃れてしまう気がした。


「水を恵んでくれたお礼も込めて、ここに印を置かせてもらえないかな」

冷たくて美味しい水を頂いたところで、本丸に戻り、鞄の中に入っていた手のひらに収まる程度の水晶をコツンと机の上に置く。水晶の中には白く、輝くキラキラとしたものが入っていて、暗くて見えづらい夜でも鮮明に見えるほどに綺麗な宝石だ。


「これね、私のお守りの一部でもあるんだけど…審神者が居なくてもこの本丸を維持させるくらいの力はあると思うんだ」

「おんしはまっこと面妖な物を作るからの」

面妖なって失礼な。ちゃんと効果はあるんですよ。


「私達がここに来たっていう証拠と、貴方達の幸せを願って置かせてください」

返事はないけれど、むっつーによれば快く承諾してくれたらしい。ここの本丸の刀剣たちは本当に穏やかな性格の刀剣たちが多い。


「何かキレイゴトだね。でも、今までにも色々見てきて…貴方達にはそうなってほしくないっていうまじない…いや、独り言だからあまり気にしないでほしいかな」

「せんばんとでかい独り言だぜよ」
うるさいなとむっつーの頭をチョップし、水晶を大広間の中央の机に置いて立ち上がる。

この本丸を政府に伝えるなどそんな野暮な事はしない。元々私が本丸を所有出来なかったのも政府の不都合とやらが原因であるし、彼らにこの本丸を救うとかそんな期待はしていない。寧ろ、彼らなら用なしだとこの本丸を破壊し、刀解するかもしれない。そう思うと、やはり伝えることが出来なかった。


「わしらだけの秘密じゃけ」
この本丸は、きっと他の者に気付かれることはないだろう。私達はかなり森深く探索していたし、ここの場所も地図ではなかなか示せない場所だ。
また、彼らに会えるように目印をつけておこう。そう思ったのも然り。
寝静まる時間帯になり、私達の本来の目的をふと思い出した。手入れした刀たちが丁寧に並べられているそちらを向いて申し訳なさそうに笑いながらさり気なく口を開ける。

「あのー…、今晩は此処に泊まってもいいでしょうか」
夜風がくすぐる様に吹き、木々が可笑しそうにゆさゆさと揺れた。

翌日、私達は次の新たな場所へ行こうとその本丸を離れようと荷物を纏めた。むっつーと私はその場所に長く留まることをしない。多くの知らない地域に行って地図を完成させるためにも、経験を積むためにも歩き続けるのだ。
「おんし、行くぜよ」
「そうだね」

丁寧に布団を纏めていると、後ろからむっつーに声を掛けられ、整理した鞄を背負う。

「おじゃましました」
そう刀剣たちに言って本丸を後にする。美しく輝く水晶が置かれ、手入れされた刀たちは出ていくわたし達を穏やかに見送ってくれているようなそんな感じがした。

「次はどこに行こっか」
「おんしがこないだゆうちょったが団子屋が大坂にあったじゃろ。まずは腹ごしらえしようぜよ」
そういえばお腹が空き過ぎて空腹感というよりは気持ち悪さが込み上げていたところだ。そろそろ食事を取らなければ体が持たないかもしれない。

「こういう時に食べなくてもいいむっつーが時折羨ましくなるな」
「まあ、確かに空腹を感じたことはないやき。人の体ってゆうのは窮屈じゃのう」
「何か腹が立つ言い方だなぁ」
本丸が見えなくなり、戦場が見えてくる。戦うときには戦い、今日もまた風来坊はどこかを旅する。ふと歩いていた足を止め、ねえ、と陸奥守に振り返る女はどこか楽しそうにお守りの水晶を手のひらでコロコロと転がしながら、視線を上げる。

「また、彼らに会えるかな…?」
「生きていればきっとまたあこに訪れる日が来る」
随分と適当じゃない?と不審そうに眉をひそめた女はその後にふっと笑い、陸奥守もそれに釣られて笑う。
目の前には戦場、赤く鋭い眼光がこちらに気付く。私達は再び拳と拳を合わせ、前を見据えた。

審神者の間では女と陸奥守だけで様々な場所を歩き回っているという噂が広がったのはそう遠くないらしい。
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