「主、ここに座って共に茶を飲まないか?」

「断ったって一緒に飲むんでしょ?」
当然だと表情を変えず、縁側に座っている鶯丸は隣を手でポンポンと叩く。無論、ここに座れという意味なのだろうけど、さも当然のような表情で招いている鶯丸が気に食わない。ムッとした表情になった審神者に鶯丸は叩いていた手を止めて不思議そうに首を傾げた。

どうした?と言いたげな何もわかっていないその顔もあまり気に食わない。
最近は鶯丸との関係はぎくしゃくしていた。鶯丸はその事に全く気付いてなさそうだから、こちらが一方的に…だけれど。

彼は一番古い、初期刀である。普通は審神者というものは初期刀として打刀である5口から一口貰えると聞いていた。私もそうなのかと思ったが、ここの本丸には既に一口が置いてあったのだ。審神者の部屋の真ん中にぽつりと置かれ、その正体が鶯丸だったのである。
私よりも長く本丸にいた鶯丸はこの本丸の内部事情には詳しいようで、来たばかりの時は教えてもらっていた。何故彼が元々この本丸に居たのかはわからないが、中身は”普通の鶯丸”なのだと思う。
今まで彼とが一番付き合いが長く、最初限りとはならなかった。かなりお茶が大好きで毎日一緒に飲もうと誘ってくる。どうもそれが面倒くさくなった時、断ったことがあるのだけれど、散々理由を問い詰められた。審神者の仕事があると言えば、渋々諦めてくれるのだが、終わった頃を見計らって茶にしようと言ってくる。そんなに茶が好きなら一日中茶屋に入ればいいと思ったのは言うまでもない。
最初と今とで違うのは、彼が妙に嫉妬深いと言うこと。茶仲間を取られるのがそんなに嫌なのか知らないが、一度鶯丸との茶会を断り同田貫と共に刀のお稽古をしていると、鶯丸が道場に入ってきて何故断った。と静かに怒りを灯した表情で問い詰められたことがある。これに同田貫も苛ついたらしく、てめえと茶ァ飲んでるより道場で稽古した方が楽しいってよと言ってもない事を言うものだからかなり焦った。…何故、焦ったのかはわからないけれど。
だけど、鶯丸の目が細められて…その瞳は本気だったように思えた。
その後、大分鶯丸とは距離を開けていたのだけれど、些細な事をきっかけに仲直りした。でも彼をあまり怒らせない方がいいのかと思って今も気を使っているけど、彼は一体何を考えているのかわからない。

「いいよ、お茶飲むんでしょ。はい、お煎餅どうぞ」
少しムキになって鶯丸の膝の上に煎餅の入った籠を置いた。依然として鶯丸はわからず、ポカンとしているものだからふいと視線を逸らした。


次の日にぎくしゃくしている事がわかったのか、いつも鶯丸と居る私が1人で居ることに厚くんは喧嘩?と小声で問いかけてきた。喧嘩と言っても言い合いではない。私が一方的にギクシャクさせているだけ。彼は何もしていないのだ。ただ茶に誘ってくるだけで。
だけれど、何故そこまで茶仲間に対して執着するのかがわからなかった。一期一振辺りと仲が良いのだから女の私と茶を楽しむよりもよっぽどそっちの方が盛り上がるだろうにとムスッとした顔で呟けば、厚くんは何か考えたような素振りをしてこちらに視線を向けて笑った。

「いつも大将を独り占めする報いにイタズラしてやるぜ!」

無邪気に笑った厚くんに私はひやりと冷や汗を掻いた。



その日の昼。鶯丸が私に声を掛けようと近くに寄ってきたのだがそれは何者かによって阻止される。

「あーるじ!遊ぼっ!」

「え、ちょっ…ちょっと!?」
いつもはない光景である。短刀たちは普段遊んでとは言わないのにそれを言ってきた事に動揺した。私が子供と遊ぶのが嫌いなわけじゃない。寧ろ好きか嫌いかと問われれば好きな方だ。それなのに何故今まで短刀たちに言われてこなかったのかは鶯丸が原因だとすぐにわかった。短刀たちと遊んであげようとしても鶯丸はそれを許さない。大分大人げない行動をする鶯丸を怒ったけれど、彼は意思を曲げなかった。そんなに茶がしたいかと思ったよ。


短刀達のイタズラはこれかと思いつつも手を引かれ、大人しくそれに付いて行く。ちらりと横目で鶯丸を見れば唖然としていた。そりゃそうだろう、茶に誘おうと近づいた瞬間に短刀たちに引っ張られて連れてかれてしまったのだから。

そんなイタズラは続き、わざと鶯丸に見せつけるような、そんなやり方をする短刀たちに何でこんな事をするの?と言えば、不思議な顔をして首を傾げられる。ああ、この表情は鶯丸と一緒だ。言われている言葉を理解していないときの表情。


「え?だって主は鶯丸から離れたかったんじゃないの?」
嫌そうにしてたじゃんと乱は言う。確かに最近は少し鬱陶しがっていたかもしれないけど、わざわざ鶯丸の部屋付近で遊んだり、通りかかったところで短刀達が私に抱きついたりだなんていうわざと見せつけるような行為なんてしなくてもいい。イタズラとわかっていても、悪質だ。そんなことを短刀達の前では言えなかったけれど。


「俺達な…大将。鶯丸に大将を取られてずっと悔しかったんだよ。ずっとずっとずっとだ」

「それなのに主君は僕達と遊んでくれないんですか?ずっと寂しい思いをしてたのに…」

「酷いッ酷いよ!!!主様のけちんぼ!!」
どんどん悪化している短刀たちに私は為す術もなく、戸惑ってた。彼らが段々狂気に満ちていくのがわかる。
最初に感じた寒気というのはこの事だったかと今更気付いても遅いのだろうか。
にっこりと笑って愛おしそうに主を見る短刀たちは確かに狂っていた。



「なあ、大将」

突然現れた薬研に驚きながらも、いつもとは違う声のトーンに警戒心を高めた。そんな私を見るに優しげに笑って口を開く薬研。



「アンタはどうすれば俺たちを見てくれる?皆、大将が必要なんだよ。ようやく鶯丸の旦那と引き離す事が出来たのに今更あっちに戻るなんて嘘だよな?」
そう言ってにっこりと笑った薬研に私は恐怖を抱きつつも首を横に振った。



「もちろん、貴方達は大事だよ、必要だよ。でも必要なのは貴方達だけじゃない。この本丸に居る全ての刀剣達が私にとっては必要不可欠なの。鶯丸だけに固執してるわけじゃない」


笑みが消えた。

全てのと言った私に短刀たちはつけていた仮面を剥がす。



「ねぇ、全て…なんて無理だよ。平等に愛せっこない。ボク達は他の刀剣にそれを向けてほしくない!!寂しいもん!!遊んでくれないだけじゃなくて、おしゃべり出来なくなるのも嫌だ!!いっそ…主がボク達しか見ないように…」
そう言って構えた乱に私は声にならない悲鳴を上げて咄嗟に逃げ出した。

私の知っている短刀たちではなかった。鶯丸と縁側に座って、短刀たちは純粋に庭で遊んでいた彼らはどこへ。…いや、私は見ていなかっただけかもしれない。私が鶯丸と縁側に居るときに、短刀達はどんな顔をしていただろう。どんな顔でこちらを見ていたのだろう。思い出せなかった。


「大将は、意地が悪い」
そう言って縁側に近づいてきた厚くんの瞳はどんな色をしていたのか。

私にとっては刀剣たち全てが必要不可欠。そんな事を、本当に思って口に出したのか。
全てに靄が掛かる。情景は覚えているのに顔だけは見えない。



気付いた時には足に何か強い衝撃を受けて私は倒れこんだ。

聞こえたのは生々しいザシュという何かを切り裂く音と、私が地面に倒れる鈍い音。後ろを見た時にまるでその光景が目に針のような鋭利なものでグサリと刺されたように衝撃的で、気付いた時にはその死ぬほどの激痛に声をあげた。


「あ”あ”あ”ッ…ぐぅうああああああ痛いっ痛い死んじゃう…っ!!!」
思わずそう口に出していた。
私はその激痛と共に短刀たちに両足を切り落とされたのだと気付いたのだ。


「大丈夫だ、大将。死なないさ、そのためにも…俺達が看病してやらないと…な?」

死ぬことはないなんて、そんな甘いことではなかった。このまま放置すれば1時間でも致死量の血液が自分から出て行ってしまうだろうと思うと、恐怖で涙なんて引っ込んでしまった。薬研にも他の短刀達にも言いたいことがたくさんあるのに激痛でそれどころではなかった。視界がチカチカする。

「ああ、可哀想な主。ごめんね、痛いのすぐ治してあげるから」
そんな可哀想な体にしてくれたのはどこのどいつなのか、問い質したい。彼らから感じる狂気に、私は恐怖…というよりも怒りがそれを凌駕した。けれど、その怒りは激痛によって声に出せない。息をするのもやっとで、過呼吸になるかと思うほど息乱れ、意識朦朧とする。

俺たちは大将の事が好きなんだ。そう朦朧とする意識の中聞こえたけれど、それを嘲笑した。愛と言わないだけ彼ららしい。けれど、それが好き…だなんて笑わせてくれるものだ。こんなもの、紛い物でしかない。

彼らの手が私へ触れようとする。それを拒むこともままならず、光景をただずっと見ているしかなかった。



「可哀想なのは、どちらか」


そう言ったと同時に目に前に赤が飛び散る。

煌めいた刀は伸ばしかけた厚の手を切り落とし、近くに居た乱の綺麗な瞳を潰した。



「そのような目で主を見るなら、潰してしまおう」

視界の端に見える緑に、泣き叫ぶ短刀達。



「嗚呼、これは一期と死闘になるかな」

腕を切り落とされた厚はもがき苦しみ、床へと倒れこむ。片目だけではなく、両目を潰された乱は突然強制的に世界を黒く染められたために恐怖を煽り、発狂する。本丸に響き渡る和やかとは程遠い絶望的な声。兄である一期一振がこちらにやってくるのも時間の問題だと言わんばかりのこの地獄絵図にとある審神者は目を見開きながら見ることしか出来なかった。短刀達も彼の存在を認識すると、立ち向かわず後ずさりする。
審神者の中で呼ばれているカンスト。審神者歴は短くはなく、殆どの刀剣達が練度60以上は超えている。

彼、鶯丸はその中でもカンスト勢に入る。カンストする事自体は珍しくはない。しかし、彼は特殊で私がこの本丸に来た時からカンストしていた。その上、今までの経験も多く積んでいる事で、本丸の中で一番強いとされている。本丸の中だけではなく、演練相手のカンスト勢にもすんなりと無傷で倒してみせる。そのような恐ろしい太刀に短刀たちは敵うはずもなく、歯向かう事をせずにただ距離を取った。私も、逃げたい足ももう無い。

痛みと絶望の中、何故か気分が良いように見える鶯丸がこちらにその緑の双眼を向ける。


「主、わかったか?俺が君と一緒に居たい理由だ」
君は盲目だ。全く気付いていないのだから。と深く溜息を吐く鶯丸がわからなかった。
理解出来るはずがないだろう。突然短刀たちに迫られ、足を切断され、今度は短刀達が鶯丸にやられる。血生臭くなった部屋に目も耳も塞いでしまいたい。

正気の沙汰とは思えないその光景は目を瞑っても脳裏に焼き付いた。鶯丸はしゃがみ込んで私と目を合わせる。綺麗な緑の瞳。けれど、どこかどんよりと暗く、濁っているようにも見えた。



「短刀と接触しないように守っていたというのに、だからこうなった」

「守る?どの口が言うんだか」
この口、だよとぼそりと言った薬研にぐいと迫り目を見開いて、自分の唇を指す鶯丸。こちらから見えない光景であったが、彼が今私が見たこともないような表情をしているのだろうとわかった。それ程に威圧を感じる。

アンタは俺らよりも…ずっと、狂ってるじゃねえのと怯えつつも強い眼差しで言い放った薬研に鶯丸は小さく笑う。


「今更気付いても、遅いのだがな」

「俺を、殺すか」

「ああ、もちろん」
そのつもりだ、と刀を振り上げた鶯丸に咄嗟に駆け寄ろうとして、足が無いということに改めて気付かされて、歯を食いしばる。到底行動では彼を止められないと、私は息が上がってる中、必死に鶯丸を止めた。



「やめて、鶯丸。殺さないで」

「……君は自分の足を切り落とした奴らを許すほど阿呆なのか?」
俺が守ってやるというのに、勝手にどこかへ行くからこういう事になる。とキッと薬研や他の短刀たちに殺気を飛ばしてから、小馬鹿にするようなことを言って私に近づき、抱え上げた。


「…ぁ…っぐ」
突然の浮遊感と、衝撃による激痛が同時に体に響き、耐えるように声を抑える。そんな審神者を愛しそうに見て、額にくちづけする鶯丸は口を開いた。


「次、主にそのような感情で近づいたなら…俺は主が止めようとも君らを殺そう」
そう言った彼の顔を見れば、とても穏やかで、しかし殺伐としているような矛盾のある表情に、錯乱するしかなかった。


その後、突然とでも言うように一期一振が鬼のような顔をして鶯丸に斬りかかってきた。それを湯のみを持ったまま、軽々と避けた鶯丸はゆっくりと立ち上がり、お互いに向き合って何か話していたようだ。しばらくすると一期は顔を蒼白にさせて刀をしまい、背を向けて行ってしまった。何を言ったんだろう、と様子を見たけれどこちらからでは声も表情も確認は出来なかった。



ただ、薬研の言った俺達よりもずっと狂っている…それを私も感じたのはその後すぐであった。




「嗚呼、彼らには感謝しなければならないな。これで、君をどこにもやれずに済む」

不自由にはさせないよ。俺がずっと、側に居るから。


そう言って本当に幸せそうに笑った鶯丸に、狂気よりもずっと深く黒い何かを感じて、私は無くなった足を一瞥してそっと涙を流した。

気付いた頃には逃げられなくなっていた私はその狂った愛情を受け止める他に選択肢など最初から存在しなかったのだ。
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