女だからって舐めんなよ 短刀視点



この本丸にまた新しい審神者がやってくる。


そんな話を政府から聞いて、大広間に居る刀剣たちは溜息を吐く。またか、また新しい審神者が来るのかとうんざりする者や静かに怒りや憎しみを秘める者。誰一人として喜ばなかった。それは短刀たちも同じで、また暴力を振るわれたり、無理矢理出陣させるのではないかと怯えた。
政府の予告通りその審神者はやってきた。短刀たちは身構えていた。しかしそのような元気もなく、畳に横たわる前田や乱は震え、怯える表情をしている。
わかっている。今度の審神者だってきっと自分たちを傷つけようとする。そういう想いは積りに積もり、自然と手は柄に手を掛けていた。



短刀達が手を出すよりも早かったのは小狐丸だった。

廊下で小狐丸が抜刀し、審神者は一歩一歩と下がる。
想像をしてたのより審神者は随分と小柄で腕も足も細かった。あんなか弱そうな女が審神者など笑わせてくれると短刀達は笑うが、次の瞬間にその笑みは固まった。

審神者に斬りかかった小狐丸に、やむを得ず両脇にある太刀を取り出し受け止めた審神者に廊下を覗いていた短刀たちは目を見開いた。


「兄ちゃん…あれ」
厚が震えた声で審神者を見て声を出した。隣にいた薬研は頷き、あの審神者は何者だと驚くばかりだった。

練度が他の刀剣達の中でもかなり上である小狐丸の一振りを軽々と防いだだけではなく、太刀二本で応戦している審神者の姿に驚いたのだ。稀に居る二刀流。まさかこんなところで見られるとは思っていなかった。

その審神者は小狐丸の刀を弾き返し、何度も降りかかり圧倒した。リーチが短い分、小狐丸は防ぐのに手一杯のようで、防戦となっていることに見ていた短刀たちはひやりと汗を掻いた。
まさか刀剣の中でも強いとされる小狐丸があのようなか弱そうな女に圧倒されるとはおもっていなかったのだろう、当の本人も唖然とした様子で防戦を繰り返している。
ついには刃ではない柄の方で小狐丸の鳩尾に一撃食らわせようとしてそれを小狐丸は咄嗟に阻止した。一撃を与えられなかったことにホッとしつつも、疑問に思った。何故刃の方で攻撃しなかったのかと。

短刀たちには審神者が刀剣たちを傷つけるつもりなど毛頭ないのだと言うことに全く気付けなかったのだろう。そして唐突に小狐丸に飛びかかった審神者に驚き、怒りを露わにし助けに向かおうと立ち上がろうとしたら薬研に止められたのだ。
何故だと薬研の方を向けば、奇妙だという困惑した表情で二人のいる方向を見ていた。何だと再びそちらの方向へと視線を向けた。


審神者が小狐丸をモフっていた。

鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのはまさにこの事を言うのだろう。短刀たちは目が点になった。

横になっている乱や前田がどうしたのかと聞けば、さながらふれあい動物園の人と狐のような光景だと説明しようが理解できないだろう。触れ合っていた。人と動物だった。

撫で回され困惑している小狐丸に薬研も、その他の短刀たちもポカンとした表情で硬直していた。どこから突っ込めばいいんだろうと考えることすらなかった。
今まで来た審神者の行動を遥かに上越する、というか全く方向性が違う行動に頭が追いつかなかったからだろう。そんな中、何故か五虎退の虎たちは興味津々と言ったように廊下の狐と人間を覗き込み、尻尾を楽しそうにゆらゆらと揺らす。
五虎退に聞けば、どうやらあの中に混じりたいらしい。狐に人、子虎。そんな状態になったらまさに動物園状態になるのは回避出来ない。

殺気帯びていた思考もふにゃりと崩れるように無くなった。何なんだ、この呆気なさは。


好きなだけモフった審神者は満足そうに放心した小狐丸を置いてどこか行ってしまった。ハッと我に返り、急いで放心状態の小狐丸の元に駆け寄れば、からくりのようにぴくりとも動かず硬直しているので揺さぶって我に返らせた。

「よく…わからぬ。攻撃されると思うたらいきなり髪の毛を撫でられて、その、温かかったのと撫でる手が優しくてだな…振り払うのに払えんかったのじゃ」
少し照れたように俯く小狐丸に薬研は白目を剥きそうになった。狐が今までこのような表情をしたことがあっただろうか。いや、ない。撫でられて緩んだ顔など、嘗て見たことがない。小狐丸にここまでさせる審神者が気になった。


「どうも、斬りかかってはしもうたが悪しき審神者には見えぬのじゃ」

「おい、簡単に騙されてるんじゃねえぜ狐の旦那」

「…そうさな、甘く見ておった」
少し納得いかないような表情をしつつも、今日はもう寝ようと大広間に戻って行った小狐丸に、自分も腑に落ちなかった薬研。

あの審神者がどういう人間なのか、少し興味が湧いたのは確かだ。だが、敵は敵。最初優しく接してくれようが、後から面倒くさくなって投げ出すのは目に見えているのだから。期待してはいけない。薬研は拳をグッと握りしめ、瞳を閉じた。


その後、無理に審神者に襲おうとはせず、ただ観察していた。小狐丸の一件で攻撃したとしてもきっと自分たちではムリだろうと悟ったからだ。

畑仕事を気だるげにやる審神者を見つめながら、向こう側から五虎退がうろうろと辺りを見回しながらこちらにやってくるのを薬研は見て、声を掛けた。


「ああ…うぅ、虎たちが居ないんです…少し目を離した隙にどこかに行ってしまって…」

「…仕方ない、探すか…」
そう言って審神者から視線を離し、虎を探そうとしたのだが目を見開いて審神者の方を2度見した。

「あ…っ虎さんたちが…」
五虎退が探していた虎たちはいつの間にかあの審神者の元へと行っていた。顔が青ざめるのがわかる。今までここに就いてきた審神者の中には動物嫌いで虎たちが鬱陶しかったのか殺そうとした審神者も居た。それがフラッシュバックし、即座に審神者の元へと斬りかかろうとしたが、またもや硬直させられる。

審神者はやってきた虎たちに一瞬ぽかんとし、首を傾げていたが独りでに何か納得したのか手を叩いて、急いで本丸の中へと戻り、帰ってくるに虎たちに肉を与えていた。瞬時にお腹が空いていたのだと気づいた審神者は台所までわざわざ取りに行き、虎たちに餌を用意したのだ。ここからでは何を言っているのかわからないし、彼女は前髪で目を隠しているために表情は読み取れないが、とても幸せそうに虎たちを撫でながら餌を丁寧に与えていたのが伺えた。

自然と柄に掛けていた手が離れた。先程からこの繰り返しだった。

虎たちも審神者に全く嫌がる素振りを見せず、寧ろ喜んでいた。甘咬みをして構って構ってと審神者に縋りつく虎たちに審神者は笑ってじゃれ合っていた。横で見ていた五虎退もにわかに信じられないようで、目ぱちくりしていた。
あるところでは鳴狐のお供である狐が傷ついて居たのを見て一目散に審神者は狐に飛びつき、手当てをしては丁寧にブラッシングをしていた。


「う…き、気持ち良いですぅ…」

うっとりと目を伏せるお供の狐に審神者は笑いながら、そして鳴狐は殺意は無いものの困惑しながらその様子を伺っていた。

「一度ブラッシングしてみたかったんですよね…」などと審神者は呟き、傷んだ毛並みを綺麗に整えた。せっかく質がいい毛並みなのに綺麗にしないなんて勿体無いですよとムッとしながら言い放ったのに対し、鳴狐はそのブラッシングとやらをお願いしていた。

心許したわけではなかったが、お礼にと狐は審神者にもふもふされていた。不覚にも平和だと思ってしまった。
短刀たちも最初の頃とくらべて審神者に殺意を向けることは少なくなった。未だに殺意を向けているのも居るが、薬研はあの審神者を不思議と思うだけで、殺意は沸かなかった。


一度あの審神者と話してみたいと思ったのだ。台所に入っていく審神者を見て、足を進めた。期待を抱いて。
審神者のわかったところと言えば、彼女がモフラーと言うことだけで、一部の短刀たちは未だに裏が見えない審神者に困惑し、そして期待したのだった。

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