僕は窶れながらも主様の言うとおりに遠征へと向かった。重傷と言うわけではないが、ところどころ身体が痛み、疲労感も取れない。
この間は戦場で深く怪我を負ってしまい、他の刀たちに支えられながら本丸へと帰った。重傷だったために手入れはしてくれたが、アンタは役立たずだから出陣はもうさせないと言われてしまった。
胸が傷んだ。僕では主様のお役には立てない。苦しくて、苦しくて涙が出た。
いち兄や乱、他の兄弟たちが僕を慰めてくれたけれど、心には穴がぽっかりと空いてしまい、塞がりそうにはなかった。
そして今回、遠征中に油断していた僕は背後を取られてしまった。まさか遠征中にだなんて、と甘く見てしまったのが不覚だった。
衝撃で転んでしまったがそれどころではない。逃げなければ。折られてしまう。誰にも気づかれずに、孤独のまま折れてしまう…!
遠征で一人だった僕は必死で敵から逃げ、本丸へと逃げ帰った。もちろん失敗だ。後で主様に何て言われるかわからない。怖かった。
もっと怖かったのは傷を負った僕を見たいち兄の顔だった。まるで主を今にも殺してしまいそうな、とても憎しみが籠もった表情をしていた。
駄目だよ、だめだよいち兄。そんなことをしたら刀解されてしまう。そんなこと兄弟は誰も望まない。
大丈夫といち兄を振りきって離れに近い廊下を歩いていたら、何だか頭がぼんやりとして視界がぼやけた。ああ、折れちゃうのかな…なんて思いながら、でもここなら誰かに気付いてもらえるかな…なんて呑気なことを考えながら廊下にバタンと倒れた。
意識こそは失わなかったが、ぼんやりと視界に移る廊下を見ながら荒い息を繰り返していた。力を入れようとも起き上がれない。足が既にやられてしまっていた。虎たちが心配そうに覗きこみ、どうしたらいいか混乱しているのだろう。周りを忙しなくうろちょろしていた。
そこでやってきたのは主様の妹様だった。だったはず…視界がボヤケていたので定かではなかったが、声でわかった。
妹様は僕を優しく起こしてくれて、抱き上げた。
そのまま彼女の自室であろう場所にゆっくりと降ろされると頭に手を置かれた。何かされるかのかと思うと、恐怖のあまりビクッとなってしまったが、それはすぐに消えた。
妹様の手はとても温かかった。まるで全身に日光を浴びたような、ひなたぼっこするような、そんな感覚だった。その間にもどんどんと傷は癒えていってこの部屋の空気も他の部屋とはまるで違って、とても心地よい…ああ、この感覚は、神気。
なぜ、妹様が神気を使えるのかわからなかった。霊力ならまだしも、神気だなんて。確かに主様も滅多にいない神気使いではあるけれど、それでも微量だ。こんなに膨大な神気を扱える人間は嘗てに見たことはない。
妹様は僕の頭をずっと撫でてくださった。優しく、壊れ物を扱うように大切に、慈愛に満ち溢れたその瞳に見つめられて、思わず恥ずかしくなった。今までそんな大切にされたことがなかったから、そんな綺麗な、透き通った目で見られたことがなかったから…僕は困惑したと同時に、どうしようもなく幸せな気持ちになった。
今まで受けた醜態や屈辱も一気に吹っ飛ぶような気がしたのだ。なぜ妹様がこんなにも力を持っていて、なぜ隠しているのかわからないがこの秘密は守ろうと思う。
また妹様とお話がしたい。この温かい場所に来たい。自然とその言葉が口に出ていて慌てて口を手で覆った。どうしよう、怒られるかも。叩かれるかも…嫌われてしまうかも。そう思ってしまって、涙が出そうになった。だけど妹様は違ったのだ。
「私もだよ、五虎退くん。たまにでいいから一緒にお話ししてほしいな。こんな私でよければ、君と居るととても楽しいから」
そんな温かい言葉をいただいて、僕は色々な感情がごちゃまぜになって声が出なかった。嬉しい。あたたかい。無意識に、自然と僕は笑って頷いていた。