審神者ではない才能を持った少女 | ナノ






ちょっと厠行ってくる。と不機嫌を顕にしながら主は大広間から出て行った。
良い様だ。


「ちゃんと顔見たの久々な気がするぜ…」
驚きだなと目を丸くしたまま出て行った襖の方をじっと見つめる鶴丸。


「もしかして資材が足りなかったのに急に増えたのって…」

「あの娘のお陰よな。はっはっは、元から主に力があるなど思っておらぬよ」
隠しきれているとでも思っているのかの。と、とても楽しそうに嗤う三日月の近くにいた今剣は首を傾げた。


「みかづき、それはどういういみですか?」

「ふっ、知らずともよい。時期にわかる」

刀剣たちの中で気付いているのは三日月のみだった。そんな事に優越感を感じながら微笑み、それからというもの、無感情で主を待つ三日月に周りの者は背筋を凍らせた。

主は三日月を怒らせている。これがどういう意味を表すのか…三日月の瞳の奥に狂気的に光る美しい三日月がそれを物語っているようだった。


その中、燭台切は三日月の言った言葉に違和感を感じていた。

そして先ほど妹に手を触れた時に感じた疲労感が吹っ飛ぶような神気が流れてきたということ。彼女の手に触るまでは足を引きずるくらい傷を負っていて、歩くのも辛かった。しかし彼女に触れてからそれが消えた。
主からの話によると、妹は家事などはできるが、審神者としての才能は持っていないと聞いていたからだ。主に力が無いとは今まで思ったことがなかったが、確かに本丸は主の神気に溢れていない。心地よい空気が全く流れていないのだ。
そのせいで、本丸の庭にある桜はいつまで経っても咲かず、植物も育ちが悪い。淀んだ空気が出つつある本日、本当に今の主に審神者としての力があるのか疑問を持ち始めていた。確信ではないが、他の刀剣たちも少し疑問に思っているはずだ。
それに、確かに主から神気は出ているが、何というか…綺麗すぎるのだ。正直言って主は綺麗とは思えない。心も荒んでいて、顔はそこそこ美人であるとはいえ、中身を見てしまえば綺麗とは言えないほどだった。神はわかる、例え下級の神だろうが、人のオーラというのを感じる事が出来る。白が一番透き通っているとするならば、彼女は灰色だ。黒に近い灰色。そんな彼女に吊り合わない神気が彼女から出ている。はっきり言って矛盾している。心が汚れていて、神気が透き通っているという人間は嘗て見たことがない。それに比例するはずなのに、彼女の心と神気は別物のようだった。
一方、妹の方を見れば稀に見る汚れ一つない純粋な心。表面的には精神状態があまりよくないのか、少しヒビが割れてしまっているがそれを除けば審神者の器には十分すぎる。容姿端麗、纏う雰囲気も主とは全く違っていた。近くに居るだけで暖かく感じるような、温かい日差しに包まれるような、そんな感覚に陥った。

しかし彼女には神気は微しか感じられない。それは主が言うことと一致しており、とてもじゃないがあの程度の神気では審神者としては務まらない。

主とは逆。心は透き通っているのに神気が微量しかない。そんな状態に僕は混乱していた。

確か妹さん、離れに居るって言ってたよね…。

今度こっそりとお邪魔しよう。主には離れには近付くなとは言われているが、どうしても気になる。別に仕置きを食らってもいい。そんな事を思えるほど彼女のことが気になっていた。

(はは、僕もどうかしてるかな)

内心呆れるように笑うとどこからか視線を感じたのでそちらに目をやると、三日月くんと目が合った。三日月の目が鋭くなったと思いきや、すぐのほほんとしてそうなタレ目に戻り、笑ってみせた。しかし、目は笑っていなかった。三日月くん何なんだろう、僕に恨みとかあるのかな。全く心当たりはないけれど。

僕もぎこちなく微笑むと、台所に置いてある夕食を早く持ってこなければと早々に広間を後にした。








ああ、やってしまった。

私は自室に戻り、頭を抱えた。
いくら私がキレやすい性格だからとはいえ、あの場であんな事を言うなんて今まで隠してきたことを明かしたようなもんだ。それは三日月の表情に物語っていた。多分、あのクソ美人気付いてやがる。

アイツのせいでバラされて姉が追放とかされたらどうしよう。そのまま私も追放されるかな?それだと嬉しいけど、それは…多分確率としては低い気がする。
姉の代わりに私が審神者になる可能性がかなり高い。そんなのごめんだ、現世に帰らせろ。

うん…とりあえず、この部屋に結界貼っとこ…。居場所バレないようにしなきゃ…。


身の安全を確保したところで、布団に潜り込む。何か久々に人とお話出来たのは嬉しかったかな…。人っていうか刀だけど。
でも久々に顔をちゃんと合わせた姉は何だか凄く変わってしまっていた。悪い方向でだ。
まだ小学生の時とかは笑った顔が凄く可愛くて、立派なお姉ちゃんだなあって思ってたけど、今はその面影すらない。


「寂しいよ」

寂しい。お母さんやお父さんとも離れ離れになってしまって、姉もが離れていく。本当の孤独ってこういう事を言うんだろうか。

布団が冷える身体を温めてくれる。ああ、この本丸も寒い。冷たい。もっと桜が咲き誇って、日に照らされればいいのに、ずっと曇り空。
負の感情を忘れ去るように強制的に目を閉じて考えるのをやめる。ずっとこんな感じじゃ、私はいつか狂ってしまう。

朝起きれば鳥達はいつもどおりにやってくる。花や野菜たちは少しずつではあるが芽を出し、成長してくれる。このような些細な事が私の唯一の喜びであった。

1人じゃないよ、と誰かが言ってくれたような気がした。