審神者ではない才能を持った少女 | ナノ







今のは夢じゃないのか。本当に一期だったのかと頭の中が混乱し、冷や汗が噴き出す。

もう一度観に行っていなかったら万々歳だが、もしかしたら店の中に入ってしまったのかもしれないし、本当に見間違いかもしれない。今までこれまでに戦慄することがあっただろうか。頭の中が大洪水だ。



とりあえず、落ち着け。

今考えたってどうにかできることじゃないんだ。これは政府に聞いた方が冷静に対処してくれるだろう。

今の自分はただの人間。あの膨大な神気も制御装置のお蔭で抑えられているのだ。…本当に完全に抑えられているとは限らないけど。


以前、政府には制御装置を渡された際に私の神気や質を彼らは覚えてしまっていると言った。だからいくら表面上で偽装工作をしようとも本質が変わらなければバレバレもいいところらしい。

それに大半は刀解され、記憶を消去されているのだ。一部を除いて。

三日月や一期、鶴丸や燭台切…極めて三日月と一期が恐ろしいほどに執着が酷かった。しかし、それをも上回る二振が残っていた。だが彼らは封印したのだ。
あれらは私が資材を調達に行った時に拾った刀だった。姉も珍しい刀があったら拾ってくるようにと言われていたので、姉に顕現せず渡したのだが…。私が顕現してしまえば、私と契約してしまうことになってしまうためだ。

姉が顕現したことによって、確実に姉の刀になったはずだったのだけれど…彼らは姉に見向きもしなかった。顕現された段階で、挨拶も何もせずにこりと微笑んでその場から消えたらしい。


正気を取り戻した後の姉は、あれは笑顔じゃない。完全に殺気だったわよと身を震わせていた。完全に好意で笑顔になったんじゃない、あれは悪意だ。と語った。



その後、私は結界を張って離れの私の部屋を見事に隠してるつもりだったのだが、何故だかバレてしまった。何でだ!?と驚きつつ、廊下でニコリとしていたその刀は偵察は得意なんだと嬉しそうにしていた。

「ねえ、君が今代の主なんでしょ?」

そうじゃないと認めないよと表情こそは柔らかいがその瞳は有無を言わせないような鋭いものだった。もう一振もうんうんと頷いていた。

とにかく、早い段階で詰め寄ってきた二振だった。私が神気を姉に分けていようがいまいが関係ないといった様子だった。とにかく恐ろしかったのだ。
本丸の刀はすべて刀解されたといった。なら、あの封印した二振も刀解され、封印も溶けてしまったのではないかと思う。そうなれば彼らもこっちに…。


(お姉ちゃん…、牢獄でも何でもいいから安全なところ教えて…)

正直、この場所も家も何もかも安心できない場所にしか思えなかった。






材料を調達し終えると、なるべく花屋の方に視線を向けず、且つ自然な動きで戻った。

店に無事戻るとふぅとため息をついた。とりあえず食材は冷蔵庫に入れて、家に帰ってまずは政府に連絡だ。店の人は快く了承してくれた、非常にありがたい。

あちらから現代に戻ってくるまで非常に手間が掛かった。私は引退という形ではあるが、神隠しをされそうになった審神者だ。だから現代に戻るにもただ戻るだけではすぐに見つかってしまう。神との縁は滅多な事じゃ切れない。人との友好関係をエンガチョで切れるほど容易くないのだ。
それと、神隠しに必要な真名。それは西暦2205年の未来に限った事ではなく、現代でも共通だ。そのため、戸籍はまるまる偽名に書き換えられた。個人情報の全ては偽名、それは姉も同様であり、友人や働いている職場の人などにも適当な理由をつけて偽名だということを伝えてある。これは私の真名を知っている人のみに知らせている。

当たり前だが、初対面の相手にこの名前は偽名ですなんていちいち説明してられないし、怪しまれるし、もし刀剣たちと接触した際に回りからあの人は偽名を使っているとすぐにバレてしまう。まあ、刀剣たちに関しては真名じゃないかなんて一目でわかるらしいが、これは私の命綱だ。真名を知っているものが口を割らなければ実質自分の口からでしか真名はバレない。幸いにも私は友人関係はほぼ皆無に等しい。軽口な何でも人の秘密をバラしてしまうような友人が居なかったことは不幸中の幸いである。

政府に連絡を取れば数十分後に電話が来た。


「これはこれは東條すみれ様、如何なさいました?」

「こっちではその呼び方は控えてもらえますか」

「おっと、失礼致しました。こちらでは日浦陽雪(ヒウラ ツユキ)様でしたね」

東條すみれは真名だ。絶対に知られてはならない。

「要件は二つあります。一つ目は、この頂いた制御装置ではいつ神気が漏れ出すかわからないということ、二つ目は一期一振を見つけました。他にもこちらに複数いると思われます。彼らの状態はどうなっているのか…です」

「…現代に刀剣男士が…?」

「審神者は現代への帰還の際に護衛を二振まで許可していると存じていますが、あれはどう考えても違います。一期一振が花屋で働いていましたよ、どう考えても」

あれで護衛で来たのだとしたらツッコミ満載である。



政府の役人は困惑したように少し沈黙しつつ、上部の人間に確認して参りますのでお待ちくださいと居なくなった。余程異例なのだろう。そもそもあの一期一振は刀剣男士なのかさえわからない。転生をし、生身の人間になったとも考えられる。誰かの審神者の手を使って護衛として現代に来たとは言い難いのだ。

暫くすると先ほどの役人の上司なのか、代わって出てきた。

神気を完全に封じ込める方法はあるらしい。しかし、封じ込めるというよりも消してしまうというのだ。神気(霊力)を完全に失えば審神者という職には一生就けなくなる。万が一の大事を考慮し、政府側は審神者に必ず不可欠な霊力は現代においても少量でも備蓄してほしいらしい。完全に失ってしまえば霊力を増加することも出来なくなってしまうからだ。

政府側と言い分としては、要は審神者不足だから万が一の駒(保険)として現代にも残しておきたいということだ。直球に言ってしまえばいいものを、こう遠まわしに言い訳するから信用性がなくなっているということをそろそろ自覚した方がいいだろう。直球で言われた方が呆れを通り越して清々しく感じられるので許せる。


「それと、現代に存在している刀剣ですが…その一期一振は現在現代へと帰還している審神者が護衛として連れている刀剣ではないことは確かです」

政府が管理しているデータによれば、私が見た一期一振を所持している審神者は存在しないという。完全に単独で動いているということになる。



「記憶は…正直のところ申し上げますとわかりかねます。ただ、はっきりと記憶が残っているという可能性は低いです。蓋がされており、何かしらの影響で思い出してしまう可能性は否めません」

「…そうですか」

難しい問題だ。こちらから一期一振に接触すればその答えは容易にわかることだが、リスクが大きすぎる。それに一度関係を持ってしまっては店も近いし、何度も接触してしまうかもしれない。そうなるとその蓋を開くきっかけを作ってしまうことになる。



「それと、御伽の国と言われてしまっても仕方のないようなことなのですが…接吻すると確実に記憶が戻れられてしまうと言う事をお忘れないように…と」

「はい?」


接吻?

せっぷん?

キス?

眠れる森の美女かよ!と思わずツッコミを入れてしまうのは不可抗力だ。謎すぎる。何でキスすると記憶思い出すんだよ。




「私もわかりません」

多分、役人さんと気持ちは同じらしい。謎としか言えない。


まあ、キスするような関係には間違ってもならないし、あれだけの恐ろしい記憶があれば男にすら多分自ら近づけない。逃げ足には自信がある、問題ない。

「貴方様の神気を完全に消し去ってしまうのは…お勧めできません。政府側にとっても、貴方にとってもデメリットが大きいです」

政府側のデメリットは先ほど言い分で間違いないとして、私の中にある神気を全て消してしまうということは記憶にも関連することだという。



「すぐにではないですが…霊力や神気を全て失ってしまえば貴方様が過ごしたこちらでの記憶、刀剣の記憶は徐々に薄れていき、やがては完全に無くなります。それによって神との縁はすべて切られますが、刀剣たちが連動して記憶を無くすということはないのです」

私のあちらでの記憶が無くなることで、刀剣たちの記憶も無くなるということはないらしい。現在のまま、蓋がされている状態だ。ただ、神との複雑な縁を断ち切れるだけ。探し物に精密ではない探知機をつけて行方を追っていたはずが、探知機なしで世界中のどこかを探し回るようなものになるといったようなものだろうか。


「それは…厄介ですね」

「でしょう?刀剣様たちも忘れてくだされば万事解決なんですけどねえ…。神隠しによる案件は多いんですよ。ただ、今回の日浦様のような事例はありませんね…」

全く、神と関わるとろくなことがないと思い知らされる。姉の言う通り、私は小さい頃から何かしらの怪奇に巻き込まれることはあった。妖怪や心霊の類ではなく、神の類のだ。

姉は神様に好かれやすい体質と言ったが、冗談じゃない。前世で神に何か大罪を犯してしまったのではないかとすら感じる。完全に人生を狂わせに来ている。平和に暮らせる日は永遠に来ないのかと思わず深いため息を吐いた。