審神者ではない才能を持った少女 | ナノ






翌日、結局のところ眠れるはずもなくずっと気を張っていたせいか体が重く、頭がガンガンした。今日ようやく政府が来るというのに酷い有り様である。
ちょうどこんのすけがやってきて、これから政府が向かうということだ。やっとか、やっとこの短いようで長い本丸の生活が終わる。

安心したような、もやもやしたような何か引っかかるが気にしない事にした。私達が居なくなったとしても、ここの本丸は放置されず、新しい審神者がやってくる。確認を取ったところ、とても優しい審神者さんらしい。ならば安心だとほっと息を吐く。ここで印象があまり良くない審神者が来るということになったら考えた。
刀剣たちだってようやくこの忌々しい姉妹から離れられるのだからきっと今が心残りでもそんな事すぐ忘れる。

私は襖を開けて姉の居る部屋と向かう。
姉を、迎えに行こう。自分に言い聞かせるように頷き、足を進めた。その足取りは…重い。


「いもうとさま!!」
後ろからとてとてとやってきた今剣に私は驚きながら、歩みを止めた。止めざるを得なかった。

「いもうとさまは…ここからでていってしまうのですか?」
今剣は泣いていたから。とても悲しそうに顔を歪ませて、私にしがみついた。その背後から岩融もやってくる。

「主の妹よ、あんな突き放すことを言って…出て行くつもりなのか?」

「何のことでしょうか。私は本当の事を言っただけですから…」
そう言えば、二人共悲しそうにする。嗚呼、私はそんな顔が見たいんじゃない。笑っていて欲しいのに何でそんな顔をするんだろう。だって、やっと貴方達は開放されるのに、何故そんな顔をするのかが私にはわからなかった。


「…主の妹よ、まずは感謝しよう。今剣を治してくれたことを」

「めが、めがみえるようになったんです。けがをしてみえなくなって…まるでくらやみにとじこめられたようでした。岩融のこえがきこえてもまっくらでこわくて、まいにちおびえていたんです。でもいもうとさまはなおしてくれた」
かんしゃしてもしきれませんとちゃんと私を見てそう言った。

出陣中に怪我を負って両目を負傷して失明した今剣は重傷で帰還した。重傷により主が手入れをしたものの、失明は依然として治らなかった。治らなかったのは神気不足によるもので、周りの怪我は直ったものの、目だけは治らなかったのだ。
それからはまともに歩くことさえも出来ず、目を開けても閉じても真っ暗ということに怯えていた。
しかし今回の手入れにより、目は回復し、見えるようになったようだ。

「元はといえば今まで治さなかったのが悪いんですよ。寧ろこちらが謝らせてください。遅くなってごめんなさい」
頭を下げると今剣は泣き喚きながら首を横に一生懸命に振る。

「なんであなたがあやまるんですかぁ…っ!わるいのはゆだんしてけがしたぼくなのに…いもうとさまはやさしすぎるんですよ…」

「…故に気を良くした一部がお主に付け込もうとしておるのだ」
三日月も、鶴丸も、一期一振も皆も。と三人が出てきたことにぴくりと肩を揺らしながら岩融を見た。


彼らの言う優しいは何なんだろう。


姉のせいでひどい目にあっていたであろう刀剣達にとって優しさとは何なのか。それがわからなかった。私はこれを優しいとは到底思えない。もしこれが自分にされたことならば謝罪だけでは許さないかもしれない。それほどに自分にとっては重い罪であることを理解しているから。だけど、彼らは違うのだろうか。こんな無様に頭を下げる私を嘲笑うことをしない。寧ろ悲しそうな顔をする。
この優しさとやらに付け込もうとする刀達が居るということも驚きだ。それを教えてくる辺り、彼らはそうは思っていないのか。何故か安堵した。わからないことだらけだ。

「五虎退がいってました。いもうとさまはわるくないって。ひっしに、いっていました。だからぼくはあなたをしんじます。めがみえたことで、あなたのめをみてわかりました。いもうとさまはまっすぐでやさしいにんげんだということに」

なんで、そんなことを。
口はそう描いたけれど、声には出なかった。


「お主を守ろう」

そういった岩融の顔はとても優しげだった。

そんな顔をされたら、今まで我慢してきたものが全て溢れてしまう。駄目、ここまで来てこんな醜態を晒すなんて出来ない。私の意思は無駄に、どこまでも固かった。
だから、笑った岩融に私は笑顔を返せたのだと思う。もう、ケジメはつけると約束したからこんな薄っぺらいお面を被れるのだ。でも、少しでも衝撃を加えられれば粉々に砕けるくらいの、脆いお面。

そんな顔で笑った私に二人はどう思っただろう。


「お気遣い、ありがとうございます。でも…」

結構です。そう言って私は彼らを突き放した。自ら、救いの手を振り払った。

そのまま姉の部屋へと足を進めた。すれ違いに見た二人の顔は、よく見えなかった。我ながら酷いことをしてしまったと思う。こうしてどんどん自分をも黒く染まっていく様子を、他人ごとのように見つめている。段々と侵食される黒。


「お姉ちゃん、行こう?」
そう言って開け放った襖の向こうに見えた光景に、私は目を丸くさせた。

これが、因果か。ようやく、神様は私を嘲笑ったのか。こちらに向けられた黄金色の瞳は三日月のように歪んだ。