審神者ではない才能を持った少女 | ナノ






「殺してやろうか?」

「…っ…!?」
その後少し沈黙があって、鶴丸が少し笑ってああ、君じゃないぞと訂正を入れた。

「君は姉にうんざりしていると見た。俺達も主には散々酷い目に合わせられてきてな、既に三日月を怒らせてるんだ」
今は妹である君のお陰で主は殺されずに済んでいるが、もし君が許可したならすぐにでも殺す気だぞ、三日月は。とひしひしと襖の向こうからでも緊張感が伝わってきた。
それに、三日月だけじゃないと鶴丸は言葉を続ける。

短刀たちを散々荒い扱いにされた一期一振は既に怒りを通り越して憎しみとなっているようだ。それは伝わってきた。彼がものすごい形相で姉を睨みつけているのを見てしまったから。いつもは優しいふんわりと明るく笑う好青年な彼があんな顔をするなんてと絶句してしまったことを覚えている。彼はこちらには気付いてはいなかったようだけれど。
既に主に手を掛けそうになったところを燭台切に止められたらしい。
知らないところでそんなことになっているとは思いにもよらなかった。
もっと早く止めればよかったのにと今更後悔したところで遅いのだ。私は選択を間違ってしまった。

「殺す…なんて物騒だったな。なあ、君が主になってはくれないのか?皆それを望んでいる。なる気には…ないのか?」
何故か切なそうな声だった。まるで私の答えがわかってて言っているみたいじゃないか。いや、彼はわかっているのか。私がここの主にならないということを。


「なる気は…ありません」

「…、そうか。残念だ。…なら、」
ガタンと襖に手を掛けた音が聞こえた。

ぞわっと背筋が凍るのがわかった。なら、なら彼はどうするつもりなんだ?彼はこの部屋に入ってこれないはずなのに、私は咄嗟に後ろへと下がる。確信は出来なかった、彼がこちらに来れるということを。
だからだろうか、そのとき反射的に襖に近づいて開けようとする襖を必死で抑えた。開かない。開かないはずなのに、開きそうで怖かった。
そして何よりも鶴丸が怖かった。
ここを開けてしまえば、確実に私は現世へと帰れない気がしたからだ。


「おいおい、そんなに必死になってどうしたんだ?俺がこの襖を開けられるわけがないだろう?それともなんだ、開けてくれるのか?なあ?」
襖にグッと力が掛かったのがわかった。
部屋の周りの結界が壊れたということは、部屋に張ってある結界も下手すれば破れる可能性がある。今の彼には。

手入れをしたのがいけなかった?そんな風には思わないけれど、元々の彼の神気よりももっと他の何かがこの結界を壊そうとしている。


「貴方は、一体何を…考えているんですか?!」

「君こそ何をしようとしている?まさか、君までこの本丸を出て行くつもりなんかじゃないよな?俺たちを置いて、出て行くつもりなのか?」
質問を質問で返されたことに憤りを覚えると共に的確に差されて思わず肩が跳ね上がった。


「させない…させないぞ。君だけは絶対に…」
ぼそりと呟いて開けようとしていた力がいきなりスッと抜けた。

「君は俺が何を考えているか、そう言ったな?そうだな…俺達がその気になれば君を強制的にこの本丸の主にさせ、俺達と契りを結ぶ事が出来るということを…肝に銘じておけ」
そんな恐ろしい言葉を残し、ここから去っていったのか、気配は消えた。


「強制的に…契を結ぶ…」
それはきっと神にとっては禁じられた行為。

それをその気になれば出来ると言うのだから恐ろしかった。あの鶴丸が、そんなことを。
いや、違う。私が知らなかっただけだ。あの…なんて私が言えたことじゃない。私は彼らのことを何一つ知らなかっただけで、元からあったものなのかもしれない。
手が震えた。鶴丸が目の前に居て襖を開けようとしているわけでもないのに、未だに襖に手を掛けた手を外せず、小刻みに震えて力が出なかった。彼がわざわざ私にそれを伝えたのは警告か、それとも…情けか。
これが罰なのだろうか、私達姉妹に与えられた神々からの罰。

結局寝るにも寝れず、ずっと布団の中で震えて夜を超えた。その間にも何人かがこちらの様子を伺っている気配が感じられ、緊張感も溶けず、寧ろ悪化していく限りで胃がキリキリを体を苦しめた。


三日月。

ある男が浮かび上がった。

あの男は前からわかっていた。私に力があることを。それでいて、何も言わなかったのは何故なのかわからない。

三日月の瞳が怖かったのを覚えている。姉に突っ込んでいったあの日、三日月だけがこちらをずっと目を離さず見ていて、その口には笑みを浮かべていたような気がした。気がしただけで確証は無いけれど、私は三日月が苦手だ。近寄りがたく、周りと纏う雰囲気が違う。鶴丸もそんな雰囲気を漂わせ始めて、神様のはずなのに…神聖な存在であるはずなのに、何故か背後には邪気が憑いているようなそんな感じがしたのだ。だから襖が開きかけたのかもしれない。神気の他にも邪気が纏わりついて結界を壊そうとしたのかもしれない。

だからだろうか、私はここから逃げることだけを考えていたせいかある重大なことを忘れていることに気付けなかったのだ。