「ごめんなさい、私は貴方達の事勘違いしてたみたいで…でも、姉のことは私に任せて。ちゃんとケリをつけるから」
「妹君、君は一体何をしようとしている?」
鶴丸の瞳がスッと鋭くなり、己に突き刺さる。
「貴方達が心配するほどのことでもないですから…だから、後もうちょっと辛抱していただけませんか?」
準備が整うまで、まだ少し時間があるのだ。
「手入れをさせてください」
そう言い放った私に大広間の空気が変わる。
「妹ちゃんは…確か、審神者としての能力を持っていなかったよね…?五虎退の時も思ったんだけど…どうやって手入れをするの?」
加州が困ったように道具も何も持っていない私に尋ねた。他の刀たちも同じ疑問だったようで、道具もないのにどうやって手入れをするのか困惑しているようだ。五虎退くんに至っては、先ほど私の事をバラしてしまったのが相当気にかかっているのだろう、気まずそうに、そして泣きそうに顔を伏せていた。
別に、この力が知られてしまうなんて今となってはどうということもないのだけれど。
「五虎退くんを治した力は私の力です。私は力を持っていながら、貴方達が傷ついているのを見て見ぬふりをしてきました。これで、私が悪いという事がわかったと思いますが」
「花さんっ…!!そんな言い方…っ」
故意に誤解させるような事を言い放った私に驚いた五虎退が立ち上がって駆け寄る。私はそれを手で制した。だって、これは本当の事なのだから。
それに反応したであろう同田貫は顔を歪めて、アンタもあの女と同じなのかよ…と嫌悪の表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。そう、同じ。
「どいつもこいつも、人間と言う奴は何故非道なのか。アンタにはがっかりだよ」
次に私に嫌悪を向けてきたのは和泉守だ。隣に居る堀川も疑うような視線をこちらに向けた。次々と私に疑いの目が向けられた。これでいいのだ。そうすれば未練などないのだから。
しかし、反論してきた者も居た。
「君は…まるで自分から嫌われるような事を言うな。俺は君の事嫌いじゃないぜ?」
「同じく、五虎退を助けてくださった事は事実。それに、貴方はそのような人間には到底思えんのです」
僕もだよと燭台切も名乗りをあげた。
「君が何故今までその力を隠していたのかはわからないけど、何か訳があるんだろう?以前は教えてくれなくてもいいとは言ったけど、今は…教えて欲しい」
気持ちは強いようだった。真剣な眼差しを向けてくる彼に、私は息を零した。そんなこと、正直に言ってしまったら真っ先に矛先が姉に向かうじゃないか。それでは駄目なのだ。
「後に教えます。今は…待ってください」
今は手入れを…と私は力を開放して神気を放出する。姉に分けていただけだったために力が積りに積もったのか襖がガタンと言うほどに勢い良く力が広がった。刀剣たちはその衝撃により刃毀れしていた刀が綺麗になり、自分の傷が無くなっていくのに気付く。その間にも庭まで力は広がり、植物たちは芽を出し、ずっと雲に覆われていた空は日差しが差し込む。
刀剣たちは初めて知った感覚に戸惑い、そして目を伏せた。
「あたた…かい」
どうやら神気というのは刀剣たちにとってはそれはそれは心地の良い暖かさなのだと言う。五虎退もそう言っていた。
「君は…そんな力をどこで…、信じられない」
石切丸は目を丸くさせ、溢れだす神気に不可解だと言わんばかりに眉を潜める。
才能。その一言で片付けられたならばどんなにいいか。
姉と同じ神気持ちということに刀剣たちは驚いたようだ。それに、比べられないほど膨大な力。それは刀剣たちの神気をも超越するもので、彼女は本当に人の子なのだろうかと疑問に持った者も多いだろう。
「私だって、自分でもわかってないですよ。何でこんな力があるのか」
付喪神であろうと、神。彼らにもわからないのならこの力は何なのか、迷宮入りしそうだと密かに笑う。
だいたい刀剣達の傷が治ったところで力を抑える。
「ね、これだけの力を持っていながら私はこの本丸も貴方達も修復しないで、のうのうと離れで暮らしてたんです。一期さん…、そのような事をする人間なんですよ。燭台切さんも…、鶴丸さんも。嫌われるような、なんかじゃなくて…これが事実なんです。変えようのない」
事実であることには変わりない。ただ、意図として自分の印象を悪くさせようとしているだけで。何故こんな事をするのか、五虎退は全くわからないと言うように涙目だ。でも、これ以上情を持ってしまったなら、私はケジメをつけることが出来ない。
必死に素直な気持ちを抑えた。本当は私だって泣きたい。こんなことが言いたいわけじゃない。ここで幸せにのんびりと暮らしたい。日常が欲しい。非日常なんかじゃなくて、普通の生活を送れたらななんて何度思っただろうか。
ここに来てからほとんど離れに居て、まともに皆とも喋れなかったから言葉が浮かんでこないのだ。気付けば冷たい言葉が出ている。
「貴方たちが期待したような、人間じゃないんですよ」
違う、こんな事言いたくない
「こんなとこいきなり連れて来られて、いきなりわけもわからない事押し付けられて」
心が悲鳴を上げる。
何かが音を立てて壊れていく。それを私はまるで他人ごとのように感じていた。
「過去を救えだとか、姉とも家族とも引き離されるのは…もういやだ」
私はいつからこんなにも弱くなってしまったのか。
今まで耐えてきたのに。好きなことも何も出来ないまま、姉に奪われて、でもそれでも姉を責めることは出来なくて、自分に才能があるからいけないんだと自分自身に言い聞かせて、何とか保ってきたけれど…それほどに強いつもりで居たのだけれど。それは過信で、本当はとても弱かったのかもしれない。
私はあれから、大広間を抜けて自室へと籠もってしまった。また同じ。
最後くらい、皆と楽しくお話しとかしたかったのだけれど…そんなに上手くいかないか。なんて自傷気味に笑う。先程から笑ってばかりだな…でも全然楽しくないや。苦しくて、胸が張り裂けそう。笑いしか出ない。
大広間を抜けてきても誰一人として追いかけては来なかった。そりゃそうか、自分からあんな突き放す事なんか言えば誰も来ないや。
畳に寝転んで目を瞑る。後残されたのは2日。いや、もう明日で終わりか。
後味悪いなあ、これじゃあとても心からだなんて笑えそうにない。気持ち悪い笑みを貼り付ける事になりそうだ。
「なあ、妹君。ちょっといいか?」
「…!?」
襖の向こうから聞こえてきた鶴丸の声にびっくりして飛び起きた。
何故。
何故居場所がわかった。結界を張っておいたはずなのに。
「お?驚いたか?いきなりすまないな。だが、君は自分の変化に気付いていないのか?」
何を言っているかわからなかった。
確かに皆に神気を分け与えて治したことによって彼らの神気は元に戻った。しかし神格は変わらず、私の力の方が上回っていたはずだ。それなのに何故、結界が壊されてしまったのか。
「君の力は確かに膨大で、俺達では到底敵わない。だがな、君は今精神が不安定で神気の器にヒビが入って、割れ目から力が漏れている。簡単に言えば力を維持出来なくなっている。その状態で結界を張っても無意味だぜ?まあ、この襖は開かないようだがな」
ガタガタと襖を開けようとする鶴丸に恐怖を抱いた。
そのような事になっているとは気付かなかった。それほど余裕がなかったのか…定かではないが、刀剣の中でも神格が高い鶴丸が結界を破ってこれるということは他にもこちらに来れる刀が居るかもしれない。
ひやりと嫌な汗を掻いた。別に殺気を向けられているわけではないのに、あの時…斬られるだろうと覚悟した時よりも余程恐怖を感じた。
襖の向こうにいる鶴丸が笑っているような気がする。わからないけれど、そんな感じがした。