強い想いを秘めることをせず、全て妹に吐き出した一期の目は本気であった。
本来この本丸の管理者を“主”を呼ぶその言葉が私に向けられた事に目を見開いた。
一体この人は何を言っている…?何故私を”主”と呼んだ…?
「一期さん、待って…主ってどういうことですか…?私は主の妹であり主ではありませんよ?何か勘違いをしていませんか?」
「私は…あの御方を”主”とは認めません。この気持ちは随分と前から、決まっております。妹殿こそ勘違いをしておられませんか?ここに居る刀剣たちは貴方を恨む、憎む者など一人もおりませんよ?」
まさか。
まさかと思った。まさか一期一振がこんなにも強く出てくるとは。
勘違いをしているのが私だと。そう彼は言った。一期が私の手を握る力はまるで逃がさないとでも言いたげなように力が篭っていく。
確かに、姉が悪いからと言って妹も悪いと斬りかかってくる刀剣は少ないのかもしれない。だが、私は何人かは居ると想定していた。
その一人が一期一振だ。彼はとても姉を憎んでいた。それは五虎退の口からも聞き、遠くから本丸のゲートを潜って帰ってくる彼の表情はとても窶れており、憎悪が込められていた。普通の一期一振とは思えない異常な主に対する憎しみ。それが見て取れたのだ。
それならば妹も憎いだろう、腹いせに殺してやろうとでも考えているのかと思っていた。私は彼に対して相当失礼な考えを押し付けていたようだ。他の刀剣たちもそうだ、例えば岩融。彼がとても大切に、日頃から仲良くしている今剣は大きな傷を負っていた。それも目を開けないくらいに。
私が言ってから姉は傷は治したものの、失明に関してはどうにもならないらしい。それを告げた姉に岩融は怒り狂ったそうだ。しかし姉は逆ギレをし、そんな事を言うならあんたとコイツ仲良く捨てるわよ?なんて言われたらしい。
あれから姉は全く反省をしていなかった。寧ろ、悪化していたのだ。私に言われたことが気に障ったのか、イライラは募っていったらしい。
どうしようもなかった。私が手を出そうが出すまいが姉はもう既に狂っていた。もしかしたら変わるかもしれないなんて期待を抱いていた私がとても馬鹿馬鹿しくなったのだ。
やっぱり姉は嫌いだ。自分に酔いしれ、周りを傷つけようとも平然としている姉が嫌いだ。
「貴方はお優しい。それは刀剣たちも感じていたこと。貴方こそがこの本丸に相応しい主となってほしい…そんな一心で不躾ながら”主”と呼ばせていただきました。どうか、お許しを」
そう言って頭を下げる一期に困惑していると、五虎退がその横に駆け寄ってきた。虎たちもひょっこりと顔を出し、私に擦り寄ってきた。
五虎退の表情はとても柔らかで、明るく笑っていた。
「花さん…僕はすごく嬉しかったんです。傷ついた時に倒れた僕を壊れ物を扱うかのように大切に運んでくれて…それで、優しく温かく治してくれた…。心のなかに溜まっていた黒い何かは何事もなかったように吹き飛んでしまったんです。花さんの部屋から見えた桜は綺麗でした。空気が澄んでいて、本当に本丸の中なのかと思って…貴方の撫でる手が温かくて好きです。だから、どうか…そんな、悲しい事を言わないで…っ」
明るく笑うその表情は曇り、悲しい顔を浮かべ、涙を溢れだす五虎退に私の膝の上に乗り、私の顔に手を伸ばそうとする虎たち。
好きですという一言で私は何故か救われた気がした。
今まで好きなんて言われたことがなかったから?わからない、でも胸が痛くて苦しくて仕方がなかった。そんなことを言われたら、せっかく決断したのに、せっかく必死の思いで覚悟を決めたのに、台無しになってしまう。
何故刀剣たちは私の心をかき乱す?