08
しかし、髭切の本体は穢れが浄化されたものの、やはり心は閉ざしているままだ。彼自身、我に返ったのか、先ほどの皮膚が焼けるような怒りはほとんど収まった。ただ、静かな怒りが掃除屋に向けられた。
「やっぱりだめだね。こういうのは力で何とかしようとしても限度があるんだよ」
髭切の本体に向かって、無理矢理やっちゃってすみませんと頭を下げた。
これ以上は今日は無理だろうと踏み、離れから離脱する。
それまでの間、鶴丸は黙ったまま掃除屋の隣を歩いていた。異変に気付いた掃除屋は鶴丸に声を掛ける。
「どうしたの?」
「…!…ああ、君のその無限に溢れ出る霊力は一体何なんだと思ってな」
「それ私が聞きたいよ。…でも、この形見の刀のような気もするけど…どうなんだろうね」
確かに刀からもかなりの霊力を感じるが、根本は違う。やはり掃除屋自身から霊力が溢れ出ている。今でも抑えているのだろうが、抑えず解放したらあまりの霊力の強さにここにいる刀剣たちも器に入りきらない霊力のせいで何かしら異変があるやもしれない。
それを掃除屋に伝えれば、マジか…と驚いていた。
「これでも抑え込んでるつもりなんだけど、つもりなんだろうなあ…。ちょっとこんのすけに頼んで霊力を制御するようなものないか聞くよ」
「ああ、そうだな…。それがいいだろうな」
鶴丸は神妙な顔つきで掃除屋を横目で見た。
あの時一瞬見えた瞳はとてつもなくこの世のものとは思えないほど美しく、下級なれど神をも虜にしてしまう危険なものだ。彼女は自分の目が害があると思い込んでいるのだろう。人間相手にはわからないが、違う。自分ら神にとってはあれは神聖であり、清らかにするものだ。
「なあ、君…その瞳を見せるのはまだ無理か?」
「……これ、か」
掃除屋は動揺したように言葉を詰まらせた。
鶴丸は意を決して掃除屋に瞳を一瞬だけだが見てしまったと伝えた。それを聞いた掃除屋は鶴丸に顔を向け、表情は伺えないがとても驚いているように感じた。
「見てほしくないってのはわかってるさ。だが、俺は君の目をちゃんと見て話したい。他の奴らもそう思ってるはずだ。過去に何があったかは知らないが…俺たちは人じゃない。神の末端とはいえ、神格なんだ。あまり…思いつめないでくれ」
「……」
「今すぐにとは言わないさ。だが、いつか目を見て話が出来ると願う。思わせてくれ、主」
「!…鶴丸、私は主じゃない」
「俺にとっては君が主だ。やっと信じたいと思えたんだ。許してくれ」
「…、わかった」
鶴丸が自ら名乗らない限り、正式に契約してはいない。呼ぶだけならと掃除屋は頷いた。
本丸に戻る頃にはもう日が傾いており、丁度出陣した部隊たちが帰ってきていた。
状況は、御手杵と同田貫が中傷、山伏と一期一振と石切丸が軽傷で陸奥守が無傷か。重症が居ないだけ全然マシだ。
私は門からこちらへ向かってくる第一部隊の元へと駆け寄り、頭を下げた。
「お疲れ様です、皆さん。軽傷と中傷の方は手入れ部屋に来てください。陸奥守さんはお風呂沸かしてあるので入ってきてもいいし、部屋で夕食の時間になるまで休んでいただいても構いません」
「おー恩に切るぜよ」
そう陸奥守は笑って本丸の中へと入って行った。
「掃除屋殿、このくらいの傷何ともありません。他の方を治して差し上げてください」
「いいえ、何を言おうと少しでも傷を負ったものは手入れ部屋直行です。主ではないので主命は使えませんが…私からのお願いです」
軽傷と言っても私たちから見たらかなり痛そうだ。彼らの言う軽傷の程度というのは、腕を薄く斬られただとか、顔にかすり傷であるとか、痣が出来たくらいだと言うが、本当に見ていて痛々しい。血が少しでも滲んでいるだけでダメだ。怪我をしていないのに自分まで痛く感じる。
一期はそうですか…ではお願いしますと困った顔をして頷いた。
「カッカッカ!掃除屋殿は心配性なお方であるな!」
「見るに堪えないんです。痛々しくて自分まで痛く思えちゃいます」
そう言って肩を竦めると、手入れ部屋へと負傷した刀たちを連れて行く。
同田貫はとりあえず戦えるなら別になんでもいい。好きにしろというお言葉をいただいた。同田貫はかなり練度が高くなっているが、戦いが本当に好きなのか先陣を切って突進したらしく、負傷したという。脳筋馬鹿だなと内心思いつつ、自分の好きなことが思い切り出来るというのは確かにいいことだと頷いた。
手入れと言っても本当に僅かな時間だ。手伝い札というものは使わない。普通ならばレア太刀などは軽傷であったとしても数時間掛かるらしいが、打粉をポンポンと数分やるだけで傷も刃こぼれも跡形もなく消えてしまった。
中傷だった同田貫と御手杵も数分程度で治ってしまう。
「あんたの霊力凄まじいな。触れられた瞬間に膨大な霊力が流れ込んでくる」
御手杵は大層驚いたようで、目ぱちくりしていた。同田貫も驚いており、お前人間か?と言われたが、だから何回も言ってんだろ人間だって!と返す気力はなかった。
「それに君の霊力はとても温かいね。まるでお日様を浴びているようだよ」
石切丸はぽんぽんされている間、霊力が心地良いのか目を瞑ってリラックスしていた。この間まで警戒していた人物と同一とはとても思えない豹変っぷりだ。やはりこの莫大な霊力は刀剣たちを変えてしまうのか。懐柔したわけでもないのに。