壱
きっかけなんてわからないけれど、私の人生が狂ってしまったのはきっと、この”屋敷”のせい。
無駄に広く、それでいて人の気配も動物の鳴き声だって聞こえない自室でゆっくりと目を覚ます。キングサイズのベッドは私がたとえ寝相が悪くても落ちそうにない広さで、リビングも、キッチンも、バスルームも私一人にはとても大き過ぎるものだった。
階段を降りる私の足音だけがこの屋敷に響く。孤独で、でも人ではない何かが居るような…よくわからないけどそんな感じがした。
何故こんな馬鹿でかい屋敷に私一人住んでいるのかって言われてもわからなかった。おかしな話だろう、ここに来た時の記憶なんてない。気付けばここに居て、気付けば普通に生活していた。親も知らない、姉弟が居たのかもわからない。今ある記憶はここに来た時からの記憶だけ。
不思議だった…いや、奇妙と言うべきか。意味は同じだけど気味が悪いのだ、この屋敷は。
記憶も事故とか病気とかで喪失したと言うよりも、何かで蓋をされているという感覚がある。思い出そうとすると痛むし、その度に思い出したらいけないよって誰かに言われてる気がする。
リビングに辿り着き、テレビをつける。
ニュースに変えると、やたらと殺人事件が多発していた。しかも一部がこの地域の近くだ。
「…最近物騒だな…」
毎日毎日殺人…これでも日本は少ない方だって言うんだから外国はもっと恐ろしいんだろうな。
日本は銃刀法違反っていう法律があるからまだマシなんだろうけど、ヤクザなんかに関わっちゃえばそんなの関係なくなって、ヤクザから外れ、社会からも外れた人々が殺人をしてしまう…様々な理由で殺人というのは起きている。
「殺すということが好き…っていう人も中には居るんだろうけどね」
こんなに独り言が多いのもこの屋敷のせいだ。そしてお客さんも誰も来ないのもこの屋敷のせい。
この屋敷から何度脱出しようとしたかわからない。
庭には出してくれるものの、逃げようとすれば道を塞がれる。何かの手によって。
食べ物やお金は何故か屋敷にあった。お金は一生贅沢して生きられるほどの大金。食料は何故か冷蔵庫に定期的に補充されている。
この屋敷に私以外の誰かが居るのかってさすがに思って、屋敷中を探しまわったけど見つからない。まるで、この屋敷自体が生きているみたいだと思った。
他に探してない場所と言ったら…あそこしかない。
朝食を済ませ、私は例の場所へ近づいてみる。
「…何なんだろう…この空気の違いは…」
ある一定の場所を超えるとその場の空気が一気に重くなる。全体から見られているような…すべての方向から視線を感じるのだ。
――ねえ、そこに行ってどうするつもり?
「っ…!?」
確かに聞こえた。男の声…男の声と言っても青年ぐらいの…しかも声色がよろしくない。怒っている。
もしかしたらここは近づいては行けない場所で勝手に近づいたから怒っているのかもしれない。誰なの?と聞き返しても返事はない。あれっきり、声は聞こえなくなった。
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