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しかし僕は見たんだ。幼少期に踏み入ったんだ。殺戮の街に。殺戮という言葉とは裏腹に現実離れした幻想的で明るい街。そこの住人は皆仮面をつけていた。そして皆、手には何か凶器を持っていた。軽やかなメロディーが流れる街には血生臭い光景が目に焼き付いている。その中に仮面をせず、にっこりと笑う道化師が居た。彼は完全に僕を迷子の子供だと思ったのか、危ないからあちらに帰ろうと言った。子供でも僕はわかった、この街が裏社会でも表社会でもない狭間に存在する社会だと。普通なら映画の撮影なのかな?やら、素敵な場所…とでも思うのだろう。しかし僕の家庭環境から子供らしい思考はほぼ消えていたのだ。現実離れした空間を見た僕は疑心しか持たなかった。

そんな僕に道化師は気付いたのだろう、笑みは深まった。

そして急に腕を掴まれたと思えば小指と小指を絡ませられた。


道化師は言った。約束をしよう、と。

君の見た世界は夢だ。君の心の中に留めておこう。そう、約束をしよう。そう道化師に言われた瞬間、体を繋ぎ留められたような、釘を刺されたような、悪魔と契約をしたような…様々な感覚が僕を襲った。


悪魔との契約。僕の目に映ったのは悪魔だった。彼は赤い目で僕を穴が開くくらい見つめ、言ったのだ。約束を破ったら、君に会いに行こう。そして針を千本飲ます…いや、君に最高のプレゼントを用意してあげる。と至極楽しそうに言ったのだ。
最高のプレゼントと言われ、普通は喜ぶような言葉のはずが、僕には恐ろしい言葉にしか聞こえなかった。僕は咄嗟に頷いてしまい、しまったと思った時には道化師に頭を撫でられていた。いい子、いい子だね。気を付けて帰るんだよ?もう、ここには迷い込んじゃダメだからね。バイバイと道化師は言った後に、僕の意識は何故か遠退いていった。意識が戻った頃には自宅のベッドで寝ていた。あれは、本当に夢だったのだろうかと、現実と夢との区別が困難になった。


そして、自分の心の中に留めるという約束を破り、潤に打ち明かした時には覚悟をしたが、結局何も起こらなかった。道化師の言う留めるという範囲がどこまでなのかはわからない。それとも本当に夢で、約束も何も無いのかもしれない。けれど、夢でもそんな世界があったとするならばと僕は絶対にそのことを忘れはしなかった。信憑性もクソもない夢のような話、それを信じるなんてどうかしていると自分でも笑いたくなるようなものだが、自分の中に確かにある正義が見過ごせなかった。もし今も知らないところで平然と人を殺していたら?この表社会も裏社会も征服してやろうと思っている者が居たらと思うとやはり探してみるべきだと思った。
そして今、目に映るものは現実とは思えない殺され方をした死体。何も手がかりもない、そんな状況下の中、殺戮の街の情報が何かわかればこの事件も自然と糸がつながるのではないかと考えた。



「何か落ちてないか調べてくれ。何かしら揉め事があったのだとしたら髪の毛の一本や二本、落ちていてもおかしくないはずなんだ」

原型のある死体の方にDNA鑑定を依頼したが、指紋も全く見つからなかった。




「せんぱ…い…、なんで、な、ななんで…」

「…?潤、どうしたんだ」

酷く動揺した様子で潤が地面にしゃがみ込んでいた。声を掛けても反応がないので彼女に近付き、覗き込むと彼女の手には僕たちが使う通信機。血だらけの通信機が握られていた。通信機を見て何故驚いているのかわからなかったために、潤に問いかける。青ざめながらも振り返り、小さな声で途絶え途絶えに言う。



「こ…れは、私の予備の通信機なんです…。で、でもこれは私の友達に渡したはずで…その子も大阪に居て、何で、なんであの子の通信機がこんな、とこ、ところに…」

「潤…!とにかく落ち着くんだ。ゆっくり話してくれ、潤の…友達のなんだな…?」

「せんぱい……あの壁の死体…誰なんですか…ねえ、やだ…やだよ、神流ちゃんじゃないよね…?あの子が…あんな、あんな原型もない肉片に…やだ!!!!やだよ怖いよ!!せんぱい怖い…っ…!」


「潤、落ち着け、落ち着こう…な…?」

「…っ…はっ…、うぅ…ご、ごめんさ…」

潤はかなり精神的にキテるようだった。なるべく精神的ダメージをこれ以上負わせないように静かな声で潤を宥めた。ゆっくりと優しく潤の背中を摩る。とても震えていた。それはそうだろう。何故友達に通信機を渡したかはわからないが、あげたはずの通信機がこのような場所に落ちていては、あの原型を留めていない死体を真っ先に疑う。



「潤ちゃん、だ、大丈夫なんですか?」

他の警官が発狂する潤をぎょっとした目で見る。この事は…警察本部には言わない方がいいのかもしれない。心配する警官に、あのような死体を見て精神的に不安定になってるんだと説明し、この場から離れる事にした。きっと、これ以上捜索したところで何も手がかりは浮上してこないだろう。




「潤、一度会議室に戻ろう。友達が無事なのも僕が証明してみせるから」

「…………」
今にも壊れそうな不安な表情で、小さく頷く。

今、僕たちの前に大きな、上を見上げても向こう側が全く見えないような壁が阻まれた。しかし、それでも壁という存在がわかった今…打破できる可能性はもしかしたらあるのかもしれない。そう考えては、強い眼差しで壁を睨みつけた。




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