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「しかし何でアンタは今更裏切ろうと思ったんだい?今まで決断出来なかったのは単なる迷いなのか、それとも見計らってか」

「残念ながら、その両方ではない。私は…知らなかったのだ」

その言葉にロゼは思わず間抜けな声が出た。若頭という立場にいながら、鬼雉組の内部事情を知らなかったのである。そんなことがあるのだろうかと凛燕は首を傾げ、ロゼさんは頭を抱える。


「阿呆、やな」

思うだけでは飽きたらず、平然と口に出すアルバートに鬼雉はうっと詰まらせて苦笑する。



「ああ、本当だよ。鬼雉組を支える柱が知らないなんて通用しないとも。しかし今の鬼雉組は内部分裂していてね。私の目的と組長の目的とまったく異なっている事に気がついた」

今まで鬼雉孟がやってきたことはアウトロー達の覚醒剤などの薬物が出回らないように抑制することや、無関係者に被害を出さないこと。非合法な事をしていてもそれが鬼雉組がやったと世間に知れてはならない。裏は裏で回っていく。薬物や風俗、裏カジノ、一部密輸の取り締まりなど管理を行っているのは大きく纏めてマフィアやヤクザである。裏の警察とも呼ばれる彼らが規律を乱せば影響は一般人にも及ぶだろう。


「鬼雉組の組長である鬼雉眞は現在、タブーである薬物の密輸他、一般人の誘拐、殺人及び強姦。あらゆる裏社会におけるヤクザの規律を見出している事で騒がれている。…間違いあらへんな?」

「ああ…そうだ」

「まるでアンタとやってることが正反対だな」

組長はタブーを犯し、若頭は規律を守る。どちらとも悪に変わりはないのに悪と正義に見えるのは気のせいだろうか。裏の世界に正義もクソもないだろうが、真を貫く者はどこの世界だっているだろう。それが正しいかどうかは別問題として。


「何故私は気付けなかったのか悔やんでいる。貴方の言った通り、私は阿呆なんだ。こんな歳になってまで親父に尽くし、仲間のためにと歩んできた人生が水の泡となって消えた」

「今時居るんやな。”正統派”ヤクザ」

道は外れども、進む道は真っ直ぐな人生を歩んだ鬼雉孟は本来の鬼雉組の目的を知り、絶望した。こんなことならば知らなくてもよかったとさえ感じたのだ。世の中知らなくてもいいことがある。それは此方側からして伝えるべき事だと思っていたが、まさか自分がそんな目に合ってしまうなどと誰が予測出来ただろうか。絶望した孟はそのまま見なかった、聞かなかった事にしようとも考えた。現実を突き付けられ、思わず逃げようとしてしまったのだ。逃げようと背を向けた瞬間に自分は何て愚かなんだと立ち止まり唇を噛み締めた。


「ま、どれが正しいとかわかんないけど、俺はアンタの選択…良いと思うよ。無かったことにしようとするなんてわかってながらそいつらに加担してるのと同じだからな」

「ありがとう。しかし先程も言ったが、気を使わんでくれ。私は落ちぶれたただのアウトローだ。君達に助言される資格もないだろう」
既に組に居る資格はないと思ったのか、彼は自分をアウトローと言った。何か吹っ切れたような顔をしていた。彼にとってはこれでいいのだろうか。


「ところで貴方は情報屋から情報を得たと先程仰っておられましたが、その情報屋とは一体誰なのでしょうか?」
アイダが無表情のまま首を傾げて鬼雉に問いかける。それに少し目を見開いた鬼雉は気まずそうに視線を反らし、下を向く。


「悪いな、情報屋から口止め料出されてんだ。その質問は取り消しを頼む」

「やはりそうでしたか。愚問でした。忘れてくださいませ」

「俺らの情報売ってたり他の人間のも売ってるくらいやし、そんな簡単にはバラさへんやろな」
情報屋というのも裏社会には存在する。大概は間接的に情報を知るが、直接的に知ろうとする情報屋も存在する。彼らはその人間にとって利益になる情報を売るのだ。その分売った人間を敵に回すことになり、リスクはかなり高くなるが本人のセキュリティが高度なロックが掛けられているためにハッカーですら知り得ることは不可能に近い。情報屋の招待を知っている者はかなり限られるという。



「あの、私はどうすればいいでしょうか?」

もう日が暮れるのも一時間も満たないこの時間帯。私は大人しく便利屋のお部屋をお借りして寝てた方がいいのではないだろうか。



「凛子ちゃんも見学する?」

「冗談ですよね?」

「いや、割りとガチで」


何言ってるんだろうこの人。

巻き込まれたら死ぬような仕事っぽいのにそれを見学するだなんてこちらから願い下げなのだが。

「見学と言っても安心安全な場所からの見学ね?流石に死闘を繰り広げてる場所で見学しろだなんて言わないさ」
「そりゃそんなところで見学しろなんて言われた日には確実に私死にますよ!」
はははははと笑う呑気なロゼさんに頭を抱える。なんでこう、軽々しい人たちが周りに多いのか、頭も胃も痛くなりそうだ。



「やめとけ、ロゼ。ピサロに何言われるかわからんで」

「何、アルバートくーーーん?ピサロさんにビビってるのかな〜?自分が何か言われると思ってるのかな〜?」

「ワレ言うとるやろ殺すぞ似非神父」

殺すぞと言うわりに落ち着いているアルバートさん。彼とピサロさんが対面するととんでもない事になるとは言っていたけど、全然そんな人には見えない。確かに足だけで人の人体を切断するくらいの化け物級の力があることは確かで、恐ろしいけれど。普段は無口で、でも根は優しそうな人だ。


「ダマされないほうがいいよ凛子ちゃん…、ピサロさんと遭った時大変な事になるから」

「お前はもう黙っとけや。とにかくお前はここに残っておけ。見学なんてするほど今回の依頼は平和的問題やない」
そう凛子に言ったアルバートにアイダはその方が懸命かと。と頷いた。元よりそのつもりだと私も頷いた。ロゼさんはつまらなそうな顔をしたけれど、私はそんな場所に興味も無いし、知りたくもない。何事もないまま元にいた場所での生活に戻りたいのだ。




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