前髪にかかる黒髪を手で掻きわけて頬を手で撫ぜる。くすぐったいのか、彼は澄んだ色の瞳を細めて、顔を少し赤らめてふわっと笑った。隣に腰掛ける彼がどうしようもなく愛おしくて、頬に触れていた手で少し顎を持ち上げて唇を近づける。触れ合うまであと少し―…
「……………夢か」
なんつー夢だ。夢でよかった、俺がコンウェイとあんな事するなンてありえねェ。つか嫌だ。大体なんで綺麗な女の人とかじゃなくてアイツなんだ。欲求不満すぎてついにそっちの方向にでも行ってしまったのか俺は。俺は普通に女が好きだし、まァでもアイツ顔だけ見りゃ女顔だしな……いやねェよ。でも男じゃなけりゃアタックしてんのにな。
夜間着に手をかけていつものシャツを羽織る。最近は暑くもなく寒くもなく過ごしやすい。窓を開けるとまだ陽が昇ったばかりで薄暗いが、心地よい風が吹いている。いい朝だ。あの変な夢さえ見なけりゃ、最高だったのに。
「腹減ったな……」
若干早い気もするがもう食堂に行ってしまおうか。早起きな俺を見たらルカなんかは驚きそうだ。くつくつと笑いながら部屋を出て、一階への階段を下る。
「あれ、スパーダくん?」 「……あァ?」
後ろから名前を呼ばれ、思わず声をあげる。誰もいないと思っていたものだから余計に驚いてしまった。振り向くと今朝夢の中で会った黒髪がいた。
「…コンウェイ」 「珍しいね、スパーダくんが早起きだなんて。今日は槍でも降るのかな?」 「……」 「…スパーダくん?」
どうもいけない。からかわれてるのが分かっていて、ここは何かリアクションをすべきだと分かっているのだけれど、全部あの夢のせいだ。あの夢がいけない。夢の中のコイツが頭をよぎって顔を見るなんてことすら出来たもんじゃない。
「…?スパーダくんどうかしたの?ね、わっ…」 「なっ、えっ、おい!」
階段を降りようとしたコンウェイの足が空を踏んで、ふわりと身体が浮いた。 時間が一瞬止まった気がして、次の瞬間には身体に激痛が走った。足を滑らせたコンウェイを丁度受け止めるように、俺は下敷きになっていた。幸い俺は踊り場にいたからコンウェイもろとも階段から落下、なんて事態にはならなかったが。
「…っいってェ……」 「…ごめんね。まだ眠かったのかな、滑っちゃった。大丈夫かい?」
端正な顔が覗き込んでくる。あまりにも近い距離に思わず顔が強張る。 まるであの夢のような距離。さらりと艶のある黒髪が揺れて、鼻腔を甘い匂いがくすぐる。シャンプーの香りだろうか。同じ宿屋で同じシャンプーを使ったはずなのに、なんでこんなにいい匂いがするんだ、女かてめぇは。上に乗っかってる身体も、身長からは想像も出来ないくらい軽いし、コイツちゃんと食ってンのか。未だぐらぐらする頭で色々なことを考える。
「スパーダくん?ねえスパーダくん本当に大丈夫?アンジュさんを呼んできた方が…」 「あ、ああこんなん全然平気だから気にすンな」 「そう…ならよかった」
あ、笑った。あの夢のように、目を細めて、ふにゃりと。笑い慣れていないかのようなぎこちない笑い方だったけれど、思わず視線を奪われた。心なしか顔が熱い。まるであの夢のようだ。ただ夢と違うのは、これは現実で、しかもコイツが夢なんかより断然かわいいってこと。
「…だぁー!もう!」 「スパーダくん…?」 「お前が悪ィんだからな!」
言い放って未だ俺の上にいるコンウェイの後頭部を掴んで無理矢理口付ける。文句なんて聞くもんか、誘ったてめぇが悪いんだ。 後で叱られるであろう覚悟で唇を貪る。無理矢理舌をねじ込んで歯列を舌でなぞれば ぴくりと身体が震える。逃げようとする舌を追いかけて執拗に舐める。 柔らかな唇の感触と絡まる舌が気持ちいい。ずっとキスしていたいくらいだ。
「…ん、はぁ、…ふっ……」
甘い声をあげるコンウェイにまたも興奮を掻き立てられる。ぴちゃぴちゃと水音をたてながら夢中で貪っていると、胸板を叩かれた。何かと思って唇を離すと、名残惜しいかのように唇が糸を引く。苦しかったのかはあはあと肩で息をするコンウェイは、とてつもなく色っぽくてヤバイ。というか潤んだ瞳も赤く色づいた頬も唾液で濡れた唇もそこからちらりと覗く赤い舌も全部がヤバイ。ふ、と我に戻ったらしいコンウェイは思い切り俺を睨みつける。そんな視線すら今は煽られている気しかしない。
「……信じられない。ばかじゃないの!」
そう吐き捨てて立ち去るコンウェイの背中を見遣る。
「…………やっちまった」
好きになっちまった、かも。
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