「神楽の兄ちゃん、だよね」

「そうだよ。妹を知ってるの?」

 嫌味かと思うくらいにニコニコニコニコ微笑む青年に、私は眉根を寄せた。

「知ってるよ。元・ご近所さんだもの。今は地球で出稼ぎだって聞いたけれど」

 言って腕を組む。青年は興味深そうに目を見開いた。神楽と似た、玉のような目。

「そうかい、じゃあもしかして、俺のことも覚えているのかな」

「覚えてないよ。だってアンタ、私のことを覚えてないでしょう」

「ああ。全く思い出せないネ」

 彼はペロリと舌を出した。出した舌で、指先の血を拭う。グロテスクでもあり、エロティックでもあり、私は唾を飲んだ。

「ごめんね、邪魔して」

 広がる血の海と四つの亡骸を横目に、彼は言う。

「強そうな奴らだったから、我慢できなくなったんだ。でも、君も善戦してたヨ」

 まあ結局大したことない、弱い奴だったけれどね。彼はまた微笑んだ。

「アンタが横入りしてから、私の出番なんて無かったじゃない」

「だから、ごめんって」

 微笑みを貼りつけたまま青年が言って、手を合わせる。

 このままコイツと戦うのかな。やだ、きっと殺されてしまう。それに、年下の男と戦うのは好きじゃないんだ。

 組み腕をほどいた。神楽の話をしようと思った。殺される前に、話に聞いていた「神楽の兄ちゃん」に言いたいことが山ほどある。

 しかし私が口を開きかけた瞬間、

「ねえ、君も血が付いてる」

彼が言って、ここ、と自らの下唇を指差した。

「マジで?」

 指で触ったら、確かに血が付いている。返り血だから痛くはないが、見目が良くない。

「ちょっと待って」

 青年は私に近付き、肩に手をおき、私の下唇を舌でなぞった。

 ぺろり。

 ・・・・随分、あっさりと。

「何すんのよ、いきなり」

「血を拭っただけ」

 悪戯っぽく笑う彼に呆れて、私は溜め息をついた。

「君を殺したら勿体ないな。君自身は大したことないけれど、強い子を産みそうだ」

「それはどうも」

「例えば、俺の子なんてどう?」

 冗談ぽく言う彼に、嫌なこったいと返した。

「私、年下に興味ない」

 できるだけ冷たい声で言ってやったけれど、全然応えていないらしく、青年は楽しそうに笑った。

「おねーさん、面白いネ」

 さんざん声をあげて笑った後、急に大人びた妖しい笑みを浮かべる。

「気に入ったヨ」

 彼は私の肩を掴んだまま、私を見下ろしていた。何だ、そういう顔をできるの。ただ闘争本能に忠実な、無邪気な餓鬼だと思っていたら。

「アンタ、名前何ていうの」

「神威。おねーさんは」

「・・・・白雪」

 小さく言って顔を横に反らしたら、頭を掴まれて、無理矢理正面を向かされた。

 目の前には、とびきりの笑顔。

「白雪。覚えておくヨ」

 後で地球に手紙を書こうと思った。きっと神楽は心配している。意地っ張りだけれど優しい子だから、コイツのことを心配している。

 けれど、不覚にも年下の男の子にどきどきしてしまいました、なんてことは絶対に書くまい。神楽、白雪姉はね、こう見えてシャイガールなのよ。




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