寂しくないふりよりも寂しいふりの方が疲れるって、知ってた?

別に好きでも何でもない男が、したり顔で私のもとに戻ってくるのだ。「え?何もなかったよ、何も。浮気なんか疑ってるの?それで不貞腐れてるの?可愛いなあ、白雪さん。」なんて。対してこちらは研究に研究を重ねた自慢のふくれ面を向ける。仕込んでおいた目薬でうるんだ目を相手に向ける。

この人が元々私と同い年の他の女の子に入れ込んでいて、今もその人と懇ろに話していたのは知っているけれど、ぶっちゃけそんなことどうでもいい。私の仕事は、いかにこのオッサンをだまくらかすかという点にかかっているのだ。この真選組局長、近藤勲を。



きっかけは、見合いだった。(という設定で私のスパイ活動はスタートした。)



世間一般の真選組の評判といえば、武骨で野蛮で粗暴、新聞の一面記事で何かやらかしている、等々。そして我々攘夷志士にとって彼らはメンドくさい敵。お国を堕落させる天人の手先。正直いない方が良い。かくして私が彼の婚約者という設定にて諜報および暗殺役をたまわったのである。


第一印象は、ごりら。ガタイ良いし彫りが深いし。あと、ゲイの人にモテそうだなーと思った。

話してみると、まあ豪快な人だった。そしてよく笑う人だった。あと、ちょっとだけお馬鹿さんだった。豪放零落な好漢タイプ。何より人当たりが良い。しかし当然ながら、恋愛感情は芽生えない。当たり前じゃん、仕事だし。ごりらだし。全然タイプじゃないし。

今はまだ情報が不十分だから殺せない。よって未だにフィアンセづらをして、この男に「…寂しくなんてないです。」と伏し目がちで低い声で言うのだ。ツンデレは性質じゃない。技巧である。


「白雪さん、」

ごり…否、近藤、でもない「勲さん」は、やさしく私の肩を抱く。何とも思わない。ただ、指先の力の抜き具合がぎこちなくて、女慣れしてないんだなーとは思う。

「何でしょうか。」

「今晩、おいしいもの食べにいきましょう。」

三十路手前にして歯の浮く言葉の一つも言えない男から、でえとのお誘いらしきものを貰った。

おうっと、これはツンデレの「デレ」を出すタイミングか。瞬時に私はパッと彼に顔を向ける。お通似と定評のある丸い目で、彼をまっすぐ見る。彼の目は切れ長だ。…よく見たら、目の形は好みかも。目の形だけは。

「私、マタデー料理が食べたいですっ。」

「了解。」

勲さんはニッと嫌みなく笑う。多分この人、演技も何もしないでこんな風に笑っているのだろう。楽でいいよな。正直ちょっと羨ましい。

「こんな女どこにも居ねえよ」な幻想の世界を、彼はきっと純粋に信じている。たまに不貞腐れるけれども、それでも夢見がちである。だからあんな恋をできる。こんな風に私に笑いかける。

だからほら、私の演技にコロッと騙されてやんの。可愛らしい嫉妬をして、おいしいものにつられて機嫌を直しちゃうような、ちょっとばかな女の子が、目の前に存在してると思っている。あとでそのばかな女の子に裏切られて殺されちゃうのに。あーカワイソ。


正面から、彼の首に腕を巻きつける。体格差があるため絡め方は中途半端になった。私の口角は上がっているし、目じりは下がっている。彼はふにゃりと武士らしからぬ笑顔である。それを確認した私は、「勲さん」の襟のスカーフに顔をうずめた。口紅の跡、つけちゃおうかな。ちゃんと洗濯で落ちるかな。などと細かいことを考えていたら、ふいに、ずきんと心臓が鳴った。

文庫結いの帯に彼の腕が回っている。パッと見、抱き合うカップルである。室内で誰も見てないとはいえ、昼間っからよくもまあ、こういちゃいちゃできたものだ。と冷静に思う。その一方で、「ずきん」の二度目、三度目が襲ってくる。


ぎこちなかった彼の腕の力が、少うし弱まった。上半身をゆっくり曲げて、自分の顔を私の顔に近づけ、彼は私の耳元に口を近づける。キスか睦言か、の予想は二つともはずれた。



「…辛いなら無理に笑わなくていい」


「ずきん」とは別に心臓が冷えた。バレたかと思って一瞬ふるえてしまった。ヤバい。計画がパーだ。こうなったら情報は諦めて、暗殺だけでもして逃げようか。

でもその次に、

「俺ァ馬鹿だから、何で辛いのかまではわからんがね。白雪さんが良いと思ったら話してくれ。」

と苦笑された。そして頭に片手を置かれた。

…あーわかった、だからこの男はモテないのだ。あのお妙さんって女の子にもいつもブッ飛ばされてるし。


ひとまず安心して胴を離した私は、

「…いさおさんがどっかいっちゃうのいやだから。」

「…ほかのおんなのひととはなしてるのも、ちょっとやだ。」


ひらがなで喋って、なるべく彼の方を向かないようにした。ピンと真白な障子を見た。障子の向こうには、爛漫に、早春が広がっているのだろう。


羨ましい。お琴の稽古帰りの町娘の話声とか、梅の花の輝きとか。勲さんとか。

そう感じたと同時に、七度目の「ずきん」が来た。



「…白雪さん」


名前を呼ばれてハッとする。いけない、いけない。ここはプロ根性だ。彼に甘えてやらなきゃ。そう、暗い過去でも隠してる悲劇のヒロインぽい感じでいこう。それならきっと自然だし、同情を誘えるから、更に騙しやすい。

騙しやすい、


「ほっ、ほら!今夜はマタデー料理ですよ!元気出して!ていうかマタデー料理って俺初耳なんですけどどんなんですかね、材料とか何なんですかね!」

「…マタデー」

「そのままかよ!」


寂しいふりが「ふり」でなくなってしまうのが怖くて、九度目の「ずきん」を私は抑え込んだ。どうか国を救えますように。この男に情など移りませんように。だって仕事だしごりらだしあまりタイプじゃないし、あまりに危険だし。


どうか、どうか。
手遅れなんかじゃありませんように。





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