東城さんに見つかったら殺されると思った。否。彼に遭遇せずとも、若が目を覚ませばすぐさま首が飛ぶだろう。むしろ華麗な背負い投げで全身を飛ばされるだろう。


 何故ならば、只今、若が俺の肩に寄りかかって眠っているからだ。


 柳生の跡取りと一門下生という関係ながら、若と俺は読書友達でもあった。共に書を読み感想などを言い合うのである。学ぶことも多く楽しい時間だ。それに若は剣の稽古に勤しむ時は門下のどの男よりも力強く、平時においても誰より武士然として凛々しい、そんな御方である。素直に尊敬する。


 が、今まで然程意識していなかった重大な事実が今俺の肩にのしかかってきている。

 何をどうしたって、若は女子なのである。


 庭の大きな桜の木に背中を預け、若と俺は今日の読書会を開いていた。が、…春の午後の心地よさに負けてか、適度な静けさに溺れてか、いつの間にや若の目蓋が下りていたのだ。

 ごわごわした木肌を着物越しに感じている。ごわごわが何となく落ち着く。左肩は落ち着かぬ。後ろで一つに結わえた髪からほのかに花のような匂いがするし、何より寝息が近い。思わずこちらが息を止めてしまうくらいに。


 というか、若ってこんなに小さかっただろうか。

 背が低いのは前から知っているが、そういう意味ではない。どこからあのパワーが捻出されているのかと思うほど華奢で、柔らかくて、小さい。要するにまるで女なのだ。


 種々の緊張で臓腑がおかしくなりそうだ。しかし、ここは武士として男として落ち着いた対応をすべきである。

 若はいつか起きる。どうせ俺はぶっ飛ばされる。若を起こさず彼女の頭を肩からどけるにはどうしても今以上に彼女に触れる必要がある。危険な作業である上、作業中に目を覚まされたら変な誤解をされるかもしれぬ。

 ならいっそ。

「若ァ」

「……」

「起きて下さい、こんなとこで寝たらお風邪召されますよ」


 返事がない代わりに、大和綴の本が若の指先から足元に落ちた。俺は本に付いた土と花びらを掃い、頭上を見る。見事な桜の木である。蕾半分、咲いた花半分。たまに強い風が吹いては花を浚い、土に落とす。若や俺の足元にも白い花弁が散らばっている。

「若」

 再び声をかけてみると、声にならないほど小さな声が若の口から漏れた。ような気がした。

「若、桜きれいです」

「……ん…」

「真下から見るとまた違いますね」

「…む……」

「あ、」


 漸く彼女の目が薄らと開いた。とろんとした目のまま前を見、横を見、俺を発見する。ああやっと起きた。と安心すると共に覚悟を決め、俺は歯を食いしばった。いつ投げ飛ばされても良いように。

 が。


 倫吾。という形に若の口が動いたのだと思う、多分。その後十秒ほどの間を置いて、若はもう一度目を閉じてしまった。


 想定の範囲外の展開に俺はぽかんとする。眠ったと見せかけて起きたりしないかと心臓を大げさに鳴らしながら彼女の顔を見守ったが、適度に力の抜けた、自然な寝息が戻ってくるだけだった。肩には相変わらず女の子の頭一つ分の重みがある。

 もしや俺は男だと認識されてないのだろうか、と少々絶望的なことを考えていたら、ふいに若の手が俺の袖を掴んだ。力なく。不思議なことに、この小さな手が剣を握るのだ。奇妙なことに、神速の剣を操る侍の手がこんなにも頼りないのだ。気づいたら俺は笑みを漏らしていた。


 また風が吹いて花が踊る。ひらり、はらり、ぽとん。若の頭に五分咲きの花が落ちてきて、髪飾りのようになった。何だ似合うじゃないか、可愛らしいじゃないか。お嬢さんの寝顔は何とも心地よさそうである。


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