外に出たら雪がつもっていた。もう降雪は止んで晴れてはいるが、俺に続いて外に出てきた娘は傘を差している。夜兎の日傘だ。
「おおっ、すごい雪アルナ」
きらきら光る雪景色に神楽が目を輝かせ、ざくざく、ブーツで雪の道を大きく歩く。
「雪だるまが作れるね」
「フフン、これだから倫吾はガキなんだヨ。今時の大人は雪ラピュタ制作ネ」
「いや何だよ雪ラピュタって!ていうか俺の方が年上ね一応!」
俺のツッコミを華麗にスルーして、神楽は楽しそうに雪ラピュタの制作を始めた。こういう無邪気な姿は、何だかほっこりする。かわいいな、と、どちらかというと保護者のような目線で見てしまう。尤も、そんなことを神楽に言ったら怒られるのだが。
「手伝おうか」
「じゃあ倫吾は丸い雪玉を作ってヨ。たくさん」
このくらいの。と、手袋でモコモコした神楽の両手がテニスボールサイズを示す。
「オッケイ我が命に代えても」
「……うぜっ」
「あれ?今なんか標準語ぽいのが聞こえ」「気のせいアル」
聞こえなかったことにしよう。うん。
お嬢様のお言いつけ通り、俺はしゃがんでせっせと丸い玉を作った。何だか子供の頃を思い出して楽しい。雪合戦の下準備みたいだ、って
「うぎゃっ」
急に俺の首筋に冷たいものが激突した。振り返り見上げると、したり顔の神楽が仁王立ちしている。俺の足元に並べていた雪玉が一つ足りない。引っかかったナと笑う神楽に、「何しとんじゃ!」俺も神楽に雪玉を投げつけた。が、年下の女の子とは云え相手はあの夜兎。すぐに強烈な雪玉の応酬をかけてくる。
「くらえええィ!」
「なんのォォォ!」
「どォりゃあああ!」
「うるァァァァァ!」
「ぬがぁぁぁぁぁ!」
ラピュタそっちのけで雪合戦は白熱していき、俺も神楽も夢中で雪玉を投げ合った。ストック分が無くなっても、また作って投げる。
「ふぎゃっ」
俺の投げた雪玉の一つが神楽の膝に当たった。互いの雪玉制作そして投球の手はゆるまないけれど、スカートで膝寒くねーのかな、と思った。マフラーやら手袋やら上半身はバッチリなのに膝を出すなんて女の子の防寒はアンバランスすぎる。
「か、ぐふぇ」
タイムを申し出ようとした俺の顔面に雪玉直撃。
「ぶふっ、神楽ちょっとタンマ!」
「?何アルか」
非常に正しい姿勢で雪玉というか雪塊を投げようとしていた神楽が止まる。
「ラピュタ!ラピュタ」
俺は指をさした。神楽の作っていた雪ラピュタ本体(予定)は神楽自身の雪玉によってボコボコになっていた。
「あああああ!定春41号が!」
「いやそれペット的なものだったの!?」
神楽は雪ラピュタ改め定春41号に駆け寄ってへたり込む。ずーん、と効果音が聞こえてきそうにヘコんだ後姿が何だか幼い。俺は俯く彼女の元に駆け寄り、
「ま、まあまた作ればいいじゃん」
肩に手をおいたら、神楽は勢いよく振り返り俺の腕を引っ張って自分と同じ高さまで引きずりおろし、俺の両手にべしっと掌を押し付けた。真顔で。
「う、ひゃっ」
心臓が跳ねた。
右頬は冷たい。神楽の手袋には雪片が沢山ついているから。しかし左頬はなぜか唐突にあたたかい。
「……何これ?」
彼女の手を頬から剥がすと、一方の手にはホッカイロがあった。こらこら人の頬にホッカイロを直接当てたら危ないでしょうが、なんて説教は出てこない。びっくりして言葉が急に出なかった。
「やるヨ」
どこに隠し持っていたのだろう。カイロは俺の手に置かれた。神楽は無邪気にニッと笑う。俺もつられて笑みが出る。
「ありがと」
「よしよし、風邪ひくなヨ倫吾」
お母さん気取りかお姉さん気取りか、神楽は俺の頭を撫でた。くすぐったい。何だよかわいいなこいつ。
「いよっし、次はネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を作るアル!」
「立ち直ってよかったけどそれはいけませんんんん!」
大きな雪玉を作ろうとする神楽を全力で制止した。この子は本当に何をし出すかわからなくて困る。
…まあ、それがかわいいからいいか。
掌からじんじんと俺をあたためるホッカイロ。眩しい白さの中で、無邪気に跳ね回る雪うさぎがいとおしかった。
「倫吾は真ん中のところを作っ」「だからダメだってば!」
(でもちょっと将来が不安だ。)