負けた。傷はそこまで深くなかったがそれは敵の浪士に情けをかけられたからで、本来ならさっき僕は死んでいた。刀を鞘に納め、お妙さんの視界からだらだら流血する左腕を隠すように体の向きを変えた。女の子の目に入る赤は口紅で充分だ。こう見えて僕は紳士なのである。

なんて、そんな行為は全く意味がなかった。今の斬り合いはまさしくお妙さんの目の前で行われたものであり、誰のものともつかぬ赤がそこら中に飛散している。真選組に入ってまだ一ヵ月そこそこの僕は修行が足りない。経験も足りない。お妙さんを守るにはあまりにも何もかも足りない。

「森野さん!」

逃げて下さい。と言ったのにそこに留まったままだったお妙さんが僕の方に駆け寄ってきた。僕に加勢しようとさえしていたらしい、彼女の足元には近くの長屋の用心棒が転がっていた。



「森野さん、」

「森野さん、」

「森野さ…」

僕の名前を何度も呼ぶが、焦っているのか次の言葉は出ない。代わりに彼女の丸い目から涙がこぼれた。抑えた左腕の鼓動を感じた。余計に血が流れていくような気がした。

「森野さん、病院、あの、私、」

取り乱しておろおろ泣くお妙さんを初めて見た。泣いている女の子をなぐさめるには抱擁とか頭を撫でるとかすると良いと聞いたことがあるが、それをするには今の僕は血まみれすぎた。女の子に付く赤は口紅と頬紅だけで充分だ。

「大丈夫…」

せめて安心させようと単純な言葉を口にしたら掠れ声しか出なかった。咳払いをした。鉄の味がして気持ち悪かった。

「大丈夫だよ。あんなのザコだから。それにお妙さんが無事だったからいい。あ、でも副長に報告しなきゃならねえや。寧ろソッチの方が怖いなあ、はは、」

お妙さんは僕が胸ポケットから出した携帯電話を奪って119を押す。

「ちょ、ごめん。先に連絡しないといけなくて、」

電話を取り返そうとしたら、お妙さんに睨まれた。


そして思い切り頬を張られた。



腕も痛いが頬も相当痛い。真剣に痛い。それは彼女がうちの局長をも圧するようなパワーの持ち主だからでもあるし、僕が一番に守りたい人物による張り手だからでもある。

お妙さんは「ばか」と叫んで僕の隊服の襟を随分弱弱しく握った。僕を見上げた。むしろ睨み上げた。まだ涙がこぼれている。


「私があなたを守ろうとして、何がいけないの」


僕の襟は震えていた。彼女の唇も震えていた。薄紅色の唇に血の赤はキツすぎるだろうなあ、とぼんやり思った。

「いけないんじゃなくて、……」

また声が掠れた。言葉に詰まった。僕の襟には彼女の額が寄せられていた。血でべとべとした隊服が涙で洗われるような、洗われないような。女の子を泣かせたら何か優しい言葉をかけて安心させてあげねばならないと聞いたことがあるが、お妙さんのそれよりも優しい言葉なんて僕には見つかりそうになかった。このひとを命を懸けてでも守ると決心してまだ一ヶ月そこそこの僕は、修行が足りない。

もう少し泣いて呼吸を落ち着かせたお妙さんは、今度こそ救急車を呼んだ。それから僕の腕に応急すぎる応急措置をした。今僕は守られている。弱いから守られているのかもしれないし、守ろうとしているから守られているのかもしれない。わからない。それでも僕は彼女を守りたい。


泣いたお妙さんの頬は赤かった。目も赤かった。僕は「大丈夫だよ」としか言えずしかもまたしても声が枯れたけれど、彼女は頷いて微笑んでみせた。また守られてるな、と思った。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -