おはようございます。いつも爽やかな朝のような気分で勤めさせていただいております。嘘です。私森野白雪は只今、高屋八兵衛の観察をしております。あ、今アイポッド出した。イヤホンつけた。寺門通の曲でも聴いてんだろうな、すっげ集中してるよ。
高屋といえば、志村(弟)と仲が良い。小学校の頃からずっと一緒だったって聞いた。いやBL的な意味じゃなくて普通にね。一年の時にグレかけたあいつを更正させたのも志村(弟)らしい。その辺りで高屋もお通ちゃん親衛隊に入ったとか何とか。どうでもいいけれど、志村(弟)のおかげでアイドルヲタがうちのクラスに増えやがったよ。不良やってるよりは全然いいんだけどさ。
…あれ、いつの間にか高屋がイヤホン外してら。お通ちゃんでそんなに短い曲ってあったっけ?あれ、ていうかこっち見てんじゃね?私も高屋のことガン見してるけど、向こうも負けず劣らずガン見してね?
「さっきから何だよお前」
わわ、観察してるのバレた。
「私?私は何だろうね。『己とは何か』ってのは原始的ながら、哲学的で深い問いですな」
「そんなこと聞いちゃいねーよ。さっきから何ガン飛ばしてんの」
「高屋が超かっこいくてイケメンでマイナスイオンを大量に放出してたから見とれてたんじゃん」
「嘘付け棒読みじゃねーか」
「ルー語で言うとスティック読みだね」
「くだらね」
高屋は呆れたように溜息をついて、アイポッドを鞄に仕舞った。
イケメンだのマイナスイオンだのは嘘だけれど、何か気になるってあるじゃん。好きまでいかないんだけど、嫌いでもなくて、何かアイツ気になるみたいな。興味っていうか、なんていうかねえ。
時計を見たら八時三十一分。もうすぐホームルームが始まる筈。
一番後ろの隣同士の席で、私たちは、中々うるさいクラスの連中を傍観していた。
「銀八、来ないねー」
「んー」
「また松平先生に金でも借りてんのかねー」
「さあなー」
「あ、今日ってジャンプの発売日じゃん。それで遅れてんのかなあ」
「かもなー」
「高屋ってさあー」
「んー」
「好きな女子とかいんのー?」
ぶほあっ
「あらやだ、ばっちい」
高屋が飲んでいた紙パックの牧場牛乳を吹いた。何だよ、このギャグ漫画みたいな動揺の仕方。まるで好きな人がいるみたいじゃないか。
「気が向いたら協力するから、教えてよ。お通ちゃんってのはナシだかんね。『お前だよ…』とかバックに花咲かせて言うのもナシだかんね」
「ば、」
英会話教室のチラシが入ったポケットティッシュで慌てて机を拭きながら、高屋は本当に顔を赤らめて、本当に動揺した情けない声で、
「そんなんいるわけねーだろ馬鹿っ。いや、てか、ちゃんと告白するまで森野には言わねえ!」
と叫んだ。掴みあいの喧嘩をしていた沖田と神楽ちゃんがこちらを見た。志村(弟)も振り返った。喋っていた妙ちゃん九ちゃんも、プリを見せ合っていた阿音ちゃんと公子ちゃんも、求人誌片手の長谷川君も、皆こっちに注目した。
今思えば、高屋がクラスでこんなに注目を浴びたのは初めてかもしれない。
そして、ホームルーム前のクラスがこんなに静かになったのも初めてかもしれない。
『高屋君、告白おめでとう』
最初に言葉を発したのは、エリザベスの看板だった。
「は…え?告白?え、だから告白したら教えてくれるんだよね?告白したの?じゃあいいじゃん教えてよ高屋の好きな人」
私が言うと、高屋を始めとしてクラスの一同がものすごくガッカリしたような声を挙げた。え、何?私何か変なこと言った?間違ったこと言った?
フォローの達人土方も、高屋の幼馴染志村(弟)も、心優しい屁怒絽様も、今回ばかりは何も言ってくれなかった。いつの間にか教室に入ってきていた銀八が、珍しい流れにちょっとニヤニヤしてるくらいで。
「ちょ、何かわかんないけど、後で教えてよ」
小声で高屋に言ったら、
「…じゃ、後で屋上来いよ」
と返された。ふ、屋上だなんて何だか大げさだなあ。まるで私に告白するみたいじゃないか。
…ん?え、あれ、何?まさか…まさかね。ないないない。ないってば。
「席つけー。ホームルーム始めんぞー」
銀八の声でクラスはいつも通りに戻っていくけれど、私は大いに動揺していた。え、ちょ、どうしたらいいの私。高屋の横顔とか本気でイケメンに見えてきたんだけど。マイナスイオン吹いてきたんだけど。それとエリザベス、『告白おめでとう』ってちょっと何かおかしくない?あれってOKされて初めてめでたいもんじゃないの?
「……連絡事項は以上。じゃ、高屋と森野はどっか行って来い。三限は現国だからそれまでに帰って来いよ」
銀八はそう言い放って、さっさと教室を出て行った。当然、クラスの注目は教室後方に集まる。笑いを堪えている奴もいる。きゃっきゃと楽しんでいる女の子たちもいる。志村(弟)は緊張したような表情で眼鏡を上げた。
「行くぞ。……教えてやっから」
高屋が席を立ち、牧場牛乳を持って教室を出た。私も従う。足が若干もつれた。
この後屋上で告白されながら怒られるというシュールな体験をした、というのは言うまでもありません。