……誰だよ、カップル割引デーなんて作った奴。

 映画館のフロントの前に立ち、私は舌打ちする。今日はレディースデーならぬカップルデーらしく、恋人同士で映画を見たら通常一人1500円のところ、何と何と彼女分を無料にしてくれるというのだ。つまり、一人分の料金で二人見られるっつーこと。

 気っ風が良いといえば良いけれど、意地が悪いといえば悪い。私のようなお一人様には、明らかな後者である。大体、カップルデーというからには周りがカップルだらけなんだろう。そんなところに一人ぽつねんと座って映画を楽しめるほど、私は逞しい子じゃないんだ。

 財布の中を見たら、高校生らしく二千二百十七円と図書券一枚、服屋とクレープ屋とドーナツ屋のポイントカードが各一枚に生徒証。

 帰ろうかな。うん、帰ろう。

 すっかりテンションの下がった私は、ポスターの中の小栗旬之助に別れを告げ、踵を返した。いいや、また来週にでも来よう。来週の、カップルデー以外の日に。

 と、入り口の自動ドアの手前で知ってる顔を見た。

「あれ、志村君」

「あ、森野さん」

 知っているけれど、眼鏡くらいしか特徴のない、クラスメートでなかったら多分覚えなかっただろう顔。志村新八だった。

「映画、見に来てたの?」

「うん、でもやめた。今日は我々にとって映画を見るには大変辛い日だよ」

「何だよ、それ」

 ははは、笑いながら歩を進める志村君は、しかし、やがて立ち止まった。表情が固まる。彼の眼鏡が光り、口元から叫びが上がった。

「か、かっ、couple割ィィィ!?」

「いや、何で無駄に発音流暢なのよ。志村君、純ジャパでしょ」

 大変だ。あまりのことに、学年一のツッコミストな彼がボケた。そして私がツッコんでしまった。……何だか畏れ多いや。

 兎にも角にも彼はダメージを受けていたようだ。私と似たような思考に至ったらしい。ぎぎぎと不健康な音を立てて志村君の首がこちらを振り返る。私は溜め息をついた。

「言いたかないけれど、お互い御愁傷様、だね」

「そうだね。でも僕はこの映画、見るよ」

 震える声で、彼は言った。何で?と聞いたら、

「お通ちゃんが、主題歌を歌ってるんだ」

ほら、とポスターを指差す。下の方に、主題歌「お前のイトコ写輪眼」/寺門通と書かれていた。

「ふうん」

 何だ、それだけ。まあ私もオグリ君を見に来たんだから似たようなものだけれどね。お通ちゃんの話になって急に顔がきりりと生き生きとしてきた志村君を見て、私はふと思い付いた。

「ね、志村君」

「うん?」

 ポスターの寺門通の文字に見入っていた志村君が振り向くや否や、私は彼の腕に絡みつく。

「たった今、私、志村君のこと好きになった。私と付き合わない?二時間半ほど」

「・・・はっ?」

 言葉よりも、密着していることに彼は赤面しているみたいだった。まあ仕方ないか、腕におっぱい当たってるもの。…気づいたら私も恥ずかしくなって、体を離した。

 ツッコまれるというか、怒られるかな。と思って今の軽率なふざけ方を少し反省したけれど、彼は俯いて眼鏡を上げ、顔を赤らめたまま言った。

「い、いいよ」

「へっ?」

「いいよ。付き合おう、映画が終わるまで。割り勘ね」

「わー、志村君がそんなにノリいいと思わなかった」

 パンと手を叩いた。志村君がまだ赤いのが、何だか可愛い。

「早く券を買おう。あと八分で始まるよ」

「発奮!」

「はいはい、誤字禁止」

 彼はそう言って、すっと私に手を差し伸べた。紳士的な所作である。うーん、志村君ってこんな子だったっけ。

「ちょっとちょっと、どうしたの」

 素直にその手を受け取りながら、私は聞いてみた。志村君は答えてくれなかった。

「楽しみだな、お通ちゃん」

 私の手を握ったままそんなこと言うから若干ムッとして、

「楽しみだな、オグリ君」

私も対抗した。

 私より少しだけ背の高い志村君を見上げると、地味なくせに結構整った顔をしていることがわかって、私の顔がカッと熱くなった。オグリ君には絶対かなわないけれどね。それでもって、私だってお通ちゃんにかなう筈ないけれどね。

「志村君」

「うん?」

「……しん、ぱち」

 ためらいがちに下の名前で呼んでみたら、彼は耳まで赤くなった。それを見て、私は少しホッとした。

「白雪」

 うわわわ、返されたよ。しかも、さんとかちゃんとか無し。それに私の名前を呼ぶその顔、眼鏡ごしに見えた妙ちゃん似のきれいな目ときたら。

お互い赤くなって、馬鹿みたいだ。馬鹿みたいだけれども、私たちは悪ノリをやめない。映画が終わるまで、お通ちゃんの曲が鳴り終わるまで、映画館を出るまで、我々はカップルなのだから。

 ただ一つ問題点があって、何だか段々、二時間半で志村君の手を離すのは勿体無い気がしてきた。

「同じこと考えてるといいなあ、新八も」

「何が?」

「えーとね、フィッシュ竹中さんとドン観音寺、どっちが背ェ高いのかなとか」

「微塵もねーよそんな思考!つうか、どうしてそういう考えに至っちゃったの!?」

「犀川と浅野川、どっちが男川で女川だったかなとか」

「犀川が男だよ!何でいきなり北陸地方の話なんだよ!」

「オグリ君と新八、どっちを見てようかなとか」

「だからどうしてそーゆ、………」

 あれ、ツッコミが止まったよ。と思ったら、志村君はぎゅっと私の手を握った。

「オグリ君、見に来たんでしょ」

「そっちこそ、お通ちゃんの歌を聴きに来たんでしょ」

 でも、カップルデーだもんねえ。

 そんなことをぼんやり思いながらフロントの列に並んでいたら、順番が来て、志村君がカップル割引のチケットを注文した。私は半額分を財布から出そうとしたけれど、いいからいいから、と彼に制止された。割り勘だって、自分から言ったくせに。

「じゃ、見ようか」

 ……あれ、おかしいな。志村君の一挙手一投足が、王子様みたいに見える。目がやられたわ、今度眼科に行こう。どうせなら志村君に眼科を紹介してもらおうかな。彼も目が悪いようだし。

 決めた、オグリ君はまた今度だ。今日はとことん、彼氏に見入ってやろう。彼にお通ちゃんの歌なんか聞こえなくなるまで、見つめてやる。

 悪ノリで結構ですとも。





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