確かに、一番後ろの席だからって授業中に携帯をいじった私がいけなかった。携帯電話持参は校則違反でも何でもないけれど、授業のときは電源を切っておきましょう。というのがルールなのだ。だから私が悪い。わかってる。
「わかってるから、画面ガン見するのやめてもらえませんか先生」
「ガン見じゃねーよ、ただ読んでるだけだって」
「一緒です。てか返して下さい謝りますから!」
取り上げた私の携帯を興味津々な様子で読んでいる先生の手に腕を伸ばしたけれど、先生はヒョッと手を頭上にやって私が立ち上がっても届かない高さに上げてしまう。
「あああ、ちょ、スクロールしないで下さいっ」
ぴょんぴょん跳ねて先生から携帯を奪い返そうとする。が、先生はくるくる向きを変えるから、結局取れない。アレだ。男子とバスケやっても高い位置でばっかプレーされて中々ボールを取れないみたいな、今そういう感じだ。
「楽しい楽しい現国の時間にこういうつまんねーモンみてる白雪さんがいけないんですぅ」
「つまんねー言うわりに興味深げじゃないですか!坂田大先生お願いします返して下さい授業中に携帯いじって本当にすみませんでした反省してます!」
「句読点をつけろ、句読点を。お前は携帯小説か」
「まあ、あながち間違ってないですけどね。携帯サイトの夢主だし。…て何言わすんですか」
私と先生による絶望的におもんないコントが繰り広げられているうちに、他の3z連中は段々こちらへの興味を失い、ざわざわ、各々勝手なことをし始めた。ハム子ちゃんは鏡に向かってメイク直しを始める。近藤君が妙ちゃんにラブコールを送っている(あ、元々か)。沖田君は熟睡している(あ、元々か)。
「先生、私より他の子たちが退屈してますよ!携帯のことは忘れて、楽しい楽しい現国の授業を再開して下さいコキネシス!」
私が言うと、ぼん。と先生に頭をはたかれた…のではなく、先生の左手が私の頭上に置かれている。結構大きな手で、バスケがうまそうな手だ。先生あそこではじめて私の携帯の画面から目を離して、
「…あのよー、」
私にしか聞こえないくらいの音量で、やや遠慮がちに切り出した。
「はい、何でございましょうか」
だから私の声はやや強張る。先生の手の温度が頭皮から頭蓋骨を突き抜けて脳ミソまで届くような気が何故かして、嫌ではないけれど妙な気分になった。
「これ、お前の彼氏からだよな?」
「………そうです」
だから読まれたくなかったのである。彼氏からの長文メール。
「しかもコレ、別れ話じゃねーかよ」
「………その通りです」
溜息みたいな言い方をした先生に、私は項垂れた。項垂れても先生の左手は私の頭上を離れなかった。
「だからお前、朝から元気ねーのか」
先生がぼそっと言う。ていうか、え、先生気づいてたの?私が元気ないとかそういうこと。…朝いつもみたいにみんなにおはようって言って、笑って、もちろん泣きそうな顔の一つも見せなかったはずなんだけど、な。
ていうか、先生。先生せんせい先生。なんで、そんな悲しそうな顔してくれるの?
………ぶっちゃけ笑い飛ばしてくれた方がよっぽど楽なんだけどな。
先生は頭上に上げていた携帯を私にも奪える高さまで下ろして、私が奪う前に、「切っとくぞ。」と電源ボタンを長押しした。
「元気ねーならねーで素直にそーいう顔しとけや、白雪」
先生はとうとう私の頭から手を離し、私に携帯を返してくれた。…と同時に、けっこう強烈なデコピンが一発。
「いだっ」
私のあげた悲鳴は妙にデカイ声で、再びクラスの注目が私と先生の方に集まる。
「ま、しゃーねーわな。こういうのは」
と言った先生の声と顔は平常通りのユルユル運転。まるでマーフィー君のようである。
「え、あ、ハイ……」
「今度惚れるんなら、年上にしとけ。白髪で天然パーマの奴がオススメだぞ」
先生が言ってニヤッと笑い、ボンッとドリブルするみたいに、再び私の頭に手をやった。そして教壇に戻っていく。
「……年上はいいけど白髪も天然パーマも嫌です!」
やや遅れてから私は先生の背中に返す。
先生、空気を軽くするために冗談言ってくれたんだろな。……本気にしちゃダメだよね、うん。冗談だもんね。
携帯電話を鞄の中に放り込んで、私は教壇に立つ年上の白髪天パ男を、何となくフワフワしたようなぎこちないような気分で見つめていた。