はぁ、とため息が喫茶店内に浮かぶ。
明らかに……いや、見なくてもわかる呆れ顔に返す言葉もない。
「……まさか、ノエルが私の予想のほぼ垂直上向きに事を進めてたとは……」
「反比例して互いの関係はだだ下がりですけどね」
「それは自分が悪いでしょ」
「……仰る通りでございます」
本当、返す言葉も言い訳すらでてこない。なんてこった。
ことのあらましを金髪美少女に話すと、なんとも痛い返事が返ってきて、やっぱりか……と思う反面傷付く。
「マカロンは百歩譲ってまぁノエルだからしかたないとしよう」
「あれ、ちょっとまって。私今凄くバカにされてない?」
「だからってギャリーを疑うなんて……」
「スルーか! いや、でも私が怒るのも無理じゃないって! イヴと話してて遅刻して、あげくの果てには彼女つれてくんだもん!」
「なら、なんで嫌って言わなかったのよ」
「そんなのメアリーみたいにホイホイ言えたら苦労しないっての!」
「なによそれ、失礼でしょ!」
怒りにメアリーがテーブルをダァン! と叩く。
ビックリしたウェイトレスさんがひっと短い悲鳴をあげてそそくさと去っていった。
「だいたい、ノエルは考え方がお子様なんだよ!」
「は、はぁ!? そんなん子供のメアリーに言われたくないんだけど!」
「私もう12になりますー」
「十分すぎるくらいに子どもだっての!」
今度は私がテーブルを叩く。
ビクつく店員をよそ目に、私とメアリーはタイミングよく同時にお互いから、ふんっと顔を背けた。
「……まぁ今日だって知らん女と出掛けてたギャリーもどうかと思うけど」
「──え?」
ギャリーが、え? 今、なんて……?
「裕人さんのこともだけど、ノエルは男を見る目ないわー」
「裕人さんのこと悪く言わないでよッ!」
喫茶店に木霊する声。
ギャリーに酷いことを言ったときと同じような感覚がしてハッと口を押さえた。
「え、あ……ごめん、なさい」
「ううん──ノエル、本当に裕人さんのこと好きだったんだね」
「……、」
──裕人さん。私の恋人であった人と同時に私の大嫌いであるはずの人。
彼が彼の友達と計画して、私にそういう暴力行為をしかけたその後、逃げるときに大型トラックと正面衝突して亡くなってしまったのだ。もちろんその友達も一緒に。
「裕人さんの時は、こんな醜い嫉妬なんてしなかったのに」
「それほどギャリーが好きなんでしょ」
「でも……酷いこと言っちゃったし……」
「そんなの、謝ればいいじゃない」
「だから、簡単じゃないんだって」
大人になればなるほど、自分の気持ちを正直に伝えるのは難しい。
メアリーは面倒臭いなー、なんて運ばれてきたオレンジジュースを飲みながら頬杖をついた。
「ノエルは溜め込みすぎると一気に爆発しちゃうんだよね」
「溜め込んでるのかなぁ」
「ギャリーにも相談してないんでしょ。色々と」
「だって、ギャリーもギャリーで嫌なことあるかもしれないのに、私の愚痴なんて言ってらんないよ」
カラン、とグラスの氷が溶けてきれいな音をたてる。
「それに、迷惑かけられない」
「──それがギャリーの悩みだなんてノエルはわかってないんだろーね」
「え? 今なんて?」
「別に! 何も言ってないわ!」
席をたつメアリーにどこ行くの? と声をかける。
すぐに戻ってくるから待ってて、とポーチを持って一階に降りていったメアリーに、ああ……とどこか納得する。女の子だもんね。年齢的にもあるよね。
「今の間に……謝ること考えておかないと……」
カバンから紙とペンを取り出し、テーブルに突っ伏して頭を抱える。
とりあえず書くしかない。と意気込んで、少し薄くなったコーヒーに口をつけた。
△▽△▽
「……で、今度は何? 今日は“女の子のお友達”とマカロンパーティーじゃなかったっけ?」
「そんなの、後日延期にしてもらったわよ」
「ふーん」
一階の隅。ノエルのもとから離れて私は今、ギャリーといる。疲れたような顔をしているギャリーは、ため息をついて頭を抱えた。
「あの子が……まだ裕人のこと引き摺ってるなんて」
「確か、他の女の人とも関係を持ってたんだよね」
私にとって裕人さんは嫌なやつでも、ノエルからしたら今でも好きな人らしい。
ギャリーのほうが好きだと言っていた、というのは彼には伝えずにさっきも飲んだオレンジジュースをもう一度口にする。
「アタシだって、それはわかってるわよ」
悩んでいるとテーブルに突っ伏して頭を抱えるのがノエルもギャリーも同じで、思わず口元だけ笑みを浮かべる。
満身創痍のギャリーはなおも変わらずの体勢のまま言葉を続けた。
「ノエルが裕人のこと本気で好きだなんて……わかってるに決まってるじゃない」
「でも、ギャリーのことも好きなのわかってる?」
「そうじゃなきゃ、家の合鍵なんて渡さないでしょ」
「それもそっか」
もう謝ればいいんじゃない? ノエルに言ったのと同じことをギャリーにも言うと、ギャリーは顔をあげて苦笑する。そうもいかないのよ、と冷めた紅茶を飲んだ。
「大人になると、自分の思ってることを相手に伝えるのが難しくなるの」
「そうですか。ノエルとそこまでおんなじだなんて、本当はケンカも狂言じゃないの」
「違うわよ! ……って、ノエル?」
「二階にいるよ、おんなじ悩みをそれぞれ聞いてるの」
ぽかんとした顔のギャリーが面白くて思わずジュースを吹き出した。
慌てて口元を押さえてギャリーの顔色を伺うが、気にしていない……というか気付いてない。
階段を見つめるギャリーの前で手を振ると、ハッとしたように私を見た後、どういうこと? と声を落とした。
「どういうこと、って……おんなじように悩んでるお二人の悩みを、私が聞いて差し上げてるんだけど」
「いるならいるって言いなさいよ! 声聞こえてたら──」
「ノエルすっごーく後悔してる。酷いこと言っちゃったって。裕人さんのこと言ったのは失礼どころか死んで詫びるくらい」
ちょっと大袈裟に言うと、ギャリーは目を見開く。
「謝るなら今のうちじゃない? お互いが謝らなきゃって思ってる今。自分の正直な気持ちが大人になったら言えないだなんて、怖がって逃げてるくらいなら、玉砕覚悟で謝っちゃいなよ。ノエルに告白したときと同じでしょ」
あの時も、こんな感じに二階にノエルがいて、一階にギャリーで、私がお互いの悩みを聞いてあげた。
ほら、と階段を指差すと弾かれるようにしてギャリーが席をたつ。
千円札を私の前において、私が指を指したほうへ向かうギャリーに、ウェイトレスが驚いて私を見る。
それをよそにため息をついた私はその千円札を手にとって薄く笑った。
「これで仲直りしなきゃ、もっかい美術館にご招待だね」
死なない程度に二人を脅かして、吊り橋効果って奴でくっついてもらうしかない。
代金を払ってお釣りをもらい喫茶店を出て二階のノエルが座っているはずの方向を見上げる。
ギャリーが来たことに驚きを隠せていないノエルが泣きそうな顔をして彼を抱きしめ返すのが見えた。
「まったく……喫茶店ってことちょっとは考えたほうがいいって」
うまくいったのであろう二人に心の中だけでおめでとうを言い、一歩歩みを進めた。
どうしても伝えたい想いこそ
言葉にならないのは喉に引っかかった感情を飲みほしてしまえということなのでしょうか(いいえ、彼らはきっと)
(臆病だったのです)
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タイトル名(お題)はhence様よりお借りいたしました。
この場にて、お礼申し上げます。