短編 | ナノ





気まずそうな視線が私に絡み付く。そりゃそうだ。私は皆の知る"私"ではなくって、所詮、私でさえ分からない"私"の殻を被った偽者なのだから。



「あのさ、ノエル」

「なんですか、アルヴィンさん」



アルヴィンさんに、冷たく、素っ気なく返す。
あからさまに顔を歪めた彼に、そうしたいのはこっちなんだと悪態をつこうとして呑み込んだ。

ここは、私がいた世界とはまったく別世界らしい。
といっても、なぞられた歴史とかが違うかったりするifの世界――所謂パラレルワールドだ。

同じ世界に同じ人間が存在することは許されないはずなのに、私はこの世界に存在している。なぜならば、この世界の"私"は、私の世界では夫だったはずのアルヴィンさんに殺されているからだ。
断界殻を消すためにと一度ミラさんがいなくなって、皆がバラバラになってしまったとき、レイアさんを守るために飛び出した結果、即死してしまったのだとか。
この世界の"私"と、私の違いは生死だけじゃなく、アルヴィンさんとの関係だったり、彼からもらっていたものだったりする(まあそれは、時空の因子だとか何かで壊されてしまったのだけれど)。



「これ、お前が持ってたもんとは違うけど……返すわ」



軽い金属音と共に突き出されたのは、壊されたのと同じペンダント。
ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
台詞は違えど、渡し方が同じなんて、カミサマはどれだけ性格の悪いやつなんだ。
固まった私に、ルドガーさんやジュードさん達の心配そうな声がかかる。
そして私は、"私"が持つはずだったペンダントは私が持っていた方がいいんじゃないか、という議論が皆の間で交わされていたことを思い出した。


(無神経な奴ら)


贖罪のつもりだろうか。いったい何の、と私は彼らを嘲る。
私の世界を壊したことだろうか? "私"を殺してしまったことなのだろうか? それとも私のしあわせを壊してしまったこと? ああ、でもやっぱり、ここにいる私に"私"を重ねてしまっていること?


(まったくもってバカらしい)


そう思うなら、一思いに殺してくれよ、いまここで。
何もかもを失った私を、君たちの最も知る"私"のように、冷たく動かない入れ物へ。



「何様のつもりですか」



つい、言葉に出た。
イライラする。この世界とは別の世界からきたというミラさんも同じ境遇だからか、皆を睨んでいた。
え、と驚いた様子のジュードさんへ、ありえないわ、というミラさんのキツイ言葉が浴びせかけられる。
私はこれ以上気持ちを抑える気にもならず、ミラさんの言葉に頷いてしまい、一旦は閉じた口を再び開いた。



「ここが正史世界で、分史世界を壊すことがまるで正しいみたいに振る舞っちゃって。カミサマ気取りですかここの人間は」

「私たちは別に好きで壊してるわけじゃっ」

「好きで壊してるほうがマシですよッ!」



ぎゅ、と掌を握って私は悲鳴をあげる。
中途半端な正義のために、私のしあわせは壊されたとでもいうのか。
レイアさんやエリーゼさんが息を呑むのがわかったけれど、私はそれでも止まらない。



「"仕方がない"とか、"こうするしかなかった"なんて、結局は自分自身を正当化するための陳腐な言い訳にしかすぎない! 私にソレを渡してどうなりますか、渡してご機嫌とりですか。いいご身分ですね、正史世界の人は!」

「ちょっと、ノエルっ落ち着いて!」

「これで落ち着いてなんかいられませんよ、私は全部壊されたんだ! お前達の中途半端な偽善なんかに……っ全部、全部壊された!」



正史世界とか分史世界とか、結局そこに存在しているもの見方次第であって、こんなことがどの世界でも起こっているなら、それはエゴだ。ただ、正当化の押し付け合いじゃないか。
私にとっては私の世界が正史でここが分史。たけれど、でも、この人たちはここが正史で私が偽者。



「俺たち正史世界の人間が生きるためだ、しょうがない? 仕方がない!? 笑わせないでくださいよ! お前達がそんなことをいうのはお門違いにも程があるっ世界を壊す行いは悪であって善なんかじゃない! 仕方がないなんて言葉で……っ片付けないでよ……!」



"私"がいたはずの世界で今、私が生きている。
世界を飛び越えて、自分の世界が崩れ去るのを見た時、何が起こったのかがわからなかった。
絶望なんかじゃ言い表せない、どす黒くて、歪んだ気持ち。

ぐにゃりと世界の輪郭が一瞬崩れる。
ルドガーさんがハッとして私を見たとき、私は私自身から真っ黒な何かが漏れたのを確かに見た。



「ノエル!?」

「時空の因子っ壊したんじゃなかったのかよ!」



アルヴィンさんが叫ぶ。ルドガーさんが悲痛な声でわからないと言い放って、ミラさんの目が悲しげに細められた。



「殺してよっ私には、あの世界しかないんだよ!」



チャクラムを手にルドガーさんへ走る。
彼にしか殺せないのは知っていたから。



「ルドガー!」



アルヴィンさんの声がして、それからやけに乾いた破裂音と胸に走った確かな痛み。
数秒遅れて口から血を流す私を、ルドガーさんが戸惑いながら突き刺したような気がした。



「世界を……っ壊すならば、罪悪感を、持つな、」

「ノエル!」

「悪いと思って、壊す、のは……っそこにいる人へ、失礼だ」



カチ、カチと私の後ろで音を立てる憎らしい時空の因子が憎らしいほどゆっくり壊れていく。

バラバラと崩れていくのは誰の世界か。"私"のどんな矛盾だったのか。
なくなっていく意識のなか、血塗れた私を抱き締めたアルヴィンさんへ、最期にざまーみろとわらってやった。







(お前ら皆、大っ嫌いだ)



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追記

お題はサディスティックアップル様よりお借りしました。
この場でお礼申し上げます。