僕らのヒーロー | ナノ






泣き叫ぶ幼子。噎せ返る酒の臭い。耳を塞ぎたくなるような罵声。助けを求める弟の声。
愛情という柵に囲まれた小さな小さな箱庭の中が、あたしと弟にとっての世界で、あたしたちにとってはそれが全てだった。
親から無遠慮に与えられる愛をがむしゃらに欲しがり、与えられるがままに享受し続け、両親からの無償の愛情を乞うた。

ふとした時、そんな両親に捨てられ、目の前が悪臭漂うゴミ山に変わった。支配欲溢れるあの家の景色じゃないことに、あたしは喜んださ。
それと同時に愛情が恐怖の対象に変わり、誰もがみんな信じられなくなった。そりゃあ、唯一の肉親でもある人間に酷い目に合わされたんだから、そこら辺は理解しておくれよ。

そう、続きだけど、あたしが流星街へついたとき、一人の男に拾われてね。というよりも攫われたっていうのが正しいんだろうけど。
その男があたしを助けてくれたのさ。あたしにとって、あたしを救ってくれたあの人だけが、唯一の親も同然だった。

ん? もういいって?
まあ、そんなことを言わずにさ、最後まで聞いてくれよ。

あたしが今着てるこの服と、あの錫杖、それからこのネックレス……まあ、このネックレスは元はといえばあたしがあげたものなんだけど。とりあえずこいつらがあたしの唯一の親の形見なわけよ。

ああ、死んだよ。殺された。あたしも含めて、その周りのクソガキ共を守ろうとしてね。

失ってから気づくって、くっさいこと言うけどさあ、本当にその通りだよ。あたしはそこで初めて、その親に対してあたしが忌み嫌ってた愛情を持ってることを知ったのさ。
今でもあいつのことは好きだし、愛してるよ。もちろん、親愛的な意味で。

あいつが死んだのは、不慮の事故でも何でもない。殺されたんだ。あたしを狙っていたある男に。
あたしは今でもそいつを探してる。ここまで生きてこれたのも、あいつが死んだ時に前を向いて立ち上がれたのも、この強い復讐心のおかげかもね。

うん。なるほど、確かにそうかもしれないね。死んでいったあいつらは、あたしが復讐に飲み込まれるのを嫌だと思うかもしれない。
だけど、そうせざるを得ないんだよ。
あたし自身が殺したとも言えるんだ。あの男が狙っていたのは間違いなくあたしだったんだから。
あたしがいなければ、あいつらは死なずに済んだのかもしれない。あたしさえいなければ、あいつらは、今幸せを掴んでるかもしれない。そんな事実を向けられるのも認めてしまうのも嫌で、こんな感情から逃げ出したいだけで復讐しようとしてるのかもね。

おっとー、暗い話になっちゃったな。
とりあえず、だ。あたしはその復讐(果たすためにもある石を探してる。そう、石だ。
あるところでは久遠の星と呼ばれてるそうなんだけど、君は知らないかな?

……そ。知らないか。
あー、謝んなくてもいいって。
そんな簡単に見つかるもんだとも思ってないしね。

あ、お話はこれでいいかな? これから仕事があるんだよ。性根は腐ってても一応クリス=ロイロードなんでね。

こんなあたしのつまらん話でいい記事をかけるとは思わないけどねえ……。まあ、いいか。
そいじゃあ、ここらへんであたしはお暇させてもらうことにするよ。じゃあね。



△▽△▽




空はすっかり日が落ちて暗くなってしまっている。
夜の帳はすっかり降りて、舞台の開演準備は出来上がっていた。



「ヴィント、この前みたいにヘマだけはすんなよ」

「わかってるって」

「そう言いながら毎度毎度女の警備員にナンパしてんのはどこのどいつだ」



体に馴染んだ修道服を翻し、伸びに伸びて結んだにも関わらず、変わらず鬱陶しい髪を乱暴に払う。
パートナーのヴィントは腕はたつが女ったらしなのがいかんせん困るところだった。
ヘラリと紅のタレ目を細めて笑ったヴィントに、睨みを利かせて釘を指す。

シシノグ地方のニグ美術館……ここにあたしの欲しい石があるかもしれないとわざわざやってきたのだ。
もちろん開放時間などとっくに過ぎている。そんな中ここにやってきたということは、これから行うことはただひとつ。



「じゃ、取りに行くとしますか」

「あいよ。どこまでもついていくぜ、クレア」

「頼もしい働きを期待してるよ、切実にな」



こうして今夜も街が平和を願って眠る中、あたしはその平穏を赤く染めて幕引きをする。
全てはあたしの中で今だ黒く燃え盛る復讐のため。あたしから全てを奪ったあの男への報復を果たすために。そのためならいかなる犠牲だって厭いやしない。

気配も消さずに門を飛び越え、軽やかに着地する。まずは手始めに、と、入口付近にいた男の顔を綺麗な白で塗りつぶされた壁へと叩きつけた。