僕らのヒーロー | ナノ





ユンザック地区、五番街。サイオンという国に位置する。流星街から飛び出して二日程度の距離だ。
ユンザック地区を始めとするこの国一か帯はユノワーラが統治していると言っても過言ではないが、表向きにはきちんとした国のお偉いさんはいる。
知る人ぞ知る、と言った感じだ。

テーブルの上に広げたユノワーラの根城でもある館の見取り図を眺めながら、はてさて一体どこから入り込もうかと侵入経路を立てる。

窓の外にはまだ人々の活気に満ちた声で溢れている。流星街のように廃れても、ヨークシンのように繁栄もしてない街。この下町のような感じが、あたしは好きだ。

考え事に耽るあたしの耳に革靴のヒールがたてる音が聞こえ、顔を上げると目の前の扉が音を立てて開き、腰を上げる。



「よお、クリス。待たせたか」

「ああ、それはもう。足が棒になるかと思ったよ」



ユノワーラを狩るしばらくの間の住処にしようと借りた一室。その扉を挙げて、悪びれもなく現れた男は、この街出身である馴染みの武器商人であるガイと名乗る男。確かコイツもロイドからの紹介で知り合うこととなったっけ。
嫌でもあの顔が、頭をちらついて仕方ない。眉間にしわが寄るのを自分でも感じながら、ガイに軽口を叩いて窓の外へと目をそらした。



「嘘つけ。座って待ってただろ」

「軽いジョークさ。気にするな」

「とりあえず持ってきたぜ。頼まれてたATS-34ナイフが23本、ZDP-189が6本だ。ったく……いつも通り無茶言うよな、お前」

「お前ならできるからだよ。悪いな」



渡されたケースの中を確認し、刃こぼれがないかを見る。流石ガイ。短い時間でもいい物を作り上げてきた。いつもよりも倍近く金が入った袋を投げ渡し、コートの内側にある空いたままのホルダーへナイフを十数本しまう。



「にしてもよお、今回はえらく数が多いな。何をおっぱじめる気だよ」

「ユノワーラと少々ね」

「んだと……?」



どうやら穏やかなものじゃないというのが感じ取れたらしく、ガイの片眉がピクリと跳ねる。ここら辺の治安はユノワーラによってたもたれているようなもので、そのユノワーラをどうにかするとなれば、そりゃあガイだって黙っちゃいない。
放たれる殺気は無視し、ブーツの踵のナイフを新しいものに変え口を開く。



「仲間がやられたみたいでね。それも亡骸すら戻ってきてないの。それを取り返すくらい、いいだろ?」



残りのナイフは太腿のホルダーと袖口へと忍ばせガイへと向き直る。
口元に笑みを浮かべて、「それとも」と続けた。



「アンタはあたし一人ごときにユノワーラがどうにかできるとでも思ってんの?」

「ああ、できるな。クリス=ロイロードには、その力がある」

「……は、当たり前でしょうが。もしも肯定されてたら、アンタの首でナイフの試し切りするとこだったっての」



あたしの問いにすかさず否定をいれたガイに笑みをいっそう深くなる。
取り出したナイフは、ガイの首の代わりに天井をぶら下げてあった照明のワイヤーを断ち切った。
鈍い音を立てて粉々になったライトに満足し、「いいナイフをどうも」と賞賛するが、ガイはしかめた顔をそのままに、あたしをじっと見つめて動かない。
止める気はないと悟ったあたしは広げたままの館の見取り図へと目を戻し、侵入経路を考える作業へ戻った。



「別にお前を止めようなんざ思ってはない」

「止められない、の間違いじゃなくて?」

「いいから、聞けよ」



ライデンと同じだ。
やけに真面目な、真っ直ぐな声。
思わず顔を上げると、ガイは「やめておけ」と馬鹿なことを言う。

どいつもこいつも、同じことしか言わない。
それでやめられることならば、あたしは今更こんなところにはいないというのに。



「お前一人じゃ、間違いなく死ぬ」

「……さっきと言ってることが矛盾してるけど」

「確かにクリス=ロイロードには、あのマフィアを潰せるくらいの力がある。けどな、お前は一人じゃないだろ」

「あ?」

「死ぬのはお前じゃないっつったら、考えは改まるか?」



ここにはあたし以外いない。間違いなく一人で来た。
どういう意味か問いただそうとしたところで、あたしが広げた円に能力者が引っかかる。
見取り図を乱雑にまとめ、すぐに出る準備をすると、ガイもケースを手に「忠告はしたからな」と言い残して早々に部屋から出て行ってしまった。



△▽△▽



あれから数時間後。あたしはユノワーラの館の前にいた。
あの時の馬鹿な能力者は、あたしを狙ったのはどこぞの賞金首。あたしの首を取ってくれば、多額の報酬をユノワーラから約束されたらしい。



(ナメられたもんだねえ)



あのトゥールフとかいう男……全ていおいて神経を逆撫でしてくる。

もう何もかもが腹立たしくて、考えるのも嫌になって、結局は真正面から堂々とぶち破ることにした。
トゥールフだけの首を持って行ってやろうと思っていたが、ここまで馬鹿にされてそれで済ませるような心の広さも寛容さも培ってきた覚えはない。



「フェネクス」



耳を劈くような鳴き声とともに現れたのは、不死鳥ではなく、悪魔と化した鳥の姿。
炎を身に纏うその鳥は、一度こくりと頷くように頭を下げたかと思うと、一鳴きして上空へと飛び立った。
館の真上まで飛び立ったフェネクスはその身体からいくつかの火球を生み出し、地上へとその球を降らす。

建物を砕きながら、落ちたそれらは周りを燃やしながらすぐに火種となって新たな燃え場所を探すように蠢く。



「ロイド……待ってろよ」



本を閉じたあたしは、火の熱によって熱くなった鉄の門を蹴り倒し、館の中へと駆け出した。
木々の上に飛び移り、上の階を目指す。
バルコニーに立っていたスーツを着た男と目が合い、にんまりと笑み、そこをめがけて跳んだ。



「こーんばん、は!」

「あがっ」



喉を爪で掻き切って絶命させる。
吹き上げた血がガラスをこれでもかというほど汚し、一瞬にしてあたしの頭を赤く染め上げる。
窓ガラスを割って中に入ると、なんとも豪華な調度品の隅でガタガタと震える女の影。



「い、嫌……助けてっ殺さないで! お願い!」

「うるさい女は嫌いだなあ」

「お願いよ! 黙っておくか――」



ナイフで綺麗なエメラルド色の目を抉り取る。
聞くに耐えない金切り声を上げる醜女に「うるさい」と聞こえていないだろう一言を投げ、腕でその豊満な胸を貫いた。



(アイツの部屋はどこだったかな)



頭に叩き込んだ見取り図を広げながら部屋を出る。確か、一階の広間から続く大階段を登り切った先に、アイツの部屋はあったはずだ。
二人しかやっていないのにすでに全身は鉄臭い液体を被って汚れてしまっている。
騒ぎに駆けつけた数人を目視し、これはお風呂が大変だと本を広げた。



「殺れ、タナトス」



狭い空間のなか現れた影に一瞬たたらを踏んだやつから順に、タナトスの手によって胴体を裂かれていく。
一人二人と肉の塊になって廊下いっぱいに積み上げられるのを横目に走った。
荷物はない。守るものもなければ好き勝手に動くことができる。そのおかげか大階段のある吹き抜けのホールへと辿り着くまでにそう時間はかからなかった。




「邪魔、するな!」

「っクリス=ロイロードだ! 応援を呼べ!」

「呼ばせるかっての……っ」



疲労し始めた身体に苛立ちながら、男の眉間に向かってナイフを投げる。深々と突き刺さり倒れた男からそれを引き抜き頭を潰して次の敵へと斬りかかる。
何千人単位で構成されたマフィア相手に、一人はさすがにキツイな、と額から流れ出た汗を拭い、階段を登る。
どこぞのシューティングゲームかよ、と言いたくなるような銃弾の弾幕を避けながら、確実に一人一人の命を摘み取っていると、右足に走る鈍い痛み。



(くそ、こんな時に……!)



縺れて倒れたあたしの頭に突きつけられる銃口。
袖口のナイフの一本を男の手首に投げ、もう一本は男の足の腱を断ちながら横へと転がる。
バランスを崩しよろめきながらも引かれたトリガー。すぐに起き上がり、痛みからか、反撃による動揺によって支えきれず反動に耐えることなく跳ね上がった腕の隙間から、本を閉じることで開いた左手で男の心臓を抉る。
倒れ、階段を転げ落ちていく男を横目に堅をによって再び銃弾の雨の中階段を駆け上った。



「っ止まれ!」

「そういうわけにはいくかって!」



切って、貫いて、刺して、砕いて。
数秒が何十分にも何時間にも感じ取れるくらいに何度も何度も同じことを繰り返す。
騒がしかった館は燃え朽ちる音と、あたしの荒い呼吸音だけになって、あたしは倒れこむように階段を登りきった。
右足の怪我なんてかまってられる暇もなかったせいで、出血からかすでに冷たい。

痛みを覚悟して歯を食いしばる。右足に留まったままの銃弾をナイフを使って外へと出そうとするが、痛みのおかげでなかなか上手いこといかず引き抜いて指を突っ込む。そこまでしてようやく取れた弾に安堵のため息をついた。



(鉛中毒とか、大丈夫だと思うけど洒落になんない)



もう、あんな思いはしたくない。
ゾルディック家での遠い過去を思い出して一旦精神を落ち着かせる。

階下にはあたしが殺してきた屍の山が至る所で出来上がっていて、死臭がより強く感じられた。

あと少し。ロイドを連れ出して、トゥールフを殺って、はやくあの教会へ帰るんだ。









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追記

フェニックス-不死鳥、もしくは見た目または伝承から火の鳥とも言われる。元はエジプト神話の霊鳥ベンヌであるとも古代のフェニキアの護国の鳥「フェニキアクス」が発祥とかなんとか…(wikipediaより)

フェネクス-ヨーハン・ヴァイヤーの著した『悪魔の偽王国』や、作者不明のグリモワール『レメゲトン』の第1部「ゴエティア」には、鳥のフェニックスのような姿で現れるというフェニックスという名の悪魔が記載されている。「ゴエティア」では「ソロモン72柱の悪魔」の一角を担う序列37番の大いなる侯爵とされる。不死鳥のフェニックスと区別して悪魔のフェニックスを「フェネクス」と呼ぶ場合もある。詩作に優れており、話す言葉も自然に詩になるが、人間の姿を取った時は、耳を塞ぎたくなるほど聞き苦しい声で喋るという。(wikipediaより)