僕らのヒーロー | ナノ





テロリストどもは無事ハンター協会へ身柄を拘束され、奇跡的に死者を出さない解決としてジンやカイトとに表彰が授与された。
そこにあたしがいなかったことが不服らしいが、「そんなもん興味ない」「金くれ金」と言うと、二人揃って「オレ(ジンさん)もそうだがクレア(さん)も大概変な奴だな(人ですね)」と苦笑された。

二人にはまだやることがあったし、もちろんあたしもそうだ。なので簡単に連絡先だけ交換してはいさよならって時に、カイトから「握手してください」と頼まれたのは意外中の意外だった。ホクホク顔でジンを追いかけていったカイトに、ちょっとイケナイ何かを感じてしまったことはそっと封印しておこうと思う。


表彰と引き換えにゲネロの尋問権を得たあたしは、ある人物の協力もあって、ゲネロから自身が裏切り者であることと、企てていたことを自白させることに成功した。操作系ってこういうとき本当に便利。無表情無感動になってしまったゾルディック家長男を寂しく思いつつ、大量のプリンと共に早々と流星街へ。
ムービーで撮った証拠一式をマルクスへと届けると「お前の弟マジ勘弁」と一睨みされて、あれがクロロの嘘だということがバレていたことを悟った。かといってあたしもどう返事していいかわからなかったので「まあ、あたしの弟だし?」と笑っておくことにする。
これでコルティオファミリーの権威云々はマシになるだろう。


――そうして間引きを迎えたのだが、今までにないほどの静けさだ。誰だ、今回はデカイ規模だって言ったやつ。

クロロとエマが組手をしているのをボーッと眺める。実力ではクロロが勝っているが、経験則でエマが総合的にやや上ってとこか。
フェイントというフェイントに引っ掛かったクロロが飛ばされ、ライデンが「エマの勝ちー」とエマの腕を持ち上げると、クロロは悔しそうに唇を噛んだ。
既に負けた脳筋(コイツらは絶対強化系)の隣に並んでクロロも無言で腕立て伏せを始める。四人がウェーブのように腕立てをする……なんとも奇妙な光景だ。



「クレア、ちょっといいか」

「ん?」



必死に笑いを耐えていると、ライデンに手招かれた。瓦礫から飛び降りてそちらに向かうと「詳しくはまた夜にでも話すけど」と口にしたライデンがエマの腕をさっきみたいに持ち上げる。……よく見ると、その腕が少し赤く腫れ上がっているのが窺えた。



「堅は?」

「何かあったらダメだから、本当に薄くはしてるんですけど……最近みんなスゴくて!」

「そっか。後で治しときなよ」

「はい!」



元気よく返事をしたエマ。もうそろそろ頃合いかとライデンを見ると、同じような顔をしていたので頷く。
……ようやく念を教えても良いレベルに到達した。
もっとしごけるなと喜ぶあたしに、ライデンがげっそりした顔で「初めはキツくしてやんなよ」と当てにもならない忠告をする。こんなこと言いながら、一番肉体的にも精神的にもくるメニューを生み出すのがライデンだということを、この髭面はいつ気付くのだろうか。
それを知ってかエマも苦笑いを浮かべてライデンを見た。



「精孔はどうする?」

「あーっと、ゆっくり開かせようと思ってる」

「じゃあ、まずは念じゃなく燃を教えるんですね」

「のほうがいいだろ。エマはクレアに無理矢理起こさせられて死にかけたもんなあ」

「うるさい。手っ取り早くていいだろ」



あの子達はどうだろう。精孔を開くのに1ヶ月か2ヶ月かかるとして、そこから纏、練、絶に1ヶ月くらい時間をかけると、水見式までいくのに3ヶ月近く時間が必要になる。
シャルやアルト、マチやパクノダなんかはコツを早く掴みそうだ。一番厄介なのはクロロか。変なこだわり持っちゃいそうで怖い。
他はあたしの見立てだとセンスは悪くないはず。

メニューどうしよっかなあと考えてると携帯が震えた。――イルミからだ。
メール本文に書かれた素っ気ない文に素直じゃないなと笑みを浮かべて携帯を仕舞う。



「じゃ、夜にでも詳しいこと話そう」

「おお。仕事か?」

「うん。4歳になる次男の様子見と、9歳になる長男のワガママ」



わざとらしく肩を竦めると、ライデンから同情の眼差しをプレゼントされて一気に不快指数が跳ね上がった。
胸くそ悪いと正直に言ったところ、ライデンが膝を抱えるという誰得な状態が生まれてしまってもうどうすれば良いのかわからない。とりあえず「確かに最近臭ってきましたが洗濯物分けるレベルじゃないんで大丈夫ですよ!」とフォローどころか傷口に濃硫酸流し込むようなマネをするのは止めようエマ。ライデン泣いてんじゃん。



「……いってくる」

「あ、はい。気を付けてくださいね」

「うん。エマも……その、発言には気を付けてな」



首を傾げるエマに全て諦めてさっさとここから離れることにする。
クロロに「出掛けてくるー」と叫ぶと不満げな顔をしていたが、文句を言うことはなかったのであたしは教会を飛び出した。




△▽△▽




「お帰りなさいクレアちゃん!」

「き、キキョウさん……本日も、大変眉目麗しゅうござ、ゔっ」



衝撃で息が詰まる。見事なボディーブローだ。さすが暗殺一家の妻。なかなか鍛えていらっしゃる。
抱き締めてくるのはいいけれど、頸動脈を圧迫してくるスコープが地味に痛い。タップしたいけど床が遠い。



「私のことは、お母さんでいいって言ってるじゃない! さあいらっしゃい、昼食の準備ができてるわっ」

「え、あの、ちょ」



そのまま引き摺られるようにして廊下を歩……歩けない。あの、スピード落としてもらえませんかね。あたしの首が持っていかれそうなんですけれども。
食堂へ向かう最中、キキョウさんのマシンガントークを聞き流しながらどうか首がもげませんようにと祈る。そうして見るからに重たそうな扉を開けると、キョトンとした長男と次男があたしを見つけた瞬間わらわらと寄ってきた。



「クレア、来てくれた」

「そりゃね……って、おっも……! ミルキ重いっ身詰まりすぎ!」

「そんなことない!」



キキョウさんから解放され、飛び付いてきたミルキを抱き上げる。
そんなことないって言う割りには重すぎるだろう。絶対食い過ぎだ。将来太るぞ。
すると、今度はイルミが背中に飛び乗ってきた。若干首が絞まってるように感じられるが、この家はあたしの首に何か恨みでもあるのか。
されるがままに放置しているあたしの首筋に、イルミの息がかかってくすぐったい。
この子長男だもんな、もしかしたら甘えたいのかもしれないと思っていると、いきなり首に痛みが走って悲鳴を上げた。



「ちょっイルミ、痛い。痛いっての。こら離せクソガキ」

「クレア、血出た」

「お前、噛んだろ。絶対に噛んだだろ今」



イルミもミルキも地面に下ろす。痛みを訴える首筋に手をやって見てみると、うっすら指先に赤が滲んでいた。お前いったい何がしたいんだよ。
遊んでと言わんばかりに、あっちへ引っ張りこっちへ引っ張りを繰り返す子どもの額へ容赦なくデコピンを炸裂させて強制的に黙らせる。
額を押さえて踞る二人に勝利を確信し、やっとあたしのもとにきた平和を噛み締めながら椅子を引いて座った。
久々に顔を見たシルバとゼノがニヤニヤとした笑みを浮かべて「いいお姉ちゃんだな」というとんでも発言をしたので「止めろ」と即座に突っ込んだ。



「あたしは絶対に養子になんてならないからな」

「ふむ……女孫ができると余生を楽しみにしとったのに残念じゃのう」

「余生とかいうけど絶対後60年くらいあるよね」

「オレも娘ができると思ったんだが」

「シルバとは10歳差だろ。よくても兄妹だろ、おにーちゃんとか」



あたしの言葉にシルバが軽く目を見開いた。それに関しては気にもせず、あたしはただ前に並べられた料理に目を走らせる。すっごい美味しいのに、これ殺人料理なんだよな……と慣れてしまった現実に何だか悲しくなりながら、イルミとミルキが席に着いたタイミングで手を合わせ、毒入りの食事に手をつけた。



「クレア」

「ん?」



やけに真剣な顔をしたシルバがあたしを呼ぶ。
「さっきの話だが……」と続けたので、首を傾げて先を促すと、咳払いをして口を開いた。



「お前がいいならオレの妹だって」

「却下。断じて受諾しない」



誰が好き好んで暗殺一家の家長の妹になるんだ。
まだ諦めてなかったのか。しつこいぞお前。という意味合いを含んだ視線を投げると、若干傷付いた顔のシルバと目があってしまって時が止まった。……とりあえず何も見なかったことにする。

あ、これ美味しいと別のことを考えて現実逃避するあたしの隣で、ゼノがシルバの肩に手をおいて必死に励ましているという微妙な構図が嫌でも入ってきて居たたまれなくなった。



「……ごちそうさま」



結果、あまりの気まずさに10分そこらで食事を切り上げ、あたしは周りの制止を振り切って広間を飛び出すことになった。欲を言うともっと食べたかったけれど、あたしの胃と精神が悲鳴をあげている。ご飯ありがとう、とても美味しかったです。



そんなこんなで地下の拷問室へ逃げ込んで30分。あたしを探しにきたらしいイルミがついでにここで念の訓練をするとのことなので、それに口出しすることもなくボーッと眺める。


(クロロたちにどう教えようか)


体力や筋力のトレーニングはこの家でやったことをアレンジしたり、本を読んだりしてメニューを組むことができた。だけど、念に関してはまだまだ未熟だ。あたしにもわからないことが多いし、変な先入観を植え付けてしまっては元も子もない。



「ねえ、イルミ」

「なに?」

「イルミはさ、精孔無理矢理抉じ開けたの?」

「ううん。父さんが危ないからって」

「じゃあ、ゆっくり開けたのか……それってどれくらいかかった?」

「……オレといるのに、別の人のこと考えてるの?」

「……たまーに思う。お前はあたしの何なんだ」



何この子。たいした関係でもないのにすごい独占欲。
思わず嫌悪感露に呟くとイルミがむくれた。いや、だってさあ……何、その支配欲。しかも、赤の他人という関係しかないあたしに向かって。
少し気に障ったので嫌味ったらしく練が乱れてることを指摘してやると、イルミは慌ててそれを引き締めた。



「あーっとね。今度、念を教えることになったんだけど。イルミはどれくらいかかったのかなって参考程度に」

「ふーん。まあ教えないけど」

「こいつ……」

「だって、それを言ったところで変わらないでしょ? オレと、その教える相手とが同じように開くとは限んないし」

「んー……そうだな。それもそうか。ありがと。因みにまた落ちてるよ」

「……うるさいな」



疲れただけ。そう言って練を解いたイルミがあたしの隣へ座った。
流れた汗を拭ってやると、何を考えてるのかいまいちよくわからない瞳と目が合う。クロロとは違う、真っ暗な目にじっと見つめられるのは居心地が悪い。
何かを訴えてるのだろうか。



「言いたいことある?」



勘でそう聞いてみる。するとその問いに小さく頷いたイルミが「堅について」と口にした。
どういうことか詳しく聞くと、攻防のバランスが悪いそうで、いまいち"堅"というには微妙だとシルバに言われたらしい。
とりあえず練で生み出せるオーラを増やそうとしているのだがそれでいいか確信が持てず、どうしたらいいかわからないそうだ。

顎に手を添えて考える。
堅……纏と練の応用技で、通常よりも遥かに多いオーラによって肉体を強化する技術。あたしはなんとなく使ってるし、きっとライデンに聞いてもそうだろう。
人にキチンと教えるとなると、それを正確に理解しないといけないなと考え、あたしはイルミを見た。



「あたしなりの考えなんだけど……それでもいい?」

「うん」

「堅ってさ、練と纏が同等……つまり、釣り合って初めて現れる状態だと考えればいいんじゃないかな」

「……どういうこと?」

「あたしは、練の力の方が大きかったり纏の力の方が大きいとかだと、安定した攻防力っていうのは長時間保てないと思ってる」

「つまりはバランスが大事ってこと?」

「うん。練によって多量のオーラを生み出すことも大切だけど、それを留めておける纏がなかったら、それはただオーラを放出させてるだけでしょ?」

「両方鍛えないと、強固な堅は成り立たない」

「そういうこと」



納得したような顔が見れてホッとする。一応ゼノとかにも聞いてみて、と念を押して頭を撫でた。
薄く笑って聞いてみる、と出ていってしまったイルミに倣ってあたしも地下から地上へと戻る。ちょっと血生臭いんだよな、あそこ。

新鮮な空気を吸って壁にかかった時計を見ると、今から歩いて帰ると丁度いい時間に流星街に着けるような時刻だ。


(どうしよっかなあ)


ミルキの様子も見たし(あれは将来気を付けないと大変なことになる)、イルミの悩みも解決したことだし帰ってもいいかもしれない。



「……帰るか」

「帰るのか」

「う、わ……ビックリした」



いきなり背後から声がかかってその場から飛び退く。
あたしの反応にふっと笑ったシルバが、用事かどうかを聞いてきたので正直に首を振って否定した。


「やることなくなったし」

「そうか……。そういや、クレア。最近仕事に失敗したらしいな」

「うるさい。そこをつつくな」



いったいどこで知ったのだろうか。
気恥ずかしくなって唇を尖らせる。あたしだって人間だと矢継ぎ早に言うと喉で笑われた。
その反応になんだか釈然としないままむっとしてシルバに背を向けると、「まあ、待て」と腕を引かれて分厚い胸板に顔面(主に鼻)をぶつけた。



「何」

「あまり気にするな」

「……もしかしなくても励まし?」

「沈んでいたと聞いてな」

「うん、すっごい沈んだ。自分の未熟さが情けなくて血反吐撒き散らして死にそうなくらいには」



当時思ったことを素直に述べると、困った顔をしたシルバが「お前らしいな」と頭を撫でた。
確認するように「今も引きずってるのか」と問われて言葉に詰まる。
どうだろう。あたしはまだ、あれを引きずってるのだろうか。



「わからない」



自分が弱いことを自覚して、予想外に動揺したことに狼狽えて、クロロに助けられたことを情けなく思って、それでこのままじゃダメだという考えに至った。
自分なりにやらなくちゃいけないことを決めたのはあの失敗がきっかけだし、そういう意味ではあたしは引きずってるのかもしれない。



「だけど、しなきゃいけないことは見つかった。今はそれを消化中」

「そうか……お前は強いな」

「全然。悩んでばっかで嫌になる」

「それでも地面に這いつくばったままにならず、前を向くことは大事だ。もちろん過去の失態を忘れずにな」



そう言ったシルバになんて返したらいいのかわからず、視線をさ迷わせる。
「どうかしたか」と尋ねられてしどろもどろになるあたしを訝しげにシルバが見つめた。



「えっと、」

「ああ」

「し、心配してくれて、ありがとう。おかげでちょっと……元気、でた……かも」



面食らった顔をしたシルバにものすごく恥ずかしくなり、緩んだ手の一瞬の隙をついて全力で逃げた。
多分あたしの選択というか言葉選びは間違ってない。間違ってないはずだけど、素直に礼を言うのは恥ずかしい。

試しの門を蹴り開けて早々に山を下る。
途中の川で火照った顔を冷やそうとしたが、水面に映った顔は柄にもなく真っ赤だった。……なんだよ、この顔。バカにしてんのか。
自分の情けない顔を睨むことも飽き、ため息をついて地面に寝転がる。流石に水が冷たかったせいで頬がじんじんするが、逆にそれが気持ちいい。


(立ち上がれたのは、本当にあたしの強さでいいのか)


断言するには経験が足りない。推測するには味わったものが少ない。
でも、もし、シルバの言う通りに過去を受け止め、自分の弱さを理解して前をキチンと向くことが強さだと言うなら、今のあたしは成長してるだろうか。ちゃんと、クロロたちとライデンを守れるくらい、強くなれるだろうか。









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後書き

これにて『僕らのヒーロー』第三章が終了いたしました。
10話構成で、やりたいことをやりたいだけ書きなぐっていますが、楽しんで見ていただければ幸いです。
今回は姉様の油断による仕事の失敗がメインになっております。
プライドはまあ高い姉様の失敗です。本当はそんな予定じゃなかったんですが、いつの間にか調子に乗って失敗してました。
個人的には自分の欠点を理解し、それを直す人は精神的に強い人だと思います。短所を理解してる人は多くても、直す人は少ないのではないでしょうか。

とまあ、それはさておき。
この章でもオリキャラのライデンが出張ってきてます。でもその分他のキャラとの絡みも作れたと思っています。
竜族のティナについては詳しい解説を後程別ページでしたいと思っておりますが、簡単にいうと念と自分の種族の特性による自己変化能力です。


長くなりましたが、こんな感じで後書きとさせていただきます。
今後も『僕らのヒーロー』をよろしくお願いいたします。


2013.12.12 鹿乃桃歌