僕らのヒーロー | ナノ






「あのな」

「うん」

「別にティナが戦闘狂でも快楽殺人者でも変態でもなんでもいいと思う。むしろ個性として大事にすればいい」

「やった」

「やったじゃない。話を聞け」



思い切り握り締めた拳にオーラを纏わせティナの頭へ振り下ろす。
目をつむって肩を跳ねさせたクロロがあたしの視界に入った。
「痛そうな音……」と自分の腕に包帯を巻いたマルクスが呟く。



「飽きて周りに八つ当たりするのやめろ」

「だって、後始末は私に一存するって言ったじゃない」

「誰もあたしたちを殺せなんて言ってないだろ」

「殺してませんー火傷ですう」

「火傷どころじゃないだろ完璧熔けただろ!」

「まあ、落ち着けってクレア」

「ライデンは黙って死ね」



屋敷から文字通り命懸けの脱出を果たして1日、ライデンはケロッとした顔で目覚めた。
ティナのせいで焼き爛れたあたしの左腕とマルクスの足を見て「ハロウィンはまだだぞ」と言ったあの髭面をあたしは一生忘れない。末代まで祟ってやる。

あたしの念がギリギリ発動したのは運がよかった。カンヘルの守護対象がクロロとライデンだったために、二人にはこれといった怪我はない。もちろん加害者であるティナにもかすり傷一つない。
ちょっとあたしとマルクスが痛い目みただけ(ニアファミリーが消失しただけ)で、皆生きてる。

ふう、と息をついて反省の色がみえないティナを視界から外す。
もう生きてりゃいいやと投げやりに吐き捨てたあたしの声を拾ったティナが、「うふふ」と笑って立ち上がった。



「それじゃあ、私、戻るわね」

「うん。治療費振り込んどけよ」

「あら嫌だ。現金な人」

「あたしがこれで済ませたんだからマシに思えキチガイ」



対して傷付いてなさそうな顔で酷いと言ったティナが、今度こそドアの向こうへ消える。



「さーて……どうすっかなあ」



ライデンが背もたれに体重を預けた。
……正直、今回の目的は果たせなかった。果たせないだけならマシだったのに、さらに不味いことになってしまった。



「本当、すまない」

「あ? 別にしゃーねーだろ」

「そうそう。よくライデン抱えて走り回ったよな。重いだろ、これ」



普段と変わりなく笑うマルクスに頬の肉を噛む。
マフィアを一つ消したことは、すぐに他のところにも広がるだろう。
確証ないまま忍び込んで捕まったあたしとライデンを助けるために、コルティオは一つのファミリーを消した――周りの反応はこうだ。
もとからいいように思われていなかったのに、余計に彼らの立場を悪くしてしまった。



「……ごめん」



ライデンにしても、あたしがヘマをしたせいでその身がバレてしまったに違いない。教会のことも、じきにわかるだろう。
考えれば考えるほど申し訳ない。
どんな顔をしたらいいかわからず俯くと二人の呆れたようなため息が聞こえてきた。



「クレアの言う通り、俺んとこのファミリーの将来的損害は確定した」

「……コミュニティ内の発言力は失墜。もちろん、流星街住民による私的制裁の対象になると思う」

「でも、正直どうでもいいのが本音」

「は?」

「そんなに気にするんだったら俺のためにずっと働いて。今回の失敗ちゃらにするのが条件で、俺の手足になるとかどう?」

「……!?」



ニヤリと口角をあげたマルクスが巻き終わって余った包帯を放り投げる。
……意味がわからない。というよりも、どうでもいいのに失敗した見返りはきっちり頂くのか。汚いさすが大人きたない。

そうして唖然とするあたしの目の前に小さな影がかかる――クロロだ。若干殺気だってるのは気のせいだと思いたいが、ライデンの面白そうな顔を見る限りマジらしい。そしてマルクスも、さっきの発言を撤回する様子を見せないところをみると、割と本気の発言らしい。



「その契約はオレが受けるべきだ」

「何で? クロロくんは今回のことと全く無関係でしょ」

「ここに知らせてマルクスをあの屋敷に向かわせたのはオレだ。お前を行かせなければこんなことにならなかった」



だんだんライデンの顔が(笑いを堪えるために)歪んでいく。
マルクスもマルクスだ。お前には力がないから無理とでもいえば一瞬なのに、あえてそれを言わずに楽しんでいる。
二人とも、あたしが今の……このなにも言えずにいる状態を目一杯遊びやがって……!
今すぐあの二人を殴りたい衝動に駈られるが、これはどうやってもあたしが悪い。全面的にあたしが悪すぎる。我慢するんだあたし。



「んーでもさあ、結局クレアは失敗してうまく情報を引き出せずに教会へも帰って来なかっただろ。どのみちクレアやライデンとは定期的に連絡とってたし、その時がきたら俺は動いていた」



間違ってないよな? とライデンに投げ掛けたマルクスの肩が震えていたのをあたしは見逃さなかった。ライデンは「俺様何も言わなーい」と完璧に傍観姿勢に入っている。
はあ、とため息をついて「いい加減遊ぶな」と二人に言おうとすると、不気味な笑い声が部屋に響いた。



「く、クロロ……?」



ライデンともマルクスとも違う声。どう考えてもこの声は目の前にいるクロロから発せられたものだ。
まさか、吹っ飛ばされた衝撃でおかしくなった? と危ぶんで眉をひそめる。一発叩けば治るだろうか。
そんなあたしの思惑なんざ露程も知らないクロロが、くくっと年不相応な笑い方をして「それは違うな」とマルクスの前言を否定した。



「クレアは失敗していない」

「はい?」

「教会に戻らなかったのも、全てあのファミリーを出し抜くためのトラップだ」



はっきりそう言ったクロロにあたしの頭が停止する。
……いったい何を言ってるんだろうかこの子は。
あたしはもちろんあれを失敗だと思ってるし、他に案があったわけでもない。クロロの言う通りトラップなんぞを仕掛けた覚えもないし、なによりそれをクロロに言うとかありえない。つまりはクロロの言うことはただの出任せだ。



「朝になってもクレアとライデンが戻らないことを条件に、まずはロイドに連絡すること。そのあとはロイドがマルクスへことを伝えるようになってた」

「えっ」

「だが、ここで問題が起こった。運悪くロイドが別大陸にいることで実際にクレアやライデンと行動がとれない事態になった。もちろんマルクスへの伝令もできないから、オレはここまで来たんだ」

「え、ちょっ、じゃあ、何であんな焦ってたの」

「当然その作戦の大まかな内容が伝わってると思ってたし、連絡つかないだなんて当事者の口から聞こえたら悪い考えしかでてこない」



ぐ……っとマルクスが押し黙った。「マジなわけ」とマルクスは信じられないような声色でライデンに聞くが、ライデンは相変わらず笑いを堪えた顔で「ノーコメント」と言うだけだ。



「クレアの計画は順調だった。だけど、オレの判断が全部狂わせた」

「……、」

「責任はオレにある。クレアは失敗してないし悪くない」



マルクスの視線があたしに向く。待て、そんな目で見られても困る。あたしだって混乱してるんだ。考える時間をくれ。
……さて、いったいどうするべきだろうか。
とりあえず立ち上がってクロロの頭をポンポンと撫でる。



「ははは」



結果、否定も肯定もしないという微妙な乾いた笑みをくれてやることにした。
困ったときの苦笑い。困ったときの時間的解決法だ。



「クレア、帰ろう」




ぐいっとクロロがあたしの右手を引く。
ライデンは何も言わない。マルクスはあたしを凝視したまんまだ。
わざとらしく肩を竦めて「いい?」と尋ねる。
数秒の無言の後、椅子をくるりと回してあたしたちに背を向けると、「もう帰って好きにしろよ」と拗ねながら返してきたので不覚にも顔が綻んだ。



「あ、弟怒んなよ」



もちろん、あたしがそんなことするわけがない。
クロロに引かれるままマルクスの部屋を出て歩く度に軋んだ階段を降りきると、後ろの方でライデンが爆笑する声が聞こえて、その次にマルクスの怒鳴り声が響く。



「いつ思い付いたわけ」

「マルクスのやつがクレアに働けっていったあたり」

「その言い方やめろ。ニートみたいだろ」



悪びれた様子のないクロロに血の繋がりを感じてなんだか将来が心配になった。……育て方を間違えただろうか。
鼻歌でも歌いそうなクロロの後にひたすらついていき、その道が前に一度だけ教えた抜け道であったことを知って驚く。やっぱりクロロもろくな人間にならないなと諦め半分期待半分の気持ちで眺めていると、そんな視線に気が付いたクロロが怪訝な顔して立ち止まった。



「なんだ」

「別に。怖い子どもって思ってさ」

「……クレアもそんなに変わらない」

「あたしはできていないことをさも当然のように言いません」

「……? これからやるんだろ?」



今度はあたしの動きが止まる。
今なんつったこのクソガキ。
クロロの言葉に呆気にとられていると、矢継ぎ早に「スパイの詳細」と口を開く。



「まさかクレア限って、失敗をそのままに間引き当日――なんてこと、ないだろ?」



さも当然のように言い放ったこの弟を殴らなかったあたしを誉めたい。言ってることは無茶苦茶だが、確かにこのまま黙って引き下がるのは釈然としないし、何よりあたしのプライドが許さないので黙って頷く。
というよりも、普段ならさっさとその考えにいきついていたはずなのに、弟であるクロロに言われるまで何も考えてなかったことを自覚させられたのが腹立たしい。
自分がまだ未熟であることと思っているより精神的に弱かったことを再確認。ついでにクロロが今のあたしを見てほくそ笑んでることもわかった。



「――そういう作戦だっただろ」



「言われなくてもそのつもり」と口を尖らせて言うと、クロロはそんなあたしの心中を察して「流石」と一言だけこぼした。