僕らのヒーロー | ナノ





バイブレーションで震動する携帯は無視。ついでに落ちたカラコンも無視。前者はどうせネテロからのろくでもない依頼に決まっているし、後者にいたっては洗浄液もない現状で地面に落ちたカラコンを再び目にすることなんて自殺行為にも程がある。
昏倒させた男の胸ぐらを漁って名刺を取り出し、ロックを解いて探った携帯も「ハズレ」と放り投げた。
少々乱れた衣服を正し、男を厳重に縛ってベッドの下へとくくりつけた後は足早にその部屋を退散して今まで得た情報の整理を行う。

コルティオファミリーにエスとして紛れ込んだやつの情報は、まだ手にいれてはいない。だけど、トグラフファミリーと裏で手を組んでいることはわかった。裏切り行為の証拠ファイルは手にいれたけれど、それも今回の目的とこれといって関係がある訳でもなく精々マルクスが直々に落とし前をつけさせるための正当な理由になるくらいだろう。
さっきまで忙しなく震えていた携帯を取り出し『進展なし』というメールをライデンに送ってパーティーバッグに仕舞う。
使われるはずだった睡眠薬が底の方で眠っているのが見えてため息をついた。


(油断大敵だった)


まさか、アダルティックな方向に持っていかれるとはあたしも想像していなくて。睡眠薬を使う間もなく押し倒されたことを思いだし、肩を抱き締める。
ズキズキと痛む頭を押さえ、ライデンにバレたらタダじゃ済まないな、と自分の甘さに反省するのと同時、男なんてちょっと胸元見せつければイチコロよ、なんてバカがつけあがるのも大概にしろと言われそうな考えを頭の片隅に置いて余裕綽々に曲がり角を曲がった。すると案の定、バカなあたしの死亡フラグを建てるが如く、背後から何かがぬっと這い出てきてあたしの鼻と口を同時に塞ぐ。



「っ――んん、!」

「大人しくしろ」



本当、油断大敵。
いくら念が使えるとはいえ、あたしが女子どもであり、鍛えられた男の筋力に勝てないということは生物学上変えようのない事実。現に後ろから両腕を手早く拘束され、身動きが取れなくなってしまった。
パーティーという軽装での潜入捜査だったために、いつもの仕込みナイフもブーツナイフも手元にない。


(だいぶ勘が鈍ってるわー……)


センスも勘も、今までで最低ランク。
さて、どうする。と無線機で仲間と連絡をとりだした男があたしの髪(ウィッグ)を掴んで落とす。「クリス=ロイロードだ」と名前まで明かされて、どうすればいいかわからず冷静になる頭とは正反対に、うるさく心臓は脈打つ。



「コルティオのヤツが気付かれてるぞ。どうするだ?」

『……消せ。もしくは始末しろ』



無線越しの会話が耳に入り、自分が現在どんだけヤバイ位置に立ってるかを把握。後に解決策がこれといって弾きだされないことに絶望する。
そりゃあ、ちょっと調子に乗ってる風ではありましたけど、でもこんな状況になるとわかってたなら自粛してましたよ。などと絶対にありえないことをうだうだ並べ、平静を保とうと努力した。
パーティーが終わるまで6時間弱……ライデンと定時連絡をとるのが2時間後。はたしてあたしはどうなるのだろうか。




△▽△▽




ガシャン、と音を立ててしまった鋼鉄製の牢獄のドアを半ば放心して眺める。いや、あたしは断じてドアを見ているんじゃない。その鉄棒と鉄棒の間から見える遠くの視界を唖然として見ているのだ。



「……まぬけ」

「お前もな!」



大きな音を立てて鉄柱を掴んだまぬけが叫ぶ。
頭を抱えてどうしてこうなったと嘆いたあたしの声を拾ったのは、毎日顔を合わせる髭面だ。



「なんでこんなことになってるんだ」

「そりゃあこっちの台詞だ」

「……胸のでかい女に現を抜かしたか」

「あながち間違いじゃない」

「このファッキン髭野郎」



かけられた手錠の音が虚しく響いて一層悲哀を醸し出す。
捕まった理由が色欲とか熟考(と油断)だなんて、本当に笑えない。
ギリィッと奥歯を鳴らして自分の未熟さを呪った。



「一応聞くけど、つけられてた?」

「それな。思い当たる節を洗ってみたが、どうも該当することがねえ」

「それは激しく同意……。鈍ってたにしろ、つけられるようなヘマはしなかったはず。シルバも何も言わなかったし」

「じゃあ……考えられんのはマルクスのヤツも知らず知らず嵌められたっつーことぐらいか?」

「えー……でも、ニアのボスは言うほど頭が切れる奴じゃなさそうだったけど」

「だよなあ」


拘束されたままガシガシと頭を掻いたライデンのセットが崩れた。
そのまま無言。ひたすら沈黙してお互いを凝視する。別に脱出方法や今後の予定が皆目見当つかず黙りこんだわけじゃない。ちょっと思い付かないだけで。



「……」

「――……」



これは本格的にヤバイんじゃなかろうか。
捕まってしまったのは想定外だが携帯が取られるのことは想定内。これはむしろ別にいい。あたしのもライデンのにもパスワードが幾重にもかけられているし、取られなかったら取られなかったで逆に怖いし。


(どうする。何か手は……)


武器はない。代わりになりそうなものも見当たらない。牢は鋼鉄製で手錠も同じ。周りは合金ときた。見張りは外に2人でこっちの念に素早く反応するために当てられたのだろう。精度は低いが円で動きを監視されているおかげで下手な動きはできない。

分析すれはするほど退路が断たれ、躍起になって壁を蹴った。


早くしないと取り返しがつかなくなるという思いばかりが先走って、頭がうまく働かない。

もし、だ。あたしたちが教会に帰れなくなったとき、マルクスたちは知り得る全てをクロロたちに話すのか。いや、マルクスが話さなくても、エマが言ってしまうかもしれない。これが一番怖いのだ。
間引き当日なら、ユウトやシルバのヘルプが入る可能性が高い。けど、事実を知ればあの子達は後先考えずにニアファミリーへ襲撃する……念も使えない子どもが、こんなところに。
そうなったら、誰もあの子達を守ることができない。ただ、嬲られ甚振られ首足処を異にされる未来が安易に想像できる。

ぞわり、と鳥肌がたってあたしは腰をあげた。こんなこと、してる場合じゃない。
四肢がもげようと皮膚を剥がされようと全身が炎で炙られようと、考えるべきだ。なにより、クロロを危険な目に合わせたくない。

とそこで、まるで舞い降りてきたかのようにあたしの頭の中である考えが閃く。



「――一つ、案がある」



不思議そうな顔があたしを見た。
幸運なことにパーティーバックは室内に残されたままで、視界に入るところにある。携帯は取り出されてしまったが、他が出されたようには見えなかった。



「ライデンの念能力で、あれをなんとか発火させてくれ」

「……本気で言ってんの、嬢ちゃん?」

「見張りの念能力の精度はかなり下だ。隠では感知できないと思う」



明らかに動揺した空気が漂う。
あたしはライデンが操作寄りの具現化系能力者だってことしか知らない。発もわかってない。だからこそ、ライデンにいきなり言ってそんな芸当ができるとも思っていない。けど、これしかないのだ。



「……確かに俺様はほとんど操作よりの具現化系だ。水とかの温度は多少上げたこともある。けど、火とか扱ったことはもちろんオーラをそんな使い方したことすらねーの。9割近い確率でできねーの目に見えてんだろ」

「じゃあ、残りの1割弱の可能性に目をつむり、あの子達が死ぬのを待ってるのか」



正論にぐっとライデンが押し黙った。無茶苦茶を言ってるのはわかってる。もとはといえばあたしの責任で、ライデンにこんな身勝手なことを言うのはお門違いだってのも重々承知だ。
だけど、あたしの念能力は隠でカバーしきれない。そもそもこんなことに使える念でもなければ人物にしか作用しない。白龍みたいな移動系も存在するが基本はあたし一人しか移動できない。



「ライデンはともかく、あたしを始末するには向こうも慎重にならなきゃなんない」

「おい。さらっと酷ぇこと言ってんだろ」

「その猶予の間に、なんとかしてほしいんだ」

「待て。話を聞け」



ため息をついてライデンが立ち上がり、パーティーバッグをびしりと指差す動作を追う。「ポリエステルだろ、あれ」と小さく呟いたライデンに頷き、あたしは「問題ない」と口を開いた。



「目的は中身」

「中身?」

「メイク道具に化粧水……それから小ぶりだけどスプレー缶が一個。よく燃える上に下手すれば爆発。牢の破壊は無理でも爆発の衝撃に見張りが動じた瞬間、念を使っての脱出は可能だ」

「そりゃあそうかもだけど、爆発までが問題だろ。化粧品の中に炭酸プロピレンが入ってたらどーすんだ。最悪、酸化プロピレンの中毒で死ぬぞ」

「なんのための化粧水だ。水分のあるところでは炭酸プロピレンは二酸化炭素とプロピレングリコールを生成する。問題ない」

「じゃあ二酸化炭素は? 俺様、さすがに光合成とかムリよ」

「不燃性のマグネシウム合金開発されてからというもの、合金にはマグネシウムが含まるようになった。マグネシウムと二酸化炭素は反応する……二酸化炭素が増えれば効率よく化学反応を起こしてくれるだろうな」



説明し終えて額を流れた汗を拭う。こんなに酷く疲れるとは思っていなかった。
なんとか脱出の光は見え、あとはライデンができるかどうかにかかっている。
そんなあたしの思いをわかってるにも関わらず、ライデンは「不安要素が多すぎる」と眉間にシワをよせて腕を組んだ。
その意見にはあたしだって全面的に同意で。下手すりゃバッグの中で予想外の劇薬が気化する可能性だってあるし、思ったより早く二酸化炭素中毒を引き起こすかもしれない。



「頼む、ライデン。小規模被害で脱出するにはこれしかない」

「……マジで言ってんだな?」

「こんな状況でふざけるほど腐ってないよ」



再び流れる静寂。観念したように後ろ向きに倒れたライデンの身体に本当に僅かなオーラが纏い、ゆっくりと地面を這っていく。
……外の気配に異常はない。



「バレたら全力で誤魔化せよ、バカ」

「そっちこそオーラ調節し損ねて倒れんなよ」









じんわりと汗ばんだ手を握り締めて思いっきり深呼吸。
心臓の音がやけに大きく聞こえてあたしはぎゅっと胸を押さえた。


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追記と解説

首足処を異にす-首を切られて、首と足とが別々になる。体を二つに切られて殺される。


炭酸プロピレン-無色無臭の液体で可燃性があり、刺激性で、吸引すると有害。化粧品に含まれてることがある。高温では分解し、二酸化炭素と酸化プロピレンを生成する。ただし水分のあるところでは分解して二酸化炭素とプロピレングリコールを生成する。(Wikipediaより抜粋)

酸化プロピレン-常温では無色でエーテル臭を持つ可燃性液体。ジエチルエーテル、エタノールなどと任意に混じり合い水にもよく溶ける。毒性・麻酔作用があり、皮膚に接触すると薬傷を生じる。また、沸点(34℃)、引火点(−37℃)ともに低いため、非常に引火しやすい。(Wikipediaより抜粋)

プロピレングリコール-低用量では生物への毒性が低く、また無味無臭。(Wikipediaより抜粋)

マグネシウムと二酸化炭素の反応-金属マグネシウムは二酸化炭素中でも燃焼が可能。その際二酸化炭素は還元されて炭素の粉末になる。
CO2 + 2Mg → C + 2MgO

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裏話と注意点

こっそりいうと、題名が考え付かずキツイです。六文字固定のおかげでワンパターンですごめんなさい。

そしてここでご注意を。
化学的な部分は基本ネットと高校教科書程度の知識が大半なので、間違ったことを書いてると思われます。むしろ融点、沸点、引火点、発火点その他もろもろの因子を完全無視していますので信憑性は低いでしょう。管理人も学者じゃないので詳しいことはわかりません。(ならば書くなよって話なんだけどネ……)
ですので、「へー、こういうのもありなんだ。ふーん」程度に閲覧してくださるとありがたいです。