僕らのヒーロー | ナノ




暴君、クレアの仕事内容若干がわかってから3ヶ月。
相変わらずクレアはその仕事を続けているようで、俺としてはすごく心配で仕方がない。だが、クレアにそれを言ったフィンクスが蹴り倒されたのをこの前見たので、俺は何も言わないことにする。



「この堅物が。何故それがわからないんだ糞野郎!」



両手でパソコンのキーを叩きながら肩に電話を挟んだクレアが、苛立たしそうに舌を打つ。
左右で荒々しく文字列を打ち込んでいくところを見ていると、どうやら話が上手くいっていないらしい。
クレアが外で盗ってきたというプリンを口に運んだ俺は今後の展開を推測し、クレアの電話相手へ心の中で合掌した。



「だからね、お前らはあたしに黙って従えばいいのさ。現代の技術でブラックボックス化したあたしの機械は改良・破壊できないし、もちろんさせない。あんたたちが今できることは、あたしに媚びへつらい、従順し、頭を垂らせることだろう。あたしの機嫌が変わらないよう、せいぜい精進しろ。でなければ依頼は受けないし、協力はしない。立場をわきまえろ糞虫が」



そう言って通話を終了したクレアは、再びパソコンの画面とにらめっこを続けている。
……こういうところが(人として)心配なんだといえば、殴られるだろうか。


(うん。聞くまでもないな)


高飛車且つ高圧的な態度。俺様気質で完璧主義。
ライデン曰く、普通はあれではやっていけないらしい。アイツが頭を抱えるレベルであるのだから、クレアの態度は間違いなく心配するレベルにあるのだろう。
それでも、そう言うだけの実力があるのだからある意味尊敬はできるが。



「クレア」

「何」

「態度が悪い」

「能無しが悪い」



鼻で一笑したクレアが再び震えた携帯を挟み、「もしもし?」と通話口の向こう先へ話しかける。
穏やかな声色に今度は大丈夫だなと安堵して、食べかけのプリンに口をつけたが、すぐさまクレアのドスの効いた声が聞こえてきて、気管へプリンが滑り込んだ。


「だから、付き合わないっつってんだろーが糞ジジイ。さっさと死ね」



声色は機嫌が悪いようだが、話している表情はそう言っていない。
ライデンと言い合っているときのような、気心の知れた友人と冗談半分に暴言を吐くような感じで、そこに一切の嫌悪は見えない。
「あと50歳若かったら付き合ってやるよ」と一笑したクレアが手を止めて立ち上がる。



「場所は?」



どうやら仕事らしい。
パソコンと周りの書類をリュックに入れたクレアが、相槌を打ちながら眉を寄せる。
近い、と愚痴を溢したのをしっかり聞いた俺は、プリンを味わうのも程々にクレアへ近付いた。



「クレア、約束」



俺の言葉にクレアがばつが悪そうな表情で視線を泳がせる。



「あー……また今度とか」

「嫌だ」

「ですよねー」



頬を膨らまして即答した俺に目をやり、ため息をつくクレア。そもそも、昼から護身術を教えてくれると言ったのはクレアで、それを勝手に反故するのはどうかと思う。
クレアはそのまま悩むように顎に手をやった。
暫くしてクレアが肩を竦める仕草をし、仕方なさげに口を開く。



「一人連れてっていい?」

「え、」



通話口の向こうから若い男の笑い声と年老いたような男の含み笑いの次に、それを二つ返事で了承する声が聞こえてきて驚く。
いや、それよりも、クレアが俺を仕事場へ連れていくということに動揺を隠せない。
どういう風の吹き回しだと服の裾を掴めば、困ったようにクレアが笑った。
そうして二、三言話して通話を切ったクレアが、リュックを背負い直して俺の手を掴んだ。



「答えは二つ。行くか行かないか」

「行く」

「よろしい。ライデンに言っとくから、盗った服に着替えてこい」



頷きを返し、階段を急いでかけ上がる。心配ないと思うが、そうしなければおいてけぼりを食らいそうだと感じたからだ。
部屋の隅に畳んで置いてあった新しい服を取って袖を通し、上からファー付きのコートを羽織った。




△▽△▽




流星街二区にある、コルティオファミリーというマフィアの塒から、クレアが所有している比較的小型の飛空船に乗って2時間と少し。
地図ではアイジエン大陸の南部に位置する都市、コクーンの中心部にそれは存在する。
世界最大の蔵書数を誇るランディカルト図書館(通称LC)――クレアの仕事場はここなのだろうか。
スーツにサングラスをかけたクレアが腕時計で時刻を確かめるのを横目に、俺は初体験となる外の世界に胸の高鳴りを感じていた。



「クレアちゃん。こっちですよー」

「遅い」



にっこりと人のいい笑顔を貼り付けたクレアが、胡散臭い笑顔を浮かべてこちらに向かってくる男に、舌打ちをしながら文句を一つ。
「いやあ、すみませんねえ」なんて口にする男が俺に気付き、恭しく礼をするので、つられて俺も頭を下げる。



「うわ、クレアちゃんと違って礼儀正しい」

「お前の個人情報漏洩させるからな」

「ははは、またまたー」



苛立ちを隠せていないクレアが、既に確定事項のことのようにとんでもないことを言う。
男は愛想笑いを浮かべながらもクレアを睨み付けた。


(……絶対コイツら仲悪い)


馬が合わねえとでも言いたげな双方の表情に確信する。
いったい過去に何があったんだと聞きたかったが、そうすると更なる罵り合いに発展しかねなかったので、何も言わずに飲み込んだ。



「クレア、仕事は?」

「あ、そうだった」

「会長はいつものところにいますよ」



ひらひらと手を振った男に頷いて、回転ドアの方へとヒールを鳴らす。
いってらっしゃいと声を掛ければ驚いたような笑顔が返ってきて、一層笑みを深めた。



「あ、ロイド。メールの通りクロロのお守り頼んだ」

「はい?」

「じゃーな」



そうしていきなりそんなことを言い残して回転ドアの奥に消えたクレアの言葉を飲み込むのに、5分もの時間を費やしたのは不覚だった。

ロイドと呼ばれた男と目が合う。
恐らくこの男がロイドで、クロロは間違えるはずもない俺の名前。



「……」

「……、」



すごく気まずい。いや、だって、会って数十秒の初対面に近しい奴をほったらかして仕事に行くか、普通。



「では、こちらへどうぞクロロさん」



ロイドが差したのは、クレアが消えたのとは真逆の方向にある質素な小屋だ。
一先ずそれに続くとして、後でクレアがこの男に頼んだことを聞くことにしよう。




△▽△▽




特殊コードを編んだチップを埋め込んだカードをリーダーに通して、指紋と声紋で仮錠を解してからハンターライセンスのカード番号を打ち込む。
重たい音を立てて開いた扉をくぐり抜け、あたしはその部屋へ足を踏み入れた。



「ちーっす、遅かったな」

「すまんなユウト。ロイドがウザくて」

「はは、会長は今さっき席外した。帰ってくるまでにソレ、済ませとけって」

「げ、あの糞ジジイ」



数十のモニターを眺めていた相棒が、あたしの愚痴に苦笑を溢した。
世界最大規模を誇るランディカルト図書館の地下の隠し通路に、ネテロが持ってくる仕事の処理場がある。
極秘裏に設置されたカメラは、アイジエン大陸全土に散りばめられていて、そこからあたしは情報を得る。
ゲハイムニス・フィルマ――今はもうほとんど使われることのないイッドラ語で、秘密結社と呼ばれるこの組織はあたしを含めて5人で成り立っている。まず、一番上にネテロ会長、それから相棒のユウト。それ以外には胡散臭い似非紳士のロイドと、絶滅寸前である竜族の娘、ティナ。



「さて、仕方ないか」



やれと言われればなんでもするが、主にあたしが担当するのは、ネット・情報管理及び情報収集。
ジジイがやっとけと言って寄越した仕事の書類にザッと目を通し、すぐに親機のパソコンからそれぞれの基盤へ侵入する。
名簿に載る名前や個人を判別できる情報を入力して、交友関係から知れるだけの情報を何から何まで全て盗むのがあたしの仕事。
時折邪魔をするハッカーハンターを撃破しつつ、足を残さないようにするのはあたしにとって容易いことだし、何の問題もない。



「あれ、そういえば電話口で言ってた連れは?」

「ロイドに護身術を教えるように言ってある」

「えー見たかったのに、クレアJr.」

「本当、好奇心の塊だな」

「そーお? クレアよりかはマシだと思うけど」

「……否定できないのが辛い」



キーボードを叩き続けて5分弱。ようやく目当ての情報にありつけたので、コーヒーのプルタブを押し上げ、さて休憩だと背筋を伸ばしたのも束の間、別のパソコンに"!WARNING!"の文字と、部屋中にけたたましく鳴り響く警報。
ユウトがそのパソコンの主電源部へと手を伸ばしたが間に合わず、数列が乱れた文章へと画面は切り替わった。それを横目にあたしは机を蹴り、椅子ごとパソコンの前へ移動して、一旦動きを止める。



「しくじったか?」

「いや、別のところからだ……ふむ、考えられるのはパイス。もしくはA級のマイサニアの奴らだろう」



瞬間、心底嫌そうな顔をして「めんどくさ……」愚痴を溢したユウト。
あたしは自分の防御システムが喰われていくのを観察しながら、次に内臓していたワンランク上のシステムに不備がなかったかを思い出しながら、エンターキーを押した。



「ユウト、迎え撃つ。手伝え」

「あいよ」



リュックから自分のパソコンを出して起動させる。
目前の問題を片付けつつ相手の情報をハックするのが、今後の役に立つと考え、あたしは素早くキーを叩いた。



「用意は」

「いつでもオッケー」

「了解」



同門の鍵を解く時間が違うところから見てボット攻撃。
操作している者がいる限り、そこには使用しているパソコンがあるということ。



「B-Jgqd-0043 攻撃有効。K-30418-Su 防御有効。位置情報は――と、」



忠実に紙に文字を書き込んでいくユウト。
別のパソコンで相手のパソコンの製造番号を調べたあたしは、持ち主とその位置を解析する。
もちろんパソコンは二台とも放置。
壁が破られる心配はないと確信しての行動だ。



「場所、タザン市のカフェ。店のカメラの映像から、相手はミルフィス=ラオス」

「え、ラオス姓って……確か、お偉いさんのじゃん。しかもトップに近い」



店の監視カメラをハッキングして、その映像をユウトの近くのモニターに飛ばす。
ハットにサングラスと顔は分かりにくいが、ユウトが骨格を照らし合わせれば一発だ。
その映像をスクリーンショットでコピーし、印刷をすれば完了。



「ああ。もしかしなくても、ジジイに対する裏切り行為ってとこかね」



さて、いったいどうしてくれよう。
呟きを拾ったユウトが小さく吹き出す。
「まったく容赦ねーよなあ」と喉を鳴らしながら言ったユウトに、笑って返し、相手のパソコンへトロイの木馬型のスパイウェアを送りつけた。
こっちのは双方ともあれから先へ侵入された形跡は無く、被害はない。うん、これならまあ安心できるかな。
あたしが送ったウイルスに気が付いたのか、慌ただしく席を立った男が会計もそこそこに店を出ていった。
そこから先を至るところに仕掛けたカメラで追いながら、部屋にある全パソコンの防御システムを更新する。
そうしている間に男は車の助手席へと乗り込んだようだ。


(……んー)


誰かと話しているようで、拡大してみるがスモークが張られていてはっきりとは見えない。
これ以上の追跡は諦めたほうが良さそうだ、と判断し、開けっぱなしの缶コーヒーに口をつける。



「……とりあえずジジイに報告して、様子見だ」

「オーケー」



ふう、と息をついて伸びをした直後、デスクの上に置いていた携帯が震える。
トップには似非紳士の文字。



「もしもし?」

『あ、やっとでました』



よかったよかった。予知能力があるのかと思いましたよなんて放言したロイドの声が響きながらあたしの耳に届く。



「待て、今お前……どこにいる」

『理解が早くて助かりますよ、本当』



緊張を含んだ苦しそうな声に最悪の事態を想定しつつも、ユウトに手話でロイドが拉致られたと伝えて携帯を握りしめる。



「クロロは」



一番の気掛かりはやはりクロロだ。
声が聞こえないのは逃げたからだと思いたいが、そんな考えは言葉を詰まらせたロイドに否定された。



「――把握した」

『……すいませんねえ、私を放って逃げろと言ったんですが』



ロイドを責めても仕方ないだろ、とため息混じりに放った声が、微かに震えていたのに腹が立って、あたしは舌を打つ。



「念のため確認するが、一緒にいるのか?」

『いいえ、別です』

「場所」

『ムガン区、臨海付近の地下倉庫です。絶はしてないんで、すぐにわかると思いますよ』

「監視は」

『弟君に全員。ちなみに私が外へでると念が発動して首が飛んじゃうそうです』



――クロロの命を最優先に行動するために、何をしなければならないか。
不安と緊張でバクバクと脈打つ心臓を服の上から押さえてそれだけを考える。



「直ぐに向かう」

「おい、ちょっと待て!」



あたしの腕を掴んだユウトを力尽くで振り払おうとしたが、性別の差にやられて机へと押し倒される。
左手から滑り飛んだ携帯が、嫌な音を立てて壁にぶつかって落ちた。



「離せユウトッ」

「離せるかって、落ち着けよお前!」

「あたしは冷静だって、の!」



固定された上腕を軸に、顎を目掛けて足を振り上げるが、鼻先を掠める程度に避けられる。
だけどそれは想定の範囲内で、あたしの思惑に気付いたユウトがあたしを再び押さえようと手を伸ばす。拘束が解けたその隙に足を振り上げたときの遠心力で後方へと身体を回転させ、十数ミリの差でそれを躱したあたしは苦虫を噛み潰したような顔をしたユウトを一瞥し、落とした携帯はそのままで逃げ出すよう部屋を飛び出した。






--------

注意:ネットワーク上のシステムとか詳しくないので全部(ほとんどが)想像と捏造です。

(独)ゲハイムニス-Geheimnis-秘密

(独)フィルマ-Firma-会社

(西)パイス-Pais-国