僕らのヒーロー | ナノ





今度こそゾル家に到着したあたしは、試しの門を開けて中へ入ろうとしたところで見知った人がいたことに気が付いた。



「ゼブロ?」

「ああ、クレアお嬢様! お久しぶりです」

「久しぶり。ところで……何してるんだ?」

「侵入者対策です。ほら」



鍵の束を見せられて納得する。
つまりは執事たちが来るまでの守衛(囮)か。体張ってんなお前。
最近、あたしの中高年に対する印象が180°変わってきているのは気のせいじゃないだろう。
ネテロのあのボディバランスと年齢は最早人外だ(だって、104歳を越えてるんだから)。というより、ネテロからしたら、むしろそれが最大級の誉め言葉じゃないだろうか。
ゼノとゼブロはもちろん、ライデンも腹筋とか大腿とか、とにかく凄い体をしている。覗いたのではない、偶然にも全裸姿を見てしまっただけで他意はない。


(皆、元気だな)


もう笑うしかない。無縁だとは思うが、骨粗鬆症とか気を付けろよ。これで、影でグル●サ●ンとか飲んでると笑えるけど、多分ないだろう。
遠くを見ながら考えてると、シルバからお呼びの声がかかったので、ゼブロと別れて試しの門を押す。
『V』と表記されたところまで開いたので……あれだ、16tか。
入ってから、シルバはどれだけ開けるのかと興味本位で後ろを振り向くと、なんと門全開。ちなみにあたしの口も半開。


(ゾル家本当普通じゃないわ)


何も見なかったことにしようと前を向いたとき、ふと思う。キキョウもこれ、開けるんだよね?
そう思うと恐ろしい。あたしゾル家に生まれなくて本当によかった。




▽△▽△




ゾル家の依頼は長男の訓練だった。
念の使用は無しで、瀕死直前なら何でも有りらしい。
6歳の息子を訓練するにあたって半殺し許可まで下りるなんて、ゾル家、恐るべし。
……まあ、あたしは小さい子いたぶる趣味はないから、大抵はお話して過ごすんだけど。



「イルミ、久しぶり」

「クレア? いつ来たの?」



首をこてんと横に倒す仕草の可愛さといったらもう。
走って飛び込んできたイルミを受け止めて、くるくると回る。
残念なことに、イルミの表情は初めて人を殺してしまってからあまり変わらなくなってしまったけれど、僅かな喜怒哀楽が残ってさえいればそれを汲み取るのは容易いものだ。
楽しそうなイルミに自然とあたしも笑顔になってきて子どもってすごいなあと感動する。
内面的な成長であったり外見的なものの成長だったり、こういう些細なことだったりと子どもって本当無限の可能性を秘めていると思う。ライデンの言うような"将来性"は関係なく、こんな子どもたちがどう成長していくのかを思うと心が踊る。



「調子はどう?」

「? いつもと同じ」

「怪我は?」

「父さんたちの訓練以外は別にしたことないよ」

「そっか」



持ち上げたままイルミを抱き締める。クロロ同様、この子もあたしみたいな淡々とした子どもになってほしくないという思いを込めて、腕に力をいれた(暗殺一家にそれを求めても無駄かもしれないけれど)。



「あのね、イルミ」

「どうしたの、クレア?」

「いつか……そうねえ、大人になった時、本音を吐き出せる人を見つけなさい。溜め込んでばかりじゃ潰れてしまうから」



きっといつか。必ずと言っていいくらい近い未来、この些細な喜怒哀楽さえ汲み取ることができないような、本当の無表情になってしまうのだろう。
暗殺の能力だけを評価する親と機械的な執事との会話。あたしはそれを、自分と重ねていたのかもしれない。汚い両親と、機械的なあたし――首を振ってそんな考えを消し去る。これはあたしのエゴだ。
シルバもキキョウもいい人だし、ゼノだって仕事以外は好好爺だ。あたしの両親と一緒にするのは失礼にも程がある。

苦しそうに身を捩ったイルミをおろして、あたしの腰ぐらいに位置する頭を撫でてあげると嬉しそうに目を細めた。



「とりあえず、鬼ごっこでもしようか」



依頼なわけだし、一応見かけ上は訓練ということで。
あたしの言葉に満面の、とはいかないけれど、それなりの笑みを浮かべたイルミが花を飛ばしながら「いつもの?」とあたしに問いかける。あたしはそうそう、といつもつける重り(胴体50s 手足各20s)をイルミに渡して、同じものを自分にもつける。
本来つけなくてもいいのだが、これでもイルミとの差は広いというか、アイジエン大陸の端から端までの差があいているので、このイルミにはまだ捕まることはないだろう。



「クレアを捕まえれたら、俺の言うこと絶対に一個聞いてくれるやつ?」

「うんうん。然り気無くルールを追加したけどまあいいよ」



身体中に重りをつけたイルミが、キラッキラした目であたしを見上げてくるので認めるしかない。ここで断るほどあたしは鬼じゃない(弟たちを崖から落としたのは紛れもないあたしだが)。
軽く準備体操をして、あたしは周りを見渡す。
障害物も適度にあるこの近辺の方がいいのだろうか……いや、あえて屋敷内でやるか?


(屋敷内でやったほうが楽しいか……)


一人納得して頷くあたしの服をイルミが引っ張る。あざとさ満天のイルミの頬を摘まんで伸ばし、場所を移動しようと手を引いた。



「クレア、どこにいくの」

「本邸。あそこなら広いし範囲決める必要ないし」

「わかった」



心なしか足取りが軽いイルミ。
うんうん、日頃の虐待を越えた教育で荒んだものがあたしとの訓練でマシになるなら、こんな依頼、報酬がなくたっていいさ。




――なんて、三時間前に思っていた自分をぶん殴って沈めたい。



「追いかけてくんな、糞親父!」

「ふっお前に親父と呼ばれるときがくるなんてな……!」

「言葉の綾だよ、バカじゃねーの!? 別に養子になる気とかないから絶対ッ」



イルミとの鬼ごっこから一変。どうしてシルバと『あははうふふ』状態(実際はそんな生易しいもんじゃない)にならなくてはいけないのか。
あたしはただ、イルミと鬼ごっこをしていただけなのに。


(クソが、やっぱり追加条件はね除ければよかった!)


訓練後、報酬を受け取って帰るという運命の歯車が狂いだしたポイントは、紛れもなくイルミが追加したルールだ。

――捕まえたら、俺の言うことを必ず一個聞くこと。

これさえなければ、あたしはイルミの訓練を終えた今も鬼ごっこを続ける必要もなかった。しかも相手をシルバに変えて。
原因はアレだ。イルミからあたしと何をしていたかを聞いた際に、シルバがそのルールを知ってしまったのだ。あたしはその瞬間、全てを悟って重りなど脱ぎ去り、扉を壊して全力で逃げた。
何を悟ったのか――絶対にシルバはそれを利用してくるということを。



「っああもう、しつこいな!」



イルミからも離れた場所であたしは一旦足を止めた。
人様(依頼人で報酬未納)の屋敷だがしかたない。これは本当に良心が痛むがしかたがないわ。
"絶"状態だったオーラを一気に解放し、足へ全て集中させる。



「逃げるが勝ちってね!」



重厚な壁を蹴り壊して、外へ逃亡するために飛び出す。ここが二階で、山の切り立った場所だなんて関係ないわ。だって入り口にツボネ様待機とか勝てる気がしないじゃない!
「クレア!」とシルバのすっごく鋭い声が飛んできたが、あたしを追いかけてくる様子はない。当たり前だ。これで追いかけられたら、自分の命<あたしを養子にする ってことになる。

落下スピードが上がる中、あたしは左手をつき出して真っ黒な本を出し、あらかじめ備えてあった知識のページを開く。
実際に使えれば便利だと思って決めた、幼心いっぱいの念能力を見られるのは恥ずかしいが、背に腹はかえられぬ、だ。



「"白龍"!」



あたしが叫んだ刹那、目も開けていられない閃光が世界を包む。直後、ドサッという音と共にあたしの背を襲う衝撃。
恐る恐る目を開けると真っ白な鱗とククルーマウンテンのだいたいが視界に入ってきて、あたしは緊張やら恐怖やらを含んだ息を吐き出した。


(飛べてる……飛んでるわ、これ)


空を飛べるものを選んだから当たり前だけど。成功しなかったら、それこそ命懸けで着地するしかなかったのでよかった。成功したわ。
ありがと、とあたしが礼を言うと、白龍が高い声で一鳴きする。



「持って最大15分だから、早く大陸越えないとなあ」



まるで返事をするかのようにスピードを上げた白龍の身体を撫で、振り落とされないようにしっかりと掴まり、あたしは上空4000m近い高さから景色をぼうっと眺めて考える。まずはゾル家の報酬、それから今後、ゾル家への身の振り方だ。
前者のほうは、きっと報酬から莫大な修理費が引かれてマイナスの符号がついてるはずで、これはまあ……納得できないがしかたないと割りきろう。というか、昨日のドタキャンで、報酬なんてものがあったのかさえ謎だ。
さて、後者は中々難しいな。流星街に来られたらアウトだし、ライデンを利用してくるかもしれないからだ。
後で電話を入れるべきかもしれない。そして、平穏無事の生活をするためには第一級フラグ建築士の称号を手にするしか方法はないのかもしれない。

10分ほどして、移り行く景色がゴミ山に変わった。
人気の無いところに降り立ったあたしは、一緒に魂も漏れてしまいそうなほど大きなため息を吐いてから本を閉じる。
白龍が消えたのを確かめたあたしは、どうせ推測はいつまでたっても推測なのだから、とゾル家を頭から消して教会の帰路につくことにした。









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白龍-古代中国で、天上界の皇帝である天帝に仕えているとされた龍の一種。名前のとおり、全身の鱗が白い。 龍は基本的に空を飛べるが、白龍は特に空を飛ぶ速度が速く、これに乗っていれば他の龍に追いつかれないともいう。(Wikipedia参照)

背に腹はかえられぬ-大事なこと(もの)のために、他のこと(もの)を犠牲にするのはしかたがないということ

後悔臍を噛む-臍を噛む(ほぞをかむ)-酷く後悔すること