僕らのヒーロー | ナノ





オレたちが食べ物とかを盗るときに指揮を取るのは同い年のクロロかオレ。緊急時の時は、ライデンかクレアが指示をだす。
緊急時というのは、誰かが重病にかかってしまっただとか、一区の大人たちに間引かれそうになったとか、そんな場合。
クロロとクレアというのは教会に住む子どもで、異質なオレたちの中でも更に異質。家族という血縁関係だったり、年不相応の知識、頭の回転力を持っていて、特にクレアは類稀な運動神経だったり戦闘技術を持っていたりする。



「シャル」

「あ、クレア。いいところに」



オレは不思議な顔をしながら瓦礫の山から飛び降りるクレアをちょいちょいと手招きし、ついさっき大人たちから盗ってきた機械を彼女に渡した。



「パソコン?」

「クレアがいつも触ってるから気になって。どうやって遊ぶの?」

「うーん、遊ぶものじゃないんだけど」

「でもさ、前にゲームしてなかった?」

「あれはしてたんじゃなくて、作ってたの」



はあ、とため息をつくクレアがパソコンをオレに返し「ちょっと待ってて」と教会へ消えた。
数分後、本を数冊持ってきたクレアにまさかと顔を歪め、クレアと本とを交互に見るオレの予想通り、オレへと二冊渡される。
これと本と何の関係があるんだとクレアを見ると、面倒臭そうに「本見てやれ」と言い放って隣に腰をおろした。



「やり方載ってるの?」

「うん」

「クレアみたいに使える?」

「あー……そこまでのレベルにいけるようになったら指導してやらんでもない」



クレアの言葉にやる気がでてきたオレは単純なのだろうか。
ぱらり、ぱらり。オレとクレアが本のページを捲る音だけが瓦礫に木霊す。
ある程度読み終わって電源をつけると、デスクトップには様々なファイルが現れる。これを持っていた大人が使っていたものだろうから、何らかのデータが入っているのは当たり前だ。
なんだろう、そう思ってマウスを動かしてクリックしようとすると、急に視界が真っ暗になる。
驚きに肩を跳ねさせたオレの後ろからクレアが使うシャンプーの匂いがし、オレの目を塞ぐ手がクレアのものだとわかって安心した。オレの手の上からマウスを握って、カチカチというクリック音が数秒間隔で聞こえてきて、それらが繰り返されていたかと思うとパタンと音がして視界が戻る。
閉じられたパソコンがクレアに抱えられるのを見てオレが驚いていると、クレアがすまないと謝った。



「このパソコンはやめよう」

「ええー!」

「その代わりに違うパソコンあげる。本持っておいで」



立ち上がったクレアがすたすたと歩いていくので、俺も慌てて後を追う。もちろん本はきちんと持って。
途中何度か転けそうになるが、その度クレアがオレの頭を鷲掴みにしたので、ある意味転けるよりも痛かったけれど、膝と腕のなかの本は守れたのでよしとする。




▽△▽△




オレたちの住む教会は比較的安全な六区にあって、数字が小さくなるほど物資は豊かだが、大人たちが多くて危険だとクレアとライデンから聞いていた。だから暗黙のルールとして、五区はぎりぎり、四区は行かないというものができあがっていたのに。
クレアは六区からでて、五区、四区、三区と危険なほうへ危険なほうへと向かっていく。
大人たちの好奇の目に晒されながらもクレアの歩くスピードは一向に変わらない。
足音を少しも立てずに歩いているクレアの服の裾を引っ張ると、ようやく歩みを止めてオレの方を見てくれた。



「クレア、ここ二区だよ」

「ああ、なんだそんなことか」

「そんなことじゃないよ!」

「大丈夫大丈夫。二区だったらあたしといる限り間引かれることはないから」



その自信はどこからくるのか。というか、クレアとはぐれれば間引かれるということなのか。
恐怖で鳥肌がたつ背中。
再び歩みを再開するクレアに放っていかれないように小走りになりながら、ひたすらクレアの後を追った。

暫くしてクレアが二度目に足を止めたのは、オレたちの住む教会に負けず劣らず老朽化した建物の前。入り口と思われるところの前に、男が四人立っている。
少し……というより、かなりマズイんじゃないかとオレが危惧しているのを余所に、クレアは真っ直ぐそこへ向かっていく。服の裾を摘まんでいたオレも必然的に彼女の後についていくわけで。
オレたちに気付いた男がこっちを振り向いた時にはもうだめかと思ったけれど、そいつが親しげにクレアを呼んだのを聞いて、恐怖よりも驚きが勝って言葉を失った。



「おう、クレアじゃねーか。どうした」

「うるせー髭だるま。中に入れろ」

「口悪ぃな! もちっと年上を敬えっての」

「うっわ、止めろ!」



クレアの170センチはある身長をこした男がぐりぐりとクレアの頭を撫でる。
止めろといいつつ満更でもない様子のクレアが、男の鳩尾へ拳をめり込ませていたのは見なかったことにしようと思う。



「ところでよクレア、そいつは?」



そいつとはもしかしなくてもオレのことだろう。
クレア以外の居心地の悪い視線が上から下まで絡み付き、お世辞にもいい気分とは言えない。
はあ、とため息をついたオレの腕をクレアが引く。



「これ、息子」

「は?」

「はあ!?」

「はあああぁぁ!?」



悪戯に笑うクレアにその場が沸き上がる。いや、オレだって叫びたい。
その騒ぎを聞き付けたのか、奥からわらわらと大人が湧いて出てきて、その都度声をかけられているクレアをみるあたり結構彼女は有名らしい。
もしかしたらそのおかげでクレアといれば間引かないのかと考えていると、オレさえわしゃわしゃと頭を撫でられて呼吸を忘れるほど身体が硬直した。



「あたしはアンタたちに会いに来た訳じゃないんだが」

「ボスに嫁ぐのか!」

「おい赤飯だ!」

「お前らいっぺん死ね」



クレアの華麗な回し蹴りがクリティカルヒットして男がぶっ飛ぶ。
「コーネットォォォ!」と叫ばれたので吹っ飛んだ男の名前が判明。ぺっと唾まで吐き捨てたクレアが「行こう」と言って逃げるようにオレの手をとった。
周りは依然沸き上がったままである。



「いいの?」

「……いいの」



その間はなんだ。
珍しく言及しても乾いた笑いしか返って来なかったので、あまりよろしくはないみたいだ。

老朽でボロボロになった階段を踏み外さないように気を付けてあがって奥へ進んでいくと、クレアがいきなり止まった。
見上げると、何やら難しい顔をして目の前の扉を見つめている。



「私以外は無視していい。自分の名前を名乗るなよ」

「え? う、うん。わかった」



オレが返事した後すぐに、クレアが扉をダァンッと二度ノック――いや、殴る。
中からはなにやらガシャァン! と陶器が割れるような高い音がし、続いて男のうわあああという悲鳴が聞こえてきた。



「入りまーす」



ドアノブを捻って開けたその先でオレが見たものは、「クレア、テメェコノヤロォォ!」と半泣きで叫ぶ、いい年した男と、その足元で砕け散った陶器。



「やあ、マルクス元気か」

「元気かじゃねーよバカ! なんで殴んだよっノックは軽くしろよバカ!」

「ははは。ごめんごめん」



相変わらず軽いな、と睨まれたクレアは肩をすくめてみせて「奥行くよ」とオレに声をかける。
無言で頷くオレにマルクスと呼ばれた男が話しかけてきたが、無視しろと言われたので無視をしていると、ぞわりとしたものが這い上がってきて悲鳴をあげた。
殺気とは違う、気持ち悪い何かからオレの身を守るようにクレアが前に出る。
「マルクス」とたしなめるように紡がれたクレアの声は聞いたことがないくらい無感情で冷徹な響きを持っていて、それにも震えた。



「あたしはスパイとかで来た訳じゃない。それは知ってるだろ」

「ドア殴った腹いせ」

「餓鬼かお前は」

「お前はホント可愛くねーな」



「余計なお世話だ」と口を開いたクレアが、今度こそさらに奥へ進む。
「またねー」と手を振られたのに振り返すと、仕方がないといわんばかりのクレアのため息が聞こえてきた。
だってあんな気味が悪いもの、もう受けたくない。それがわかってるクレアだからこそなにも言わないというのはオレにも分かった。



「はい、いらっしゃい」

「え、クレアの部屋?」

「そ。ここは仕事場……いや、物置小屋みたいなもんかな」



電気のスイッチを入れる小気味いい音に遅れて蛍光灯が光る。
床に取っ手がついてあって気になったけれど、隠し通路のようなものだろうか。
クレアはオレへ「どれがいい?」と数台のパソコンを見せる。それはいつもクレアが使っているものにそっくり(というより色ちがい)で思わずクレアを見ると、首を傾げられた。



「これ、全部盗んだの?」

「いや、作った」

「うっそだー」

「、あたし嘘は大っ嫌いだし」



棚一杯のパソコンが、クレアによって作られたなんて信じられない。
でも机の上には作りかけのソイツがいて、信じることを余儀なくされた。


(なんか、レベルが違う……)


「どれ?」

「えっと、じゃあ……」



本ではなく、パソコンの山を見渡して目に入った緑っぽいラインのあるものを指差す。
「了解」と薄く笑ったクレアがオレの頭を撫でて一度離れていく。
そしてオレが言ったパソコンを手に取ったクレアが、やり方教えてあげると別のパソコンを持ってきて簡単なベッドへ座った。



「おいで」

「本当に教えてくれるの?」

「ああ、本当に」



手招きをしたクレアの隣に座ってパソコンを開く。
電源がどうとか、初期設定がどうとかきちんとオレが分かりやすいように話してくれたクレアは、普段の素っ気なさからは考えられないくらい優しくて、心臓が跳ねる。


(あれ、)


近付いたクレアの顔が見れない。耳が自分の鼓動を拾って、うまくクレアの声を聞き取れない。
そんな中なんとかキーボードを叩いたりしてると、「シャル?」とクレアがオレを呼ぶ。



「どうかしたか?」



ヤバい。これは、マズイかもしれない。
バクバクとクレアの唇からオレの名前が出るだけで、また、脈が速くなる。
何で今まで普通だったのに、どうして。



「ちょっと、シャル?」

「あはは……ヤバいかも」



「何が」と聞いてくるクレアを無視してベッドから離れる。
「帰らないとクロロが心配するよ」と口を開けば、クレアは一瞬不満げな顔をしてオレを見たけれど、"何か"を言う気がないと分かったのか、ため息が一つしてからクレアも赤いパソコンと本とを持って腰をあげる。



「じゃあ、帰ろうか」

「うん」



空いていた手を握ると、びくりと震えた強張る顔が見れて思わず笑った。
多分きっとこれは、クレアに向けちゃいけない感情なのかもしれない。
ちら、ともう一度見たクレアの顔は普通に戻っていてつまらなかった。けど、オレの視線に気付いたクレアが首を少し横にしてふわりと小さく笑ったときは心臓が働きすぎて破裂してしまうんじゃないかと思った。
俯いた顔は今頃真っ赤になってしまっただろう。
手のひらの柔らかくて暖かな体温に、オレは自分の軽率な行動を恨んだ。