僕らのヒーロー | ナノ





第二試験も皆様のご期待通り走り幅跳びで駆け抜けたあたしは、ロイド(試験官)に脅されて行動を共にしております。
なにやら気に入られたご様子。でも残念ながら、あたしはこれっぽっちも気に入っていない。
なんか同じ臭いがコイツからするのだ。所謂同族嫌悪ってやつ。



「ロリコン」

「ははは、失礼ですなあ」

「うぎゃぁぁあ離れろっ喋るなこのペド野郎ゥゥゥ!」



がっしりと脇腹を捕まれひょいっと抱えられる。
今年で11歳になるとはいえ、まだまだ小さいこの身体……といっても155センチは越えているけれど。

現在どこかにいるかというと、三次試験に向かうための飛空船の中だ。
あの二次試験で更に大半が落ち(自ら落とし合いをし始めたせい)、50人と少ししかいなくなった。あたしはそんな中でさぞ異質らしく、こうして拉致られるという最早慣れてしまった状況に至る。

そのまま俵担ぎへチェンジされて、あたしはそのままロイドの自室へポイされ、当人はにっこり微笑みながら後ろ手にドアを閉めた。その笑顔、胡散臭い。



「本当に見損なうぞ」

「まだ株は下がってないと」

「暴落の真っ只中だ、バカ」



キッとロイドを睨むが効果は零に近い。
あたしはため息をつき、注目される原因である歳不相応な態度と身体能力でこの危機的状況を打破しようと考えるが、こんな時に限っていい案がでない。物欲センサー並の妨害率である。



「引く気はないのか」

「んーそうですねークリスチャンのご奉仕――ぐはっ」

「よろしいならば戦争だ」



顎をピンポイントで蹴りあげたあたしはその隙にドアへ走った。
脳を揺さぶったのだ、暫くはまともに動けないはずとドアを開け放ち、すぐさま誰かに助けを求めようとしたところで後ろからぬっと伸びてきた腕に捕らわれてあたしは再びリターン。
無情にも閉められたドアと鍵。後ろの男を睨み付けるように横目で見れば、張り付けた笑みをいっそう濃くしてロイドはあたしの頬をなぞった。



「クリス=ロイロード……本名、クレア=ルシルフル」

「っ」

「ああ、別に来る前から知っていた訳じゃないですよ? シデン――あなたからすればライデンから少々お話を伺ってたもので」

「最初から知ってたのか。胡散臭い者同士悪趣味だな」



今度は試験官かよ。なんなんだいったい。
自然と低くなった声に、ロイドは気をよくしたのかあたしを離した。
あたしはそのことについて多少驚きながらもロイドから距離を取って、すぐに逃げられる位置で「何?」と返す。ロイドはニヤニヤ顔のまま「三次試験」とドアを指差した。



「三次試験の会場につきましたよ」



ロイドの台詞が言い終わらないうちに飛空船が揺れる。
等速直線運動によってふらついたあたしをロイドが鼻で笑ったのが一番癪に障ったが、まあいいとしよう。



「クレア」



あたしの足が止まる。
ロイドは「気を付けて」と表情がわからないままあたしにそう言って、振り返った時にはさっきと同じで腹のたつ笑みであたしを見ていた。



「あなたは強い。けれど誰よりも弱い。強靭な何かを持っているのに、いつだって脆弱だ」

「……言葉遊びなら他所でしろ」

「警告ですよ。私とシデンからの」



ライラック色の目があたしを怪しく映す。
何故だかそれを見れないまま、あたしはロイドの部屋を後にした。


会場はどっかの闘技場のような正方形のリング。三次試験は残った奴らで殺し合い……じゃなくって、戦うらしい。
勝つためには、相手を失神、気絶させるか、参ったと言わせるかの二択。あたしなら迷わず前者でサクッとやるなあと思いながら回りを見ていると、試験官と並んで高下駄を履いた老人がいるのに気が付いた。


(……誰?)


三次試験の試験官は多分今説明してる人だから、あの老人は……ああ、ゼノが言ってたネテロ会長とかいう人かもしれない。ハンター協会の最高責任者。ゼノが子どものころからジジイだったって言ってた……。


(――何歳だよあのジジイ)


待て、常識的に考えろクレア=ルシルフル。人の寿命は大概が100だ。だが、ゼノはすでに40歳を越えていて、40年前既にジジイだったというのなら、あの会長さんの年齢は最低でも100はなければならない。
筋力の衰えやその他運動機能の低下は、酸素を取り込み二酸化炭素を放出するという呼吸をして生きている限り、酸素によって老化していくという摂理に生を持つもの全てが抗えないはず。



「すっごい抗ってるんだが」

「何か質問か、966番」

「何でもないです」



よく番号を呼ばれてると思うのはあたしの気のせいじゃない。
なんでこう、ちょっとボソッと言ったことでも反応されなきゃならないのだ。あたしは目の上のたんこぶか。


(あのじいさん、謎すぎる)


未知のものは調べてみたいと思うのが人間の性というもので。
募っていく好奇心をなんとか抑えながら会長さんを盗み見る。
服の上からでも分かるボディーバランスはあたしが本で得た知識の中の100歳以上の老人という枠に当てはまらない。
ゼノといいこの人といい、最近の老人はなんてハイスペックじいさんなんだ。あたしの記憶のなかの祖母や祖父はヨボヨボで、今にも死にそうだったというのに。

そこまで思考を広げ、我に帰る。今は一老人よりもハンター試験に集中せねばならない。
頭を振って邪念を払い、試験官の話(おそらく説明も終盤)に耳を傾ける。
対戦相手は向こうが用意したくじで勝手に決められるらしく、公平さに少々疑問が生じるが、誰も口に出さない。普段なら言ってるだろうあたしも言わない。だってこれ以上あたしも目の敵にされたくないから。



「ではリーグ戦の表を発表する」



順々に告げられていく番号。あたしのはちょうど真ん中あたりで、初戦は23番の大柄な男。
なんか盤外戦有りの道具有りの何でも有りらしい。本当に何でも有りだなハンター試験。
敵さんが皆、単純バカ素直ならやり易いが、先読みはここまでとして順番が来るまで少し眠ろうかと思う。
移動中に休めるかと思ったがロイドのせいで追いかけっこをするはめになったので疲れているのだ。


(寝てても、誰かの殺気に反応して起きるでしょ)


とりあえず最悪『叩き起こしてください』と持っていたペンで床に書く。
これで大丈夫。大丈夫だ、と目蓋が落ちる視界の端に、懐かしいタバコの古傷が目に入った。




▽△▽△




(あ、れ……?)



目が覚めると一年ぶりとなる我が家の見知った内装が視界一杯に入った。
真っ黒なクレヨンで、壁一面に拙く力のない『たすけて』が書かれた部屋は、確かクロロが虐められていた部屋だ。



「ね、さん」



消え入りそうな声で助けてと続けられれば、あたしは自分の血塗れの手足なんか構わず、汚い親と弟との間に身を滑らせてその小さい身体で守ろうと両腕を広げてタバコの熱を胸と腕に受ける。
助けて、助けてとそれしか知らない弟が、あたしの服を掴んで全部を押し付けるのが憎かった。
何度弟を恨んだか、何度弟を憎んだかわからないまま、あたしは弟と同様それしか知らないように守り続けるのだ。計り知れない痛みがあたしを襲おうとも、あたしは何度も弟を守る盾になり続ける。
傷付く恐怖よりも、死ぬ恐怖よりも、何よりもあたしが恐れていたのは、飼い猫のルナのようにぐったりと冷たいがらんどうの目があたしを映すことだった。



「ねえさん。クレア、ねえさん」



伸ばされた手を、一度無視したことがあった。
絶望に染まった二つの黒曜石が、ルナのそれに似ていたのを覚えていたから、あたしはきっとクロロを守るのだろうと思う。
あのビー玉をはめ込んだような無機質なガラス玉がどうして嫌いだったのかは最早覚えていない。



「気持ち悪いわ、本当に気味が悪い!」

「ねえさ……ったすけて!」

「――くろ、」



振り上げられたナイフがクロロに駆けていったあたしの背中に突き刺さる。
急所を外して、二度、三度と。
悲鳴をあげるあたしを見て泣いたクロロが父親の手で殴られてしまう。
突き刺さったナイフが回され、肉がぐちゅと音を立てる。死を連想させる痛みに身体が震えたが、流れていく血と近付く死の足音には恐怖はない。むしろ親しみの情でもあるのかと思うくらい心は波一つ立たずに穏やかだ。



「っやめてごめんなさい! あたしが悪いの、クロロは悪くないの。お父さんお母さん、あたしがいい子にするから、前みたいに言うことちゃんと聞くから、クロロに乱暴しないで! ルナみたいになっちゃう!」



折れたクレヨンでどうにかできる訳でもないのにあたしはそれを掴んで父親の顔に向かって投げる。
偶然にも目に当たったそれにクロロが落ち、標的をあたしに変えた父親が怒り狂って唾と一緒に罵声を飛ばしながらあたしの首をぎりぎりと絞めた。


(そう、それでいい)


あたしは死を恐いだなんて思ってない。
大丈夫、この呪縛から解き放たれるんだ。がらんどうの瞳に怯えることもなく、このままだと穏やかに逝けるのだから。



「、ァ……ッ!」



クロロの口がたすけて、と動いたのと、幼いあたしからライデンたちが使うのと似た"何か"が溢れだしたのとは同じタイミングだった。




▽△▽△




「――ッ」



それはもう跳ね起きるという表現じゃ足りないくらい、あたしは大きく跳ねた。
あたしを起こそうとしていたのか、それとも嫌がらせをしようとしていたのかはわからないが、多分前者だろう。ロイドが戸惑いの表情を隠しきれないまま、目の前であたしの顔を凝視している。
つう、と頬を伝った水に泣いているのかと思って焦ったが、どうやら冷や汗のようだ。



「……大丈夫ですか?」

「もん、だい……ない」



夢の続きかと思ってロイドを殴ってしまおうかと思ったのだが、そこまで錯乱しているわけではない。
あたしは頭を直接揺らされるような気持ち悪さに襲われながらも壁を支えに立ち上がる。
回りを見渡すと何故か倒れている全参加者たち。



「は?」



わけがわからないよ。
やっぱり夢の続きなのか、そうなのかと自分の頬を思い切りつねる。
鈍い痛みに悲鳴をあげて思わずしゃがめば、上からロイドの冷ややかな視線が降り注いだ。
それらを纏めると今ここにあるのは現実。



「……、どうします会長」

「ふむ、ルールに違反した訳でもない……仕方がないの――合格者一名じゃ!」



間違えることのないよう、何度も何度も自分の中で、あのじいさんの言葉を咀嚼して意味を理解するが、つまりは合格者があたしだけということでいいんでしょうか。
一番顔馴染みのロイドに目をやると、呆れたようなため息が返ってくるのでこれも現実。



「うそ、」

「嘘ついてどうするんですかまったくー。あなたのせいで、今年のハンター試験ツマラナイどころじゃないですよ。黒歴史ですよこんなもの」

「そんなことを言われても」



あたしは酷い目眩にふらつきながら頭を押さえる。
嬉しさよりも気持ち悪さが勝って合格したわりには複雑な心境だ。
だってあたしが合格したという確実な記憶がない。理由がない。



「シデンの言う通り滅茶苦茶ですよ、あなたのせいで」

「ちょっと今混乱してるんで切実に黙っててくれないか」

「ははは、それを聞いて黙る気失せました」

「だろうな」



どういうことだ、本当。
わかるのはあたしのキャパシティーを遥かに凌駕する出来事が、あたしの居眠りの最中に起きたということだ。