01




「ん‥」

チュンチュンと、何処からか聞こえる小鳥の囀りと白レースのカーテンの隙間から差し込むお日様の眩い光にうつらうつらだった意識が徐々に覚醒していく。


「ふぁ…」

天に向かって大きく背中を伸ばして寝ぼけ眼で隣を見れば、昨夜一緒に寝てた彼の姿は無く、その部分だけ熱を失ってすっかり冷えていた。

でも、寂しくなんかないよ。
だって、彼は一国を統べる身だから、ボクみたいな奴隷と違って忙しいんだ。

……さてと、ボクもそろそろ起きなきゃ。
まだ眠いけどここで二度寝なんかしたら、またマナに叱られちゃう。

気怠い体をなんとか起こして、簡単に後処理をしてベッドの周りに散らばった下着や衣服を身に着ける。腰の鈍い痛みに耐えてなんとか着替え終わると、タイミングよく部屋のドアをノックする音がした。

「ユーギ様、起きてますかぁ〜? 入りますよ〜?」
「あ、うん!どうぞ」

朝から元気に部屋に入ってきたボクの専属(?)メイドのマナが、朝食を乗せたワゴンを引いてにっこりと笑った。

「おはよ〜ございますっ!」
「おはよう、マナ」





* * * * *





「はい、どうぞ!」
「ありがとう」

マナが厨房から運んできてくれた朝食を済ませて、いつもの様にグラスと一緒に差し出してくれた白い錠剤を水と一緒に流し込む。

避妊薬。

一端の奴隷だけど、ボクは所謂“囲い者”。王様とか伯爵とか地位の高い人の夜伽の相手がボクのお役目。だから避妊は徹底しないといけない。
さっき飲んだ薬も、万が一の保険。彼はいつもちゃんと避妊具を付けてくれるけど、それだけじゃやっぱり心許ないからさ。
それに彼は一国の王様だから、もしうっかり奴隷のボクが孕んじゃったら、お腹の子の身分とか王位継承権(?)とか色々と面倒なことになるから。

「あ。ねぇ、マナ」
「ん? なんですか〜?」
「その‥もう一人のボク、今日は朝早いみたいだけどそんなに執務忙しいの?」

ボクが食べ終えた食器をワゴンに戻す背中越しに尋ねると、作業をしていたマナの手がピタリと止まった。
あ、しまった。ボクはそんな風に思った。
もう一人のボクのお仕事のお話は余り聞かせてもらえない。……というか、話したくないみたいなんだ。別に隠したくて隠してる訳じゃないんだろうけど。
“囲い者”のボクのお役目は、さっき言ったみたいに、あくまで夜のご奉仕。だから、余計なことを知る必要はないという見解が使用人たちやもう一人のボクに仕える『赤薔薇の七決闘者』たちにはあるのかもしれない。
だけど、もう一人のボクに直接聞けばちゃんと答えてくれるかもしれない。……ううん。やっぱり、いいや。あんまり自惚れて高望みなんてしたくない。

だから、いつもみたいに『ゴメン、ゴメン! やっぱさっきのナシ!』と笑ってごまかそうとしたら、

「ユーギ様!よくぞ聞いてくださいましたっ!」
「!?」

勢いよくボクの方に振り向いてガシッと肩を掴まれた。
マナが手を離した隙に、彼女の背後では大きさも形も揃えず、適当に積み重ねられただけのお皿の塔の頂上に置かれた小さなバスケットがバランスを崩して真っ逆さまに床に落ちた。
興奮した様子のマナと中身の使用済みのバターナイフやスプーンといった食事道具が床に落ちた弾みに立ったガッシャーン!というものすごい音に吃驚して、ヒッと小さな声が出た。
マナはそれどころじゃないみたいで、とても興奮した様子で続けた。

「実はですね〜、近々マスターがアンズ様と結婚なさるんです! 今日はアンズ様のご両親もお招きして本格的に縁談を纏められるんですって!」
「へ、へぇ‥そうなんだ」

当事者じゃないのにまるで自分の事の様に喜ぶマナのテンションの高さに圧倒されつつも、相槌を打った。
アンズ嬢はこの国でTop3に入る財力と伝統を持つヨーク家のご令嬢で、もう一人のボクの幼馴染なんだ。

奴隷の身分で貴族の御令嬢の彼女に直接会うことは叶わないけど、ボクも部屋の窓越しに彼女の姿を見たことはある。
ボクなんかよりもずっと美人で背も高く、おまけにスタイル抜群。マナ曰く、器量良し、気立て良し。頼れるお姉さんタイプのお嬢様らしい。
先代の王様が亡くなり、『赤薔薇のプリンス』として若干15歳という歴代の王様の中でも異例の若さで国を治めた聡明さと力量を併せ持つもう一人のボクと、
美人でスタイル抜群。器量良し、気立て良し。外見も内面も非の打ち所のないアンズ嬢。

本当にお似合いの王族カップルだと思う。

ボクが初めてアンズ嬢を一目見た時は丁度、昔話に花を咲かせながらお庭を散歩していて彼にエスコートされて歩くアンズ嬢は始終顔をほんのりと赤らめていた。その表情は虎視眈々と王妃の座を狙う貴族の令嬢の顔じゃなんかじゃなくて、一人の男性に恋する乙女の顔そのものだった。
彼女は他の令嬢達とは違って、地位とか財力とか権力とかそんなことは関係なく、一人の女性として、純粋にもう一人のボクというたった一人の男性が好きなんだなって事くらい、奴隷のボクにもよくわかった。
それにもう一人のボクだって、満更でもなさそうな顔をしてたしね。


……それにしても、

(あの二人が、いよいよ結婚かぁ〜…)

“囲い者”とはいえ、一端の奴隷としてもう一人のボクに仕えてからまだ日が浅いクセに、もう何年も二人の仲を見守ってきた間柄のような感慨深さを覚えて思わず苦笑した。

アンズ嬢がもう一人のボクことが好きなのは見ていてよく分かるし、もう一人のボクだって長年親しい仲にある女性との結婚だから、縁談をしているだろう今も、嬉しくてきっと幸せに浸っているハズだ。

(あれ…?)

不意にチクッと針みたいな何か先が鋭く尖ったもので刺されたような胸の痛みを覚えた。

(何だろう…)

「……ユーギ様?」

ボクを呼ぶ声にハッと我に返ると、マナがボクに目線を合わせるように屈みこんで顔を覗きこんでいた。訝しげに、けれど酷く心配そうな顔をしていた。

「え?」
「どこか具合でも悪いんですか‥? それとも、お食事がお口に合いませんでした‥?」
「あ、ううん。大丈夫! ボク、ドコも悪くないし、朝ご飯とっても美味しかった!」
「それならいいんですけど〜…」

まだ訝しげにボクを見るマナを前に「ご馳走様でした!」と挨拶をして、

「ボク、お風呂入って来るね!」

そう言って部屋を飛び出した。





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