バクラくんの受難
※ W遊戯,W獏良ともに二心別体。
柱時計が丁度12時半を指すのと同時に終業のチャイムが鳴った。
クラス委員が号令をかけ、担当教師が教室を出ていくと、真っ先に城之内はコンビニの袋を引っ提げて王サマの席に向かっていった。
「おーい!アテム、メシ行こうぜー!」
「……………」
「……アテム?」
「はぁ‥」
「おーい」
城之内が目の前で手をヒラヒラと振るが、心焉(ここ)に在らずといった様子で反応がない。
それどころか、授業が終わったことにすら気づいていない様で、授業で使っていた教科書やノートを広げっぱなしでぼんやりと窓の向こう、校庭の方を眺めて小さな溜め息をついた。
「……こりゃ、重症だな」
何があったか知らねぇけど、アテムの奴完全に落ち込んじまってるぜ。
城之内は肩を竦め、お手上げのポーズをして見せた。
「だらしねぇ‥」
「んだとぉ!?」
キレて、これ以上暴れないように本田に羽交い絞めにされている城之内を一瞥し、王サマの座ってる席の前の席の椅子にドカッと座った。
「オイ、王サマ」
「? 何だ、バクラか…」
相棒だったら良かったのに。と続きそうな言い分に、今すぐにでも永遠の闇に葬り去ってやりたい衝動を極力抑えて、小さく溜め息を零した。
「さっきから城之内が昼メシだ、っつてんのに、いつまでボーっとしてんだよ」
「え、…あぁ、すまない」
「ったく‥どうせ、また遊戯がキレるような事をやらかしたんだろ?」
「!」
「だったら、食う前にさっさと吐いちまいな。テメェのそのシケたツラ見ながらメシなんて真っ平ゴメンだからな」
「……ッ、」
“遊戯”
王サマの嫁(婿?)の名前を出しただけで、この世の終わりだと言わんばかりに悲愴な面持ちになった。
そんな王サマを見て、オレ様は咄嗟に、今の状態の王サマ相手に闇のゲームを吹っかければ余裕で勝てんじゃね?と思った。
「何、馬鹿な事考えてるの?」
「げ、宿主!」
ポン、と肩を叩かれてビクッ、と身体が跳ねる。
振り向けば心底呆れたような顔をした宿主と目が合った。
しかもちゃっかり人の心まで読んでやがる‥。
くそっ、この電波!
「んー? 何か言った?」
「チッ、何でもねぇよ!」
「あっそ」
フィ、とそっぽを向くと宿主は、王サマに言った。
「アテムくん、もしかして、遊戯くんと何かあったんじゃないの?」
「―――ッ!」
やっぱり、と小さく呟く宿主と対照的に王サマはどうして、と言わんばかりにカッと目を見開いていた。
どうやら図星らしい。
「遊戯くん、今日元気なかったんだ。授業中も休み時間もずーっと上の空でさ。だから、もしかしたらキミと何かあったんじゃないかなーって思って来たんだ」
「! 相棒が‥」
「ねぇ。ボクたちでよかったら話してみてよ」
「そーだぜ、アテム! オレ達が力になってやっからよ、いつまでもウジウジしてねぇで言ってみろよ、な?」
「城之内くん、獏良くん…」「っ、テメェ、オレ様の事を忘れてんじゃねぇ!」
「昨日の事なんだが…」
「オイ!」
人の話を聞けよ!
「……バクラ、」
名前を呼んだだけで、それ以上言葉にはしなかった。だが、その何を考えてるか分からない宿主の笑顔は“五月蝿い、お前は黙ってろ”と言っていた。
だから、コレ以上は何も言えなかった。(……言っとくが、逆らった後の宿主の報復が怖いとかそんなんじゃねぇからな!)
言いたいことは山ほどあるのに文句の一つも言えない意趣返しにチッ、と舌打ちをした。
「……………」
「あ、アイツの事は良いから、続けて?」
「あ、あぁ‥」
それは、昨夜の事だった。
期末試験も終わり、夏休みが近いこともあってか、大会やイベント続きですっかり遊戯とご無沙汰になってしまった王サマは、先に寝ていた遊戯の寝込みを襲ったらしい。
いくら誰にでも分け隔て無く優しい遊戯でも、無理矢理叩き起こされて否応なく事に及ばれたら怒るのは至極当然のことで、
起きて早々にオベリスクのゴッド・ハンド・クラッシャーばりの威力(…ってかあんな小っせぇ身体の何処にそんな力が有んだよ‥)の右ストレートを受けた挙句、
『ひ、人の寝込みを襲うなんて‥信じらんない! もう一人のボクのバカ! 大嫌い!!』
と言われ、昨夜の事を謝ろうとして何度声を掛けても口を聞いてもらえないどころか、完全にシカトを決め込んだようで目も合わせてもらえない、と言った。
「「「‥‥‥‥。」」」
こりゃ、どう考えても王サマが悪い。
柄にもなく、オレ様は遊戯に同情した。
隣に居る城之内もきっと同じことを思っただろう。
親友(ダチ)の痴話喧嘩の内容にただただ苦笑するばかりだった。
「んー‥、それは確かに、アテムくんの自業自得だよね」
僅かにあった良心(オイ、今、笑った奴出て来い。永遠の闇に引きずり込んでやる)からオレ様や城之内が言ってやらなかった事を宿主はこうもあっさりと言ってのけた。
目の前の王サマも自分に非があることを認めているらしく、うっ‥と小さく呻いた。
「でも、アテムくんは自分が悪いって思ってるんでしょ? だったら、ちゃんと訳を言って謝れば、遊戯くんだって…」
「…だが、相棒は朝からずっとあんな感じだぜ‥? 迂闊に謝っても許してくれるかどころか、寧ろ火に油を注ぐ結果になるかもしれない‥」
「あ〜‥」
「それに、今朝の事を謝りに行こうと、休み時間に何度か相棒の教室に行ったが、その度に相棒は教室に居なかったり、移動教室が重なったりした。だから、今度はそのまま待ってみれば、相棒からは全くオレに会いに来てくれなかった‥」
「「…………」」
「もしかしたら、オレは完全に相棒に嫌われたのかもしれない…」
蚊の鳴くような声でポツリとそんな弱音を吐いて机に突っ伏した。
「あぁ‥あいぼー…」
「…ったく」
某SFアニメの汎用人型決戦兵器のパイロットの主人公を彷彿させる様にいつまでも机に突っ伏してウジウジされてたら、こっちも堪ったモンじゃない。
せっかくのメシが不味くなる。
しかも、コイツだけならともかく、宿主と同じクラスに居る遊戯も同じような状態なら、尚更。
「仕方ねぇな‥」
遊戯を呼んできてやるか、と重い腰を上げた時だった。
「もう一人のボク!」
丁度、タイミングよく教室のドアを開けた奴がいた。
それが遊戯だった。
「よっ、遊戯!」
「城之内くん!」
“遊戯”と聞いて即座にぴょこん、っと効果音が聞こえそうな勢いで、今まで萎れていた一房の前髪が重力に反して立ち上がった。
「オイ、テメェの嫁がお呼びだぜ?」
「…………」
机に突っ伏したまま僅かながらに顔を廊下の方に向け、すぐさま机の方に顔を戻す。
一方の遊戯は腰を庇う様にやや覚束ない足取りで、歩いて来た。
「遊戯くん」
「! 獏良くん、此処に居たんだ」
「うん。ちょっとコイツに用があってね」
宿主はオレを指差した。
いつもの事だからか、対して気にも留めずふーん、と言った。
「ねぇ、バクラくん。もう一人のボクは?」
「ん」
後ろの机で突っ伏してる王サマを指差す。
まるで遊戯の言葉を拒絶するようにガッチリと組んだ腕にしっかりと耳まで顔を埋めていた。
「もう一人のボク」
「……………。」
「もう一人のボク」
「……………。」
遊戯が肩を揺らすが、頑なに起きようとはしない。
「もう一人の……ッ!」
「……………」
片方の腕で顔を隠しながら、もう一方の手で遊戯の手を払い除けた。
「っ、もう一人のボク…」
「……構わないでくれ。オレにはもう相棒に合わせる顔がないんだ‥」
「……………」
それきり、遊戯は押し黙ってしまった。
けれど、それで引き下がる遊戯じゃなかった。
「アテム」
怒っている、とでも思ったんだろうか。
さっきまで長ったらしいニックネームで呼んでいた遊戯からニックネームではなく、名前を呼ばれてビクンッ、と身体が跳ねた。
「お願い、顔を上げて?」
「……………」
遊戯の有無を言わせない強い調子に気圧されて、王サマはおずおずと顔を上げた。
さっき話を聞いてやった時よりも酷く情けない顔をしていた。
遊戯は困ったような苦笑したような顔をして言った。
「あの‥今朝は…、大嫌いなんて言って、ゴメンね。 あの時は気が立って、あんな心にもないこと‥。」
「…違う。違うんだ、相棒」
王サマは首を横に振った。
「悪いのはオレの方だ…。オレがもっと、自分の欲求をコントロールできたら‥っ、」
「……だったら、お互い様だよ」
「え‥?」
余りにも意外な言葉に王サマはきょとん、とした。
「最近なんて期末があってソレどころじゃなかったし、終わっても、大会やイベントで二人でいる時間なんて無かったじゃない?だから、ボクもキミと一緒に居られなくて寂しかった。
今朝はあんな酷いこと言っちゃったけど、本当はあんなことされても嫌じゃなかった‥、寧ろ‥」
嬉しかった‥。
俯いた顔を耳まで真っ赤にして、ぼそぼそと言った。
そしてすぐに顔を上げた。
「だから、もうこの話はお終い! ボクも怒ってないし、もう一人のボクもそんな顔しないで、ね?」
そう、小さく微笑んだ。
「〜〜〜〜〜〜ッ!」
「!」
急に王サマは立ち上がって遊戯に抱きついた。
そのせいで、ガタンッ、と大きな音を立てて椅子が倒れた。
その音に驚いた周りの奴らの視線が一斉にオレ達のいる方、特に抱き合っている王サマと遊戯に集中する。
「!? っ、ちょっと‥もう一人のボク!」
「……………」
一斉に集中する視線に気付いた遊戯は顔を真っ赤にして離れるように促すが、もう離しはしないという様に一層強く遊戯を抱きしめていた。
「もう‥」
呆れたような諦めたような顔をしていたが、満更でもない様子で遊戯も抱擁する王サマの背中に腕を回した。
「ふふ、仲直り出来て良かったね」
「…………。」
オレ様の隣で宿主はニコニコ笑っているが、ソレどころじゃない。
宿主が言う様に、確かに元に戻って良かったんじゃねぇかとは思う。
だが、テメェら(特に王サマ)ココを何処だと思ってやがるんだ…。
いつものメンツの中でも宿主は何事もないようにニコニコ笑っているが、城之内と本田(‥ってか、本田の野郎はいつから居たんだ?)はすでに明後日を向いて現実逃避を始めている。
更に周りに居たクラスの奴らに至っては二人が醸し出す甘ったるい雰囲気に硬直したり、赤面している始末だ。
…つか、テメェら、場所を弁えろよ!
二人の世界に入っちまってる奴らにそう言った所で聞く耳持たない上に、王サマに至っては“お前、KYだろ”とか“獏良くんとこういうことが出来ないからって僻むなよ”という小馬鹿にしたような冷ややかな視線を送ってくるから、尚、性質が悪い。
ハァ、と深い溜め息をついた。
「溜め息吐くと、幸せ逃げちゃうよ?」
「……うるせぇ」
頼むから、何処か余所でやってくれ‥‥。
ズキズキと痛む頭を押さえるバクラであった。
2011.07.22