▽このまま隣にいるために
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希沙良が控えめにドアをノックする。
コンコンという心地いい音が聞こえてきて、
ベッドの中の十九郎が
読んでいた本から顔を上げた。

本をじっくり読んでいる間に、
朝を迎えてしまった。

年の割に、難しい本ばかりを好んで
読む男は、従兄弟が訪れる事を
見越した上で、しっかりと一人分の
スペースを隣に空けている。

部屋の中はいくらか肌寒い。
我が物顔で、慣れ親しんだ部屋に
足を踏み入れ、開いた窓を閉めると、
希沙良も十九郎の隣に腰を置いた。

それを見届けると
十九郎は再び手元に視線を落とす。

伏し目がちになり、
表情の見えなくなった
十九郎のおでこに、
希沙良は手を添える。

「冷え切ってんじゃねーか」

その血の気の引いた額に、触れた指先に
ヒヤリとする感覚。
いつもより顔が白過ぎるように感じて、
こいつは生きているのかと不安になった。

一体どれ程の時間
この男はこうしていたのか。
お前は馬鹿か、と希沙良は思った。

「風邪でも引いたらどーすんだ。
お前の仕事なんて、今は体が資本だろ…」

「‥‥そうだな」

この表情は理解は示しているが、
本質は分かっていない。
分かっていた上で、分からないと
言うのだから、質が悪い。

いつもと変わらない笑みを浮かべる
十九郎が覇気のない返事をし、
希沙良がため息を吐く。

十九郎の視線は本のままだ。

外は雨で、
季節は梅雨に移り変わっていたが、
家の中にいても幾分か冷える。
きっちりと窓を閉めたははずなのに、
どこからかすきま風が入ってくるような
気がして十九郎の布団を横取りするように
くるまると、希沙良が首をすくめる。

脇で本に夢中の男は、
隣の従兄弟にちらりと視線をやると、
おもむろに、枕に寄りかかっていた
体を持ち上げた。

自分の布団の中にその体を収め、丸まる
希沙良にポンポンと
布団の上からリズムを刻む。

自分と同じ位に冷え切った体を。

「希沙良の仕事は、
俺をしっかり管理する事だろ?」

違ったかな?と笑い、念を押してくるので
希沙良は、"さっさと休め"と言葉で促す。

たまに遠い所を見つめる十九郎が、
"何か"を考えているなんて事は、
希沙良にはある程度
予想がついている。
(昔から一緒にいるんだ、わかりきってる)

それが何なのか、は
無理に言わせようとしても
言うわけがない。
口を閉じた貝と一緒だ。

決して口には出さないが、十九郎の
その内に巣食っている感情に、

‥‥お前は俺にこんな思われて
目茶苦茶幸せモンじゃねーか、と

胸の内でそう思いながら、
そのまま布団で動かないでいると

「‥‥確かに‥寒いな」

黙っていた十九郎が、
そうぽつりと呟いた。

(ほら、やっぱり馬鹿だ)

だがその言葉に希沙良は
思わず顔が緩んでしまう。

その心の全てを手に入れたいとは思うが、
今は頼るべき相手が
俺であればそれでいいとも思う。

このまま隣に。

「…付き合ってやるから少し眠れ」


2011/06/30


 

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