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「塩と味噌どっちがいい?」
「どっちでも〜」
諒の言葉に冴子が腑に落ちない顔をする。
「なによその興味なさそうな返事は。じゃあ醤油?」
勝手しったる台所で、戸棚の中からガサゴソと彼女がビニールを開く音がする。
諒の居る位置からは彼女の顔は見えない。
「だから、何でもいいです。
冴子さんの食べたいのでもいいし」
水の張ったままの鍋を、ガンっと乱暴にコンロに置く音がした。
ちゃぷんと、鍋の中で水の跳ねる音。
顔だけを覗かせた冴子が、先ほどの勢いのまま睨みつけてくる。
音だけと声音だけでも、怒っている事は容易に想像が出来た。
"何か悪い事いいました?わたくし"と、
それを悪びれもなく言った諒が、
真っ直ぐに
「ねぇ?」と、
彼女を見据える。
「…?……何よ?」
反対に業を煮やした冴子が身じろぎ、首を傾げ口を開く。
「何なのよ?」
唇を尖らせながら言うその姿が、少し可愛くて、首を傾げた仕草も小動物みたいでまた可愛いなと。相手の出方を心配気に伺う冴子の姿に諒が笑う。
頭にクエスチョンマークを浮かべた冴子に、素直に先ほどの選択肢への感想を諒が述べる。
「何でも美味しくいただきますって話」
「はぁ?」
わからない?と
諒が今度は逆に首を傾げる。
「だからさっきの、何味がいいって話」
「要は、どうでもいいって事でしょ」
「わかってないね」
胡座をかいていた諒が、ちょいちょいと手だけで冴子を呼ぶ。
渋々と出てきた冴子の腕を諒が優しく捕まえて、目の前に
"いいから、いいから"
と座らせる。
向かい合って座る変な図に、冴子が叱られた子供見たいにシュンとして正座する。
拗ねたままの唇が、先程と同じ少し尖ったままの唇で、やっぱり可愛いなと、諒が啄むように軽く触れた。
「冴子さんと食べられるなら、
何味でもいいって話でしょ」
赤くなった冴子が、
「そんな事でわざわざ呼ばないでよ」
と怒る。
「ラーメン作るから」
そう言って、逃げるように立ち上がろうとする彼女の腕を、ぐいっと引っ張って自分の方に引き込む事に成功した諒が、
「こら、待ちなさい」と、
冴子を膝の間に座らせ、彼女の耳に届かないように小さく言葉を発する。
― ラーメンよりこっちのが美味しいかも。
2011/09/04
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