【永井(遺伝子組み換えでない)】


 夜も十時を回った頃になって、差し出し人の名前がどうにも読めない小包みが届いた。
 アルファベットに似ているが、見た事のない言語で綴られたソレに、心当たりなど全くない。
 届け先である沖田の名前は当たり前の日本語で書かれているので、宛先間違い、ということもないらしい。
 何の変哲もないクラフト紙に包まれた箱型の荷物は、二十センチ四方ほど。
 重さは300グラム前後か……振っても何の音もしない。
 しばらく考え込んだ末、沖田は、思い切って包みを開けてみることにした。他人がこんな暴挙に及んだとしたら、中身が爆弾や危険な薬品、毒性のある動物だったらどうすると制止するところだが、そこはそれ、自分は大丈夫だと過信するのが人間というものである。
「……なんだ?」
 箱の中身は、半透明の四角いプラスチック容器がひとつ。
 大ぶりな桃の種ほどの大きさの、つやつやとした乳白色の塊がひとつ。
 そして、【栽培方法】という紙きれが一枚。
 それだけだった。
―― つまり、これはアレか?
 わけのわからない荷物を先に送りつけ、後から料金を請求する詐欺商法。
 さもなくば、誰かの悪ふざけで、ここ数年は恋人すら作っていない沖田に、幸せを呼ぶイチゴだかなんだか、嫌味なプレゼントを送ってきたのか。
「返品するしかないな……」
 送り返す先のヒントはないだろうかと、紙きれを手に取って眺める。

『あなたは当栽培キットの無償モニターに選ばれました。
 育て方は簡単です。
 容器に水と株を入れて、発芽を待ってください。
 株は乾燥に耐える保護膜につつまれていますので、無理に破かないでください。
 発芽した後は、一日一回の水やりですみます。
 肥料は、あなたと同じ食べ物で大丈夫です。
 アルコール、煙草などの嗜好品を過度に与えると枯れてしまうことがあります。
 花が咲いたら、一カ月ほどで枯れます。実をつけていたら、また育てられます。』

 書いてあるのはそれだけだ。
 意味がわからない。
 モニターというならば感想を送る先があってしかるべきなのに、それもない。
 首を捻りながら、『株』という文言が指し示すとおぼしき乳白色の塊に触れた指先が、妙な感触を伝えてきた。
 やわらかい。
 そして、温かい。
 色はともかく、軽さと見た目は確かに植物の種子に近いのに、生き物のような気配がある。
 株といっても根も葉も見えないのだから、これはたぶん、種だろう。
―― 何の種なんだ?
 触り心地の良さに、つい、さすりさすりと指先で撫で続けてしまう。いったい何が生えてくるのか、試しに拝んでやるかと、好奇心が動いたのはそのせいだった。
 説明の通りに容器に水を張り、種を放りこむ。丸い曲面をちょっとだけ水の上に出して、体積のほとんどを水に沈めた種は、気分がよさそうにぷかぷかと揺れている。
 明日から三日間は当直で部屋には帰ってこられないが、それぐらいすれば、芽が生えているかもしれない。
 葉が出たら図鑑で調べてみるか、と暢気に考えながら、沖田はテーブルの上に置いた種に向かって「おやすみ」と声をかけ、電気を消した。



 出勤前の身支度を終えて覗きこんだ容器の中で、種は昨夜と同じようにぷかぷかと浮かんでいた。
「……おっ」
 下の方に、乳白色の薄皮を割って、クリーム色のヒゲ根が生えている。思ったよりも成長は早いようだ。
「帰る頃には双葉ぐらい出てるか? 根性出せよー」
 生き物らしいところを見るとなんとなく愛着がわいて、声をかけたくなってしまう。同僚に見られたらからかわれそうだが、案外、いい貰い物だったかもしれない。
 ヒゲ根を眺めながら食事をして、「じゃあ、行ってくるな」出立の挨拶に応えるように、ゆらゆらと大きく揺れたのには驚いたが、いいタイミングで家の前をトラックが通過でもしたんだろう、たぶん。



 そして、三日後の今、である。
「嘘、だろ?」
 さっきから、それ以外の感想が出ない。
 十五センチ四方のプラスチック容器の中。すこし窮屈そうに『手足』を伸ばして、『仰向けに』浮かび、『すやすやと眠って』いるように見える、肌色の物体。
 どう見ても、ヒト型の、人形だ。
 それも、成年を縮尺そのままで縮めたような、超細密な出来栄えの……小人、といったほうがいいかもしれない。
 一体どういう成長をしたらこうなるのか。
 よくよく見れば、足首の先はふわふわとしたヒゲ根に覆われていて植物らしさを残しているが、水面下に軽く沈んでいる『手』のほうは、爪まで生え揃った完璧な造形をしている。
 瞼を閉ざした人間そっくりな『顔』は、なかなか整っている。短い髪……に、見えるのは、幾重にも重なった小さな葉だ。
 引き締まった腹にはヘソがなく、真っ平らな胸(まあつまり、コイツは男だ)には乳首がついていない。
 股間はどうかといえば―――どうやら種の残骸らしい、乳白色のぶよぶよした抜け殻で腰のあたりを覆い、うまいこと隠している。
「ついてんのか?」
 そこまで精巧だったらちょっとどころじゃなく不気味だなと思いつつ、殻をずらそうとつついたところで。
 ソレが、目をあけた。
 視線を合わせて五秒。
「え……」
「う……―――っ!!」
 思考を停止させて固まる沖田に対し、口を開いて何かを言いかけたソレは、ざばりと水を揺らして自分の両手で口を塞いだ。
 その拍子に上半身を水の下に沈みこませ、もがいた足でばしゃばしゃと水を跳ね散らし、振りまわした右手でなんとか容器の縁を掴んで体勢を立て直す。あわただしいことこの上ない。
「ぷはぁっ! ああ、ああ……あっぶねええ!!」
「……は?」
 サイズのわりにしっかりドスの効いた低音の嘆声をひとつ。
 ソレは、左手でずれ落ちかけた腰の覆いを押さえつつ、沖田をじろりと睨みあげた。
「あんた、死にたいのかよ」
「死?」
「マンドラゴラの叫び声は人間を殺す。これ常識だろ」
「……いや、知らないけど」
「知らない、か」
 小人は、眠っていた時のあどけなさからすると信じられないほど荒んだ表情で「へっ」と嗤い、額を押さえた。
「そうだよな。材料にするだけの相手のことなんか、いちいち知る必要ないよな……ほら、さっさとやれよ!」
 再び、水の上に大の字になって浮かんだ小人の手足は小さく震え、ぎゅっと瞑った目ときつく寄った眉には悲壮感が漂っている。
「やれって、何を?」
 状況がさっぱり飲み込めず質問する沖田を、小人は手足を広げたまま、険悪な表情で睨み上げた。
「俺に言わせんのかよ……摩り下ろして、搾りとって、煮込んだり燃やしたりするんだろ……!!」
「……君を?」
「マンドラゴラに生まれた時から覚悟はしてるんだ、叫び声なんかあげねえから、やれよ! ほら!」
「えーと……俺は、君がその、マンドラゴラ?ってものだっていうのも知らないし、喋って動くものをすりおろすのはやりたくないというか、できないなぁ」
 話すうちに、沖田の心には平穏さがひろがっていた。
―― そうか、これは夢だ。
 植物の小人さんとお話ししちゃうなんて、俺ってば疲れてるなぁ。ちょっと休みもらおうかなぁ。
 一方で、小人は目を見開き、いったん水中に沈めた体をくるんと回して、彼の『胸』の高さのあたりまでの水の中に立ちあがった。
「ほ、本当に!? 本当に、殺さないでくれる……ん、ですか?」
「ああ。そんなことする理由ないからな」
「俺が、まだ若いマンドラゴラだから収穫を遅らせるとかじゃなくて?」
「育てようと思って水に浸けたのに、枯らしちゃうんじゃ意味ないだろ……いや、ちゃんと育ったって、すりおろしたりしないから」
「俺を、育ててくれるんですか? あなたが……?」
 くりくりした黒い目で一心に見上げてくる彼の心細げな表情は、先ほどまでのやけっぱちとは違って、庇護欲をそそるような愛らしさがある。
―― どう見ても男だし、体つきは大人っぽいし、可愛いって言ったら怒られそうな雰囲気だけど。
 沖田は自称・マンドラゴラを安心させるように頷いてやった。
「ああ。責任持って面倒見るよ。俺は沖田宏だ。これからよろしく、マンドラゴラくん?」
 差し出した指先を、小さな両手がぎゅっと掴んだ。
「俺、マンドラゴラの永井頼人です! よろしくお願いします!」
 ぶんぶんと勢いよく振られる人差し指の先、水の中で、支えをなくした種の殻がはらりと落ちて沈んでいく。
「……あ、ついてるのか」
「ぎゃ……―――――っっ!!!」
 自分の口に片手で蓋をし、赤くなった顔で睨みつけてくる『男の子』に、沖田はにっこりと微笑みかけた。途端に、耳まで真っ赤になるのが実に可愛い。
 夢なのが、残念だと思ってしまうほどに。



 翌朝。
 いつもの時間に目を覚ました沖田は、枕元でティッシュペーパーにくるまってすよすよと健康的な寝息を立てている小人を発見してしばし固まることになった。
「えー……っと?」
 昨夜の妙な夢のことはよく覚えている……、今も頭は冴えている。自分は寝ていない。つまりこれは、現実ということか。
 おそるおそる、指を伸ばして背中をつついてみると、永井は「うーん」と唸って寝返りを打つ。仰向けになった寝顔はやはり子供っぽい愛らしさがあって、好感のもてるものだ。
「永井?」
 呼びかけに、小さな瞼が震え、開いた。
 まだどこか夢うつつのつぶらな瞳が瞬き、焦点を結んで沖田を映しだす。
「沖田さん……おはようございます」
 ふわっと笑みを広げた永井が寝床からいっぱいに伸ばした手で沖田の指先をきゅっと握った瞬間。沖田の心を満たしたのは「なにこれ可愛いすごい可愛い」という昂った感情だった。
 自然と込み上げてきた笑みでもって「おはよう」とあいさつを返し、握られた指先を上下に振ると永井は胸の底を擽るような笑い声をあげる。
 この新しい同居人に生活のためのあれこれを用意してやろうと思いつつ、沖田は、これを送りつけてきた名前も知らない何者かに、そっと感謝したのだった。


(初出:2012/10/25、改稿:2013/03/07)

※マンドラゴラ(マンドレイク)になつかれるってネタ元は、懐かしのジャンプ漫画「エム×ゼロ」です。
 学園ラブコメなので当然、女の子型だけどな……!

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