【朗報!】

 永井が彼女にふられた、のだという。
 いたのか、という驚きよりも、慰めてやらねば、という義務感よりも、その愚痴をこぼす相手が自分であることに優越感がわく。
 聞けば、高校の時に告白されて何度かデートしただけ(こっちの方に驚いた)の相手で、入隊してからこっち連絡が途絶えがちだったのが、ついにメール一本で別れを告げられたのだという。
「永井の良さがわからん女なんて、別れて良かったじゃないか。すぐに次の相手が見つかるって」
 無責任な励ましは、永井のお気に召さなかったらしい。
「沖田さんはもてるから、そういうこと言えるんすよ」
 そっぽを向いた、あどけなさが残る頬から尖った唇にかけての線がとても可愛い。
 つついてやりたいが、ここは駐屯地の食堂だ。我慢しないと、永井がますます拗ねてしまう。
「自慢していいぞ」
「俺が沖田さんの自慢してどうするんすか」
「そのモテる沖田さんが、お前に夢中だからに決まってるだろ?」
 カレーを掻き込む永井のこめかみに人差し指を向け、撃つ真似をしながら言ってやると、可愛い後輩は盛大に噎せ返った。
 どうせ沖田の軽口だと思っているのだから、これはちょっとした意趣返しである。



【依存症。】

 肌が合えば性別は問わない、という性癖を引きずって生きている事に不便はなかった。
 持って生まれた容姿と人好きのする性格のお陰で相手は不足しない。
 それがまさか、10も年下の歴としたヘテロの後輩に好意を持つ、を、通り越して、恋焦がれてしまうなど、運命の落とし穴はおかしな場所に仕掛けられているものだ。
 自衛官という些か特殊な職業で、人目を忍ぶ職場恋愛などしたくはなかった。なかったのだ。……これは、過去形だ。
 今は、永井が自分のものではないことが不条理に思えて仕方がない。
 彼が自分を慕うのは飽くまで先輩に対する崇敬の念だとわかっているから、きらきらと純粋な目で見つめられるのが辛い。


「悪いな、わざわざ」
「俺こそ、沖田さん休みなのに押し掛けちゃってすみません」
「呼び付けたのはこっちなんだからさ、俺は永井が来てくれて嬉しいよ」
「お……俺も、嬉しいっす!」
 ああ可愛い。
 見えない尻尾をちぎれんばかりに振っている子犬のようだ。
 両手にモロヘイヤの入った袋を提げた永井は、沖田の部屋を物珍しそうに眺め回している。見慣れた制服姿ではなく、赤いパーカーにシンプルなTシャツ、ジーンズ姿の永井はいつもより格段に幼く見える。
(子供、だよなぁ。)
 入隊二年目、日々逞しくなりつつあるとはいっても、小柄で童顔の永井は沖田の目から見ればまだまだ少年の域に留まっている。
「座って待ってな」
「了!」
 元気の良い返事も、抱き締めたい愛らしさ。
(いかん、いかん)
 ……三十路の分別ある大人が何を考えているのか。
 受け取った野菜を冷蔵庫に仕舞うついでに、胸の中の良からぬ高揚も後ろめたさも、扉の奥に閉じ込めた。
 二人ぶんの麦茶を手にリビングに入ると、永井がかしこまって正座していたので笑ってしまう。
「自分ちだと思って、くつろいでいいぞ」
「む、無理っすよ。なんか沖田さんのいいにおいするし」
 一瞬、思考が止まった。
 が、手は永井に向かってコップを差し出しているのは、冷静な行動を旨とする訓練のたまものか。
「いただきます」
 永井は自分が爆弾発言をしたことに気付いていない様子で、麦茶を半分ほど煽る。それから、くりくりした目をこちらに向けて、不思議そうに瞬く。
「沖田さん、座らないんすか」
「あ、ああ」
 向かいに座ると、永井はへへ、と、はにかんだ笑みを浮かべた。
「ん?」
「や……沖田さんってやっぱりかっこいいなぁって思って。」
「永井……俺はもう駄目だ」
「はい?」
 テーブルにコップを置いて、おもむろに永井の隣に移動する。
未だきょとんとしている永井に手を伸ばして引き寄せると、小柄な体躯はあっさりと胸に収まった。
「沖田さ、な、なに」
「永井ー……」
 吐息で呼んで、顎先をつむじにぐりぐりと擦りつける。
「永井成分を摂取させてくれ。じゃないと干からびる」
「意味わかんないです」
 永井の指に、袖をきゅっと掴まれる。
 それだけで、脳の奥まで痺れるような疼きが背骨から駆け上がる。
(俺の方がガキみたいだな)
 どうにも離せなくなりそうだ。
 自分より高い、熱いような体温を堪能していたいが、冗談で済ませられるうちに、と引き剥がそうとした腕を、力のこもった永井の指が引き留めた。
「あの……俺も、沖田さん、摂取したいです」
 か細い声は、都合のいい幻聴か夢だと疑いたくなる。
 だが、永井の存在は現実のものだ。
「摂取しすぎると、依存症になるぞ」
「もう、なってるみたいっす」
 ぎゅっと、胸に顔をうずめてくる永井が愛しくて、頭がどうにかなりそうだ。
(いや、とっくにどうにかなってたか。)
「俺も。今なった」
 ……さて。
 あとは、気恥かしさで固まっている永井をどう丸めこんで寝室に連れていくかの算段だ。
 一つの欲求が叶えられると次が欲しくなる。
――― ああ、人間の欲望には際限がないなぁ。
 見ようによっては哲学的な、実質的には即物的なことを思いつつ、沖田は、永井が本当に依存症になればいいのにと、なかば真剣に願ったのだった。


(2012/06/27)




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