いろいろ模索中だったツイログ小話詰め。ほぼネタメモ状態がっかりポエム注意。まったりしてたり闇ってたり。



【逃げ場なんか、つくらないよ】

 体育会系の飲み会はどこも狂気じみたものだが、ことに普段が抑圧されているだけにはっちゃけが凄まじいことになる集団もある。
 先輩たちに囲まれてさんざん飲まされたあげく仰向けにぶっ倒れた永井も、はっちゃけたうちの一人ではあったが、ここで倒れることは敗北を意味していた。
「永井ぃ〜、根性足りねえぞー」
「ここはひとつ、気合い入れてやんなきゃな!」
「同期のよしみだ、お前が引導渡してやれ」
「了!」
 じりじりとにじりよる同僚の手には、黒い棒状の物体が握られている。
 やれやれと囃し立てる声援を受け、今まさに生贄の額に降り下ろされんとした悪魔の技は、背後から襟首を掴んだ手に阻まれた。
「なーにやってんの、こら」
 宴会場の端で、一藤に絡まれていたはずの沖田だ。
 ほとんど素面にしか見えないが、目元は赤く染まっている。
「はい! 永井士長を面白くします!」
 酔っ払いに敬礼された沖田は目を眇め、「そういうことは、バディがやるべきだろ?」と、酔漢の手にあったもの……油性マジックを取り上げた。
「さぁて永井、覚悟しろよ」
 何も知らずに眠りこける永井の横に屈み、キャップを噛んで外した沖田の口元は、実に悪そうに笑っていた。
 数分後。
「ん…?」
 永井が目を開けると、満足げな沖田がそこにいた。
「沖田さ……じゃなくて、沖田二曹……もぉ、お開きですか」
 呂律の怪しい問いに対し、沖田はやり遂げた男の爽やかな笑みを浮かべ、永井の猫っ毛を撫でた。
「永井、ソレ明日まで消すなよ。上官命令な」
「はい?」
 自分の身に起きたことを理解していない犠牲者の様子に笑い転げていた周囲は、永井が起き上がるとしんと静まり返った。
 同情と呆れの混ざるなまぬるい視線を浴び、首を傾げる永井の頬を、沖田がつつく。
「紛失防止。これで安心だな」
「え、何がですか、なんなんですか」
 ひたすら困惑する永井の頬には『沖田私物』の文字がくっきりと書かれていた。
 日頃の沖田の、この優秀な後輩に対する猫っ可愛がりからして洒落にならない、と呟いたのは誰だったか。
 ……トイレの鏡を見た永井が赤くなったり青くなったりしたのち、宴会場にとって返し、高笑いする沖田を追い回して、事態の収拾を任された三沢のラリアットで二人ともども床に沈むのは、もう少し後のことだ。



【毀つ。】

 殻の最期の記憶は、零れ落ちてくる水滴、自分を呼ぶ泣き声。
 震えながら抱き締める腕。痛みよりも強い感情。
「……永井」
 かつてこの殻がそうしていたように、そっと名前を呼んでみる。
 何故だろうか。
 動かし方を知る為に殻のうちがわに残る記憶を辿っていたはずなのに、自分は、いつのまにか永井という人間に纏わる思い出ばかりを繰り返し繰り返しなぞっている。
 この世界で生きるうえでなんの役にも立たない情報は、無視するには引力が強すぎた。
 『永井』が傍にいるとき、この殻は浮き立ち、満たされ、時に渇き、それすらも喜びだった。
 自分よりもずっと、『永井』を大事に思っていた。生み出されたばかりの自分にとって、記憶に結びついた感情は新鮮で興味深く、途轍もなく面白い。
 残念なのは、屍霊に入りこまれていたせいで不明瞭に欠けてしまった記憶が沢山あることだ。
 問題はそれだけではない。
「この殻、ガタが来てるんだよな」
 殻の中身がなくなった時に深い傷を負ってしまったのも大きいが、愚かな屍霊は殻を大事に扱わないし、『永井』をむやみに怯えさせて攻撃をまともにくらったりしていたせいで、あまり動かなかったり、壊れてしまいそうな部位がずいぶんと多い。
 お母さんの為に進化するのも難しいぐらいだ。適当な殻があったらさっさと乗り替えるべきだろう。
「あいつが、いいな」
 きっと『永井』の中には、この殻と過ごした沢山の記憶がある。それを読むのは、さぞかし面白いだろう。
 記憶の中の永井は笑ったり、怒ったり、焦ったり、はにかんだりと忙しい。抱きよせた時に、まるく見開いた目。それがふわりと撓って、自分を呼ぶ時の顔が―――とても、好きだった。
『沖田さん』
 弾む声の記憶。
「なーがい」
『なんすか。いいことでもありました?』
「お前がいるから幸せだ」
『は? ……や、あの』
 片手で覆った永井の顔が、みるみる上気していく。赤らんだ頬をうつむけて口をとがらせるのが子供っぽくて、可愛らしくて、口元が思い切りゆるんでしまう。
『なんでそう恥ずかしいこと、するっと言っちゃうんですか』
――― そりゃあ、愛してるからなぁ。
 記憶の通りに腕を動かしても、そこには何もない。
 当たり前だ。今、この殻のかたわらに永井はいない。
 この殻を捨てて、永井の殻に入って記憶を読んだってきっと同じことだ。
 欲しいのは記憶じゃなくて、永井なんだから。
「つまらないな」
 この腕で永井を抱きしめたら、あの溢れるような甘い疼きを味わえるだろうか。
 想像するだけで、楽しくなる。捕まえて、うんと大切にしてやりたい。
「永井、永井、どこにいる?」
 どこかで泣いているんだろうか。屍人に酷いことをされていないだろうか。
――― 俺はここにいるのに、何をしているんだろう。
 今度は絶対に、置いていかない。
――― もう傷つかなくて済むように、大事に大事に殺して、仲間にしてやるから。
「早くおいで、永井」
 愛しい名前を口にして、沖田は声もなく嗤った。


(2012/06/21)




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