目の前の、大きな額縁に収められた色鮮やかな絵は、確かにあの頃の私の色によく似ていた。
だけど私の絵はこれと比べ物にならないほど小さくて、でも、それでも拙く、美しかった。

私にとって絵は世界で、手足で、酸素だった。
若草色や桜色や空色を載せて、淡く優しい春を描くのが大好きだった。



「椎葉さんにとって絵を描くことは、ボクにとってのバスケと同じなんでしょうか」



隣の黒子くんが、絵を見たまま私に訊いた。
今日私を美術館に連れ出したのは彼だった。



「…うん、そうかも」



私はまた目の前の絵に向き直る。
この絵を見ていると、私の絵が美しかったことを思い出す。プロの芸術家には到底及ばなくても、下手でも、バランスが悪くても、それでも私は綺麗な世界にいた。



「どうして思うように描けないんだろうって試行錯誤して、失敗して、練習して、やっと完成させて、下手な絵に満足していたあの頃の方が良かったんじゃないかって。今は思うんだ」



ある時から、私は絵を描けなくなった。絵を描くことに集中できなくて、自分の世界を描けなくなった。描いていても、もやもやして苦しくなって落ち着かなくなる。
そうして筆を置き、絵具箱は押入れに仕舞い、スケッチブックは棚から長らく出していない。



「ボク、中学の頃の椎葉さんの絵、見たことがあります」

「そうなの?」

「展示されていたのを見ました。ボクは絵のことは詳しくないけど、鮮やかで、優しい色遣いで、あたたかい気持ちになるような絵だった」

「…そっか、なんか嬉しいな。ありがとう」

「でも」

「?」



黒子君は何か思い出すように目をほそめて、顔を上げて言った。



「椎葉さんの、最近美術の授業で描いた絵を見ました。椎葉さんが描いたものだってわかるのに、昔の椎葉さんの絵とは違うんです。暖かさや優しさのなかに、冷たい針や雪の冷たさがあるんです」


黒子君が、お世辞ではなく、きっと本当に感じたことを言ってくれていて、それで



「ボクは、今の椎葉さん絵の方が好きです。今の椎葉さんだから描ける絵だと思うから」



私はなんだか泣き出しそうになった。黒子君がそう感じてくれたこと、それを伝えでくれたことが嬉しくて、心が軽くなって熱くなる。
嬉しい気持ちでいっぱいになって、これを「嬉しい」という気持ちだけでは表せなくて、言葉を探すけれど出てこない。

長い沈黙に、「椎葉さん?」と彼が訊いた。



「あの、本当に、すごく嬉しくて、」


涙がこぼれないように、絵画を見上げて答えた。



彼の言葉は優しすぎる
(彼はいつでも私を救い出す)


thanks!





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